カトミアル魔法学

れしおはる

第1話

 今まで魔法の勉強なんてなんもしてこなかったし、幼児レベルの呪文しか知らない。そんな私がこの難関校のアンシェル魔法学園に合格できたのはきっと何かの間違いであろう。挙動不審でわたわたしている、できるのは石ころを浮かすくらい……

 散々だったが受かった。夢じゃないかってくらい。だってアンシェルに入ればこの後の人生らくらくコースって言われているもん。近所の人はお祝いと称して大量の野菜家に持ってくるわ、親族は失神しかけるわでもう大変だった。

 評価コメントには「度胸、そして個性が合格のキメ手となった」と記述してあったが、そんなんで受からせていいのか?

……という訳で、私は最終試験を受けずに合格。二次試験で充分な点数を取れたのだろう。あれで充分なのか? って感じだけど。

 学園に着いた。どっか別の世界のなにかに出てくるような城デザインの校舎はずーんと勇ましくそびえ立っている。

 私はご丁寧に「メアリー・ル・ゴペール」と書いてある入校証を守衛さんに見せて、中に入る。

 敷地内はとても静か。私の足音がよく反響している。それもそうだろう。何故なら今日は入学式ではなく、入寮日なのだから。

 寮には基本、遠くに家がある人、留学生、特定の学部の人が入っていることが多い。寮の定員は三千人。今年の入学者は一万人。しかも一万人中九千人が入寮を希望した。だから事情がある人を優先し、その後は抽選かコネ。ああ、怖い世界だ。

 予め貰っておいた地図に目を通す。

 アンシェル魔法学園は幼稚部〜大学院まで付設なため、敷地がバカみたいに広い。東門、西門、南門、北門と入口がありすぎだし、校舎だって幼稚部&初等部、中等部、高等部、大学、大学院とデカいのが五つもある。だから最初のうちはめっちゃ迷いそうだ。

 閑静な野原を通り過ぎ、女子寮に着いた。

 アンシェル魔法学園は圧倒的に女子が多いため、女子寮が三棟あるのに対して男子寮は一棟である。

 寮の立派なドアを開けると、これまた立派なエレベーターホールが待っていた。煌びやかな照明や豪華なインテリアが置いてある。

 正面奥の受付にはコンシェルジュさんがいた。新入寮生は手続きや必要なものを受け取ったりしなくてはいけないので、受付に行く。

「すみません、新入寮生のメアリー・ル・ゴペールと申します」

 私は鞄から学生証を取り出し、コンシェルジュさんに見せた。コンシェルジュさんはニコッと笑う。

「お待ちしておりました。メアリー様。こちらの書類に記名の方を……」

 私は規約を読まずにさっと名前などの個人情報を書いた。

 規約は大体読まなくてもいいから。時間の無駄だし、なにより文字が小さいのとズラズラダラダラよくわかんない文章が記述されてあるから、頭がパンクしそうになる。

「書けました」

 書類をコンシェルジュさんに差し出す。

「ありがとうございます。こちらがお部屋の鍵と、学園の方で必要なものになっております。相部屋となっておりますので、ご同居される方でトラブルなどが起こった場合は、何なりとご相談ください」

 ずっしりと重い革鞄を受け取る。それはパンパンに張っていて、今にも弾けそうなくらいだ。

 エレベーターに乗って、鍵に記されている番号、「三○○○号室」 に向かう。

 三十階なだけあって、エレベーターに乗る時間がとても長い。これは遅刻できないな……

 壁に着いている看板を見ると、五十階まであるらしい。でも特殊な魔法で、外見はあまり高くなく、上品に見えるようにしているようだ。流石カトミアルの魔法学校。

 五十階には特待生や「レジェンド」と呼ばれる女子大学院生が住んでいるようだ。「レジェンド」はどんな人なのだろう。

「十三階です」

 無機質な女性の声が響き、扉が開く。

 目の前のエレベーターホールでは沢山の女子生徒がお茶会などをしていた。もう友達できたのか? いやそれとも、前の学部からの友達か?

 私は中等部からの入学だ。もう皆学園に馴染んじゃってるかな……? 友達出来ないかな……?

 不安が頭をよぎるが、私は頭をブンブン振って忘れた。 

 エレベーターホールからは三つ分岐があって、部屋番号ごとに分かれている。私は三〇○○室なので、右に行った。

 鍵を差し込もうとしたが、開いていたので入った。もうルームメイトは先に来ているのだろうか。

 ふと壁を見ると、ふわふわの黒いコートが掛けられていた。やっぱり先に来ていたようだ。 

 ドアを開けて、リビングダイニングに入る。

 開放感のある部屋の端っこに、ミルクティー色のロングヘアが見えた。窓から差し込む日光によって白く光るその髪はとても美しい。私はそれを暫く呆然とした表情で眺めていた。

 ふと我に返る。

 彼女はなにやらペンを走らせていた。勉強でもしているのだろうか?

 その時、彼女がゆっくりと振り返った。

 緑色の瞳が私の碧の瞳とぶつかる。

「あなたがルームメイト? 私はユリア・トレチャコア。北にあるアムネウス国、ウバローズ出身よ。音楽部声楽科。よろしくね」

 気さくな性格なのか、ニコッと微笑んで自己紹介をしてくれたユリア。

 私も自己紹介をする。

「私はメアリー・ル・ゴペール。ここから遥か遠くにある、西洋のチノライト公国、べザル農村出身。学部はまだ決まってないわ。よろしくね」

 そういえば、学部を決めていなかった。

 アンシェル魔法学園には沢山の学部がある。メジャーなのは様々な魔法を広く浅く身につける総合魔法学、専門的に狭く深く学ぶ専門魔法学。

 文系では伝説や神話を読み解いたり、特定の土地から神話を考えて実際に執筆する神話部、カトミアルのおこりや歴史について研究するカトミアル史部などだ。

 理系では魔法に使う薬などの研究をする魔法薬学部が人気。

 またユリアのような音楽部、芸術部に運動学部もある。

 まぁ、アンシェル魔法学園は女子が多い上、魔術師になりたい人が多いから総合魔法学、専門魔法学以外は不人気。偏りが酷い。

「学部決まってないの?」

 ユリアが心配そうに尋ねた。それはそうだろう。入学まであと一ヶ月。入学後直ぐに魔力、学力、体力検査があるからそれの準備もしなくてはならない。

「うん。ユリアは何で音楽部にしたの?」

 私が訊くと、ユリアは少しへらっとした笑いを浮かべて、首を横にかしげた。

「いやあの、私初等部からいるんだけど、父親がピアニストで母親がオペラ歌手だから、その影響かな。幼稚園はアムネウスの国立で音楽教育に特化したところに通ってたんだけど、肌に合わないから辞めて、こっちに来たの」

 ユリア、相当な実力派だ……!! アムネウスの国立で幼稚部があるというとペリアーノ音楽学院しかない。そこは世界に通用するレベルの作曲家、歌手、演奏家を輩出している超絶名門音楽学校だ。そこでも合わないのに、専門ではないアンシェル魔法学園でその実力を伸ばせるのか不安になった。

 私が今気になっているのは総合魔法学部、神話部だ。

 魔術を学んで将来はそれを活かした仕事をしたい。それに伝説や神話を読み解くことや神話を書くことにも興味がある。

 うん、迷う。

 するとユリアは私に一枚の紙を渡してきた。

「それ、初等部の卒業研究で作った学部診断テスト。知能指数や答え方から、その人に合う学部を見つけるものね」

 これを初等部で作ったのか……すごいな。

 私はペンを持ち、机に向かってテストを解き始めた。

「魔法の法則十条に、『魔法は原始的なものに応用を載せたものである』とあるが、これについて説明せよ」

 問題を声に出して読む。こうすると理解出来る気がするのだ。

 とはいっても、私は魔法の法則、魔法公式など全部言えない。

 思えば、物事を捉え、それを咀嚼して自分の意見を持つということが小さい頃から苦手だった。

 とらえる行為まではなんとか出来るが、咀嚼が無理。

「第五問……人工的に魔術を作る場合、基礎となる魔法微生物をどのような液体に浸すのか答えよ」

 なるほどなるほど。これは初歩的だから判る。

 魔法学の基盤、レルドンだ。

 この薬は大昔から存在し、レルドンという甘酸っぱい果実の実る木のエキスを絞り出して薬にしたのが、レルドン。

 前に叔母が買ってきてくれた植物の本に載っていた。

 私はその後も着々と問題を解き、最後の十問まで終わらせたので、ユリアに紙を渡した。

 ユリアは後ろの摩訶不思議な何かに結果を打ち込んでいる。

「何? それ」

「前作ったの。アルファベットを打ち込む、簡単なからくりを使って作った機械。わざわざ紙に文字を書かなくていいから便利なのよね」

 そう言いながら隣のからくり式の機械を回し、紙を印刷するユリア。

 やっぱりユリアはすごい。こんな機械を作ることが出来るなんて。敵わないや。

「さ、結果。これを参考に学部を選んで」

 印刷された活字を追いかける。

 おすすめの学部のところは二つに折れていたので、紙をめくった。

「……え?!」

 目を疑う。

 そこには上と変わらぬ活字ではっきりと「宗教学部」と書いてあったのだ。

 宗教学。カトミアルの数千万年の長い歴史の中で積み重なって言った学問。

 カトミアルの宗教はとにかく複雑。独特な感性や閃きなど、人とは違う能力がないと初歩的な部分も学べないほどで、アンシェルの宗教学部の生徒は首席、特待生、そして「レジェンド」揃いだ。

 これだけの実力派が集まる学部に、私なんかが……

「なんかね、あなたは一般的な学校に入れておくのは勿体ないのよ。結果を見ても、個性的で、キラリと光るものを持っている気がする。本当は今すぐに学校を辞めさせ、一人で自分の道を進んでもらいたいくらい……」

 ユリアは腕を組んで、感心したような表情をした。

 私は結果の紙をぎゅっと握りしめた。

 チャンスは逃さない。逃せない。私は宗教学を修めてみせる。負けない。努力する。

「ねぇ、宗教学の本ってある?」

 私はユリアに問いかけた。ユリアは私に冊子上のものをくれた。

「エレベーターホールの分岐を真っ直ぐ行くと、書店があるの。そこには教科書とかもあるから宗教学の本もあるはず。ちなみに学生は無料で本が注文できるよ」

「判った、ありがとう」

 私は部屋を出て、エレベーターホールに行き、真っ直ぐ進んだ。

 するとユリアの言った通り、書店があり、沢山の学生がいた。

 店内に入り、教科書のコーナーに行き、「宗教学」と書かれてある背表紙を探す。

 アンシェルの敷地内にはここの他に、三つ図書館がある。そのうちの一つ以外は立ち入り禁止。歴史的書物も保管しているからだ。

「魔物でもわかる宗教学」「宗教学A」という名の教科書を買った。ついでに事典も。紙におすすめだと書いてあったし、特にこだわりなどないから。

 ずっしりと重い三冊の本を胸に抱いて、部屋に戻った。

 

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カトミアル魔法学 れしおはる @Haru0706

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