08. 相談

 ケヴィンの頼みに頷きはしたものの、領兵たちに怪しまれず防壁内部を見せてもらう上手い理由など、その場でぱっと思いつくものでもない。

 ひとまず時間を一晩もらって、翌朝までお互いに考えることになった。


 無事に宿が取れたと戻ってきたマーカスに二人を合流させて見送り、ロビーに戻ってくると、受付の奥から声をかけられた。


「面白そうな話をしてましたね」

「ルシアン」


 受付カウンターから出てきたのは、奥で書類仕事をしていたルシアンだ。

 先ほどケヴィンが座っていた席に腰を下ろして、にこにことブレイズを見上げてくる。話そう、ということだろう。


「聞いてたのか」

「これでも、風の魔術で音を拾うくらいならできるのですよ。ラディも聞いてましたよ」


 その言葉に出入り口のラディを見ると、さっと顔を背けられる。

 ……普段あまり詮索めいたことをしないやつなのだが、やはり旧友フォルセの関係者ということで気になったのだろうか。

 手紙は彼女の仕事終わりを待って、一緒に読んだほうがいいかもしれない。


 それはともかく、盗み聞きされていたとは気づかなかった。

 ロビーではなく、ブレイズの部屋にでも通して話を聞くべきだったかもしれない。


「不用心すぎたか」

「否定はしませんが、あなたも周囲の気配くらいは読んでたでしょう?」

「そりゃあ、まあ」


 話の内容が内容だ。

 途中で他の来客があるようなら、ブレイズだってそこで話を切り上げている。


 それを口に出せば、ルシアンは満足そうに頷いた。


「それだけやってれば十分です。結果論になりますが、外からの魔術はラディが障壁を張ってたので問題なしってことで。そもそも今回の場合、本来なら彼らが警戒するべきですしね」

「……あいつら、警戒してなかったと思うか?」

「おそらく、警戒の必要性は薄い・・と考えていたのではないでしょうか」


 含みのある言い方だ。

 ルシアンの向かいに座って続きを促すと、ルシアンは小さく頷いて、再び口を開いた。


「あの二人のことは僕も知ってます。特にケヴィン、王都ではそこそこ有名ですからね。ちなみにマジで本名ですよ、リオンのほうは偽名ですけど」

「ついでに聞くけど、あのマーカスってのは?」

「あの方は僕も知らないんですけど……ここまで運んできた荷物の納品手続きをしたのは彼ですから、本名だと思いますよ。たぶん本部で身元の証明もしてるはずです」


 商業ギルドでは、賞金稼ぎが物資輸送そのものを請け負う場合、少なくとも代表者一名について、身元が明らかであるか、身元の確かな後見人を持たなければならない。荷物を持ち逃げされた場合の、責任追及先というわけだ。

 ケヴィンが姓を名乗らず、リオンが偽名なら、代表者としてギルドに身元を明かしたのはマーカスだということになる。


「話を戻しますが、彼らがこの街で警戒しているのは、領兵とその縁者なんです。目的はナイトレイ領の統治に対する内偵であり、それが発覚するとすれば、彼らに察知された時となるので」

「俺がチクるとは考えてないのか?」

「だからご友人の手紙を持ってきたんじゃないですか?」


 さらりと指摘された点に、頭の中で何かが繋がる感覚がした。渡したかったのは手紙ではなく、フォルセの名前そのもの?

 ……思わず、大きく息を吐いた。


「そういうことか……」

「知ってる僕が保証しますが、人質とかそういう後ろ暗い手段を、直接取れる立場の方々ではありません。その手紙に書かれてるかもしれませんけど、たぶんご友人も協力者グルですよ」

「まあ確かに、フォルセの知り合いなら多少は信用していいかと思っちゃいたけどよ……」


 これでも自分なりに色々と考えていたのだが、まだまだ考えが浅かったらしい。

 何が面白いのか、ルシアンは上機嫌に微笑むばかりだ。


 ふと後ろに気配を感じて振り返ると、ラディが木のコップを両手に立っていた。出入り口を見れば、夜警当番のリカルドが扉を施錠しているところだった。もう交代して、ギルドを閉める時間になったらしい。


「お疲れ」

「お疲れさまです。……あ、ありがとうございます」


 テーブルの上、ブレイズとルシアンの前に、ラディがコップを一つずつ置く。中では水が揺れていた。


「話はだいたい聞いていたけど、協力するのか?」

「……まあ、ファーネの状況が良くないってのは分からんでもねえからな」


 ちょうど喋り疲れて喉が乾いていたので、コップの水を一口啜る。よく冷えていた。ラディが魔術で冷やしてくれたのだろう。

 向かいではルシアンが、風の魔術で中の水をソーダ水に変えていた。そろそろ夕飯の時間だが、腹を膨らませていいのだろうか。


「道については、彼らの認識よりもまずい状態ですよ」


 コップの半分ほどまで水を飲んでから、ルシアンが言った。


「リカルドさん、ファーネに来る途中で道があまりにも崩れてると、その場で地の精霊に頼んで、ある程度直してるそうなんです。僕と来る時もやってましたよ」

「おいリカルド聞いてねえぞ」

「支部長とセーヴァは知ってるし、代金はちゃんと払ってもらってるよ。酒で」


 出入り口に立つリカルドが、気にするなと言わんばかりに片手をぱたぱたと振った。

 精霊使いの術の相場は知らないが、酒で払える値段ではないだろう。しかし上層部トップと話がついているなら、ブレイズは何も言えない。ラディも少し困った顔をしたが、やはり何も言わなかった。


「というわけで、リカルドさんの厚意にファーネ支部が応えてなければ、とっくの昔に荷車すら使えなくなってたんです」

「見方によっては、商業ギルドが自発的に、最低限の道の維持をしていたとも言えるわけか。そして、そこに領主様は一切関わっていない……と」


 ラディが小さくため息をついたあたりで、奥の台所からウィットが顔を出した。


「ご飯できたよー」

「おう」


 帰ってきてから姿が見えないと思っていたが、カチェルの夕飯作りを手伝っていたらしい。

 配膳を手伝おうと歩いていくラディの背を見送って、ルシアンが椅子から立ち上がった。


「防壁を見るための口実とやらは、僕にも思いつきませんが……。彼らについては今のところ、信用していいと思いますよ」


 それが言いたかったんです、とルシアンは言う。


(信用していい、と言いたかった……?)


 信用していい――信用しろ、するべきだ、と暗に言われているような気がして。

 ブレイズは座ったまま、ルシアンを見上げて、口を開いた。


「……あいつらの背後に、ギルド本部もいるんだな?」


 本部からの連絡員ルシアンは何も答えず、にっこりと笑うだけだった。



 ◇



“しばらく手紙を送れなくて悪かった。

 学院を卒業して、そのまま研究員として働いている。通いでなく学院の宿舎に入ったので、次から手紙はそちらに送ってくれ。

 研究員用宿舎のフォルセ・ルヴァード宛と書けば届くはずだ。


 そちらは変わりないだろうか? 二人とも、おそらくギルド支部に残っているだろうと思って手紙を書いているが、危険な目にあっていたりはしないだろうか。

 もしセーヴァ先生がまだファーネにいるなら、よろしく伝えておいてほしい。


 こちらは先ほども書いたが、学院を卒業した後、研究員として学生時代からの研究を続けている。

 王都は近くにローレ湖があるせいかファーネより涼しく、植生もやや異なっているようだ。当然、生息する虫の種類にも違いが見られた。ファーネでは蝶や天道虫を一年中見かけたが、王都では秋の終わりから冬を越すまでの間、ほとんど見つからないので寂しい景色になる。王都育ちの同僚の話では、どうも成虫のまま越冬しているようで、木のうろ・・や石の下など、風の当たらないところに固まっていることが多いらしい。こうして成虫で越冬する種は寿命も他の種と比較して長く、過去の記録では”


 そこまで読んで、ブレイズは三枚ある便箋のうち最初の二枚を隣のラディに押し付けた。

 やけに細かい字で書かれていると思ったら、途中から研究レポートもどきになっている。ラディも手紙に視線を落として、ああ、と納得したような声を上げた。


「虫好きは相変わらずか」

「虫好きって言うか、虫キチだろ」


 ブレイズの部屋のベッドに、二人並んで腰を下ろしている。

 ラディは先に湯浴みを済ませてきたようで、髪からは薬草ハーブを浸した湯の、柔らかい匂いがした。


 手元に残した三枚目の便箋を、ブレイズは下から読んでいく。一枚目があのザマなのだ、本題を探すなら後ろから読んでいったほうが早い。


“――ところで、学院時代の友人と後輩がファーネに用があるそうだ。よければ話を聞いてやってくれ。”


「本題それだけかよ……」


 それより前には、中央大陸の東端から西端まで大移動をする蝶の一種について、ブレイズにはさっぱり分からない専門用語混じりの文章が並んでいた。

 ……もう少しこう、その“友人たち”について「困っているようだから」とか「悪いやつではない」とか、こちらが協力してやろうと思えるようなことを書いてやれよ、と思う。さすがにケヴィン達が気の毒だ。


 ふと隣のラディに目を向けると、彼女は律儀にレポートもどきを読んでいた。


「お前それ、よく読めるな」

「いや、返事を書くならちゃんと読まないとと思って……」


 三枚目の便箋を渡しながら言うと、困ったような顔を向けられる。


「『変わってないようで安心した』とか書いときゃいいだろ」

「ブレイズがそうやって流すから、その分私が話を聞く羽目になるんだ」


 ラディは三枚目にもきちんと目を通してから、便箋を丁寧に折りたたんで、封筒に戻していく。

 それを横目に、ブレイズは上半身をベッドに倒した。視界からラディが消えて、木の天井が映る。


「……それで、手を貸してやるんだろう?」

「ああ」


 聞こえてきた声に、天井を見たまま答える。


「……ファーネを捨て石にされる、とまで言われたら、なあ」

「そうだな……簡単に捨てられるのは、困る」


 十年前、ジルが、大人たちが、その命と引換えに守り抜いた街だ。この街には、彼らの墓だってある。

 ルシアンの助言がなくても、何を考えているか分からない領主よりは、ケヴィンたちのほうを信じたかった。

 ……ジーンたち領兵には、少し悪い気もするが。


(つっても、なあ……)


 差し当たって頼まれているのは、余所者の彼らが防壁の状態を調べるための、怪しまれない理由付けだ。

 時間は一晩あるとはいえ、未だに何も思いつかない。


「……ラディ、なんか上手い理由思いつかねえ?」

「上手くはない、と思うけど……」


 かさり、紙の音がする。

 顔だけ起こしてそちらを見ると、ラディがこちらを振り向いて、フォルセの手紙が入った封筒を軽く振ってみせた。


押し切れそう・・・・・・な理由なら、思いついた」

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