第8話  現代四 まみ②

「まみちゃん!まみちゃんってば。もうすぐ終点だよ」


「・・・・・・?なみちゃん?・・・・・・ここどこ?」


「ま~た寝ぼけてるんだから・・・・・・うなされてたよ」


「・・・・・・天狗は?・・・・・・天狗はどこ?・・・・・・敵は? 爺は?」


「きゃははは・・・・・・ 今度は天狗? 新幹線の中に天狗がいるわけないでしょ。今は大会遠征の新幹線の中、わかる? 目を覚まして降りる準備してね」


(夢?・・・・・・夢だったのかあ)


 夢にしてはおそろしくリアルな夢だった。鎧の重さ、刀を鞘から抜きはなつ感触までが

しっかりとこの手に残っていた。完全な闇の中、家来の一人一人の表情、そして駆け抜け

る林の中の空気までが、しっかりとまみの記憶の中にに焼き付けられていた。木立の枝で切った頬の傷すら生々しく感じられた。


「大会?遠征?・・・・・・」


「まだ寝ぼけてるの? 明日はまみちゃん、初めての百キロマラソンでしょ?」


 そうだった・・・・・・今日は百キロマラソンに参加するために、数人のラン仲間と共に新幹線で移動中だったのだ。生まれ故郷で初めて開催される大会を百キロファーストチャレンジに選んだのだった。


 五年前から始めたジョギング。当時はただの一キロも走れない病弱な身体だった私が

とうとう百キロマラソンに参加できるまでになった。


 たった一日のための三百六十四日。


 最高に贅沢な一日を過ごすためにそれ以外の日はすべて練習、ひたすら練習に打ち込んだ成果は、明日試されるのだった


 『林の中・・・・・・』


(そうだ、林の中・・・・・・松林)


 夢のなかに出てきた山奥の情景と、いつも練習で走っている松林のコースが似ているこ

とに気がついた。


 そしてなぜか、夢に出てきた天狗の姿が、ある男性の後ろ姿と重なってしまった。名前

も知らない、あの松林ですれ違うだけのランナー・・・・・・


 彼と天狗?・・・・・・何で結びつくんだろ。不思議・・・・・・


「まみちゃんは会場の近くの生まれなんだって?」


「うん、中学生までは住んでたんだけど、おおばば様が亡くなってからはあんまり里帰りもしてないし・・・・・・ 街の風景も変わったんだろうなあ・・・・・・」


「わたしは何度かこの大会参加してるけど、地方のありきたりの小さな街、って言う感じだよね」

「昔は山の中の陸の孤島だったんだって、おおばばさまに聞いたことがある・・・・・・」


「確かに山に囲まれた平地にそれなりのビルなんかも立っていて、現代的な街ではあるんだけど、妙になにか、ピピッと私の霊感をくすぐる所なんだなあ、これが・・・・・・」


 霊感の強いなみちゃんには、妙に魅力を感じる街らしい。この大会開催にあわせてもう何度も訪れている。


「なんでも戦国時代を境に、理由はわからないけれど経済的に裕福になったらしくて、それがなかったら今頃、だれも住まなくなっていたんじゃないかって、おおばばさまは言ってたわ・・・・・・」


「ふ~ん・・・・・・ 帰ったら一度、この街の歴史でも調べてみようかしら・・・・・・」




 翌日早朝、百キロマラソンのスタートに立った私の頭の中に、再び林の情景が浮かび上がった。いつもジョギングで走るあの松林・・・・・・


 風の音・・・・・・木々のざわめき・・・・・・鳥のさえずり、虫たちの声・・・・・・


 そして自然と頭の中に浮かび上がる一人の男性の姿。


 走る時間帯を変えても、なぜかいつもすれ違う年齢不詳の彼の姿が、おぼろげに脳裏をかすめる。


 千二百人の参加者のざわめきはあの林の中のざわめきとなって私の心を落ち着かせてくれる。


 今日初めて参加する百キロマラソンは私にとっては未体験ゾーン。


 松林の中を延々と百キロならきっと完走する自信はあるけれど、日中の予想気温三十度を超える、木陰もほとんどないロードを走るのは”かなりやばいんじゃない?”と私でさえも想像がつく。


(ストレッチしとかなきゃ)


 足首を回し、アキレス腱を伸ばしているとふと左斜め後方に視線を感じた。


 視界の視界の片隅に写った一人のランナー


(まさかねえ・・・・・・)


 いつもの林の中ですれ違う彼がここに、私のすぐそばにいるとは考えられない。


 いくらお互いがランナーだとしても同じ大会に参加して、同じ場所に立ってるなんて偶然だとしても出来すぎ。


 他人の空似以外のなにものでもない・・・・・・はず


(彼だったらおもしろいんだけどな)


 何がおもしろいのかはともかく、ほんのわずかな可能性を期待してる自分がおかしくて周りの緊張感をよそに思わず小さく笑ってしまった。


(・・・・・・余計なこと考えずにレースに集中しなきゃ)

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