07. 置き去りの街
「まず明かしておくと、僕たちは王国軍に所属している。マーカス……先ほど出ていった地味な顔の男も含めて、な」
「あんたと比べりゃ大抵の男は地味顔だろうよ……」
一階ロビーの応接スペースに、ケヴィンと眼鏡の少年を案内する。
ケヴィンの連れのもう一人、マーカスという名前らしい剣士は、こちらへの挨拶もそこそこにギルド支部を出ていった。
ファーネに到着して直接ギルドを訪ねてきたようで、宿をまだ取っていなかったのだそうだ。
紹介できる宿はあるかと聞かれたが、今のファーネに宿屋はひとつしかないので、そこを紹介するしかなかった。
宿泊客は月に数人しかいないファーネで、街の住人向けに食堂や酒場をやることで潰れずにいる宿だ。泊まったことのあるリカルドが「食事がうまい宿だ」と言っていたので、まあ大丈夫だろう。
「にしても……国軍? ってことは王都から……いやフォルセも王都だもんな、そうなるか」
最近やたら王都から人が来るな、と胸のうちで呟いた。『やたら』の基準が普通より低い自覚はあるし、リカルドは定期的に来るのだが。
「フォルセ先輩には、私もよく相談に乗っていただきました」
ケヴィンの隣に座った眼鏡の少年が、柔らかく微笑む。こちらはリオンと名乗った。年のころは、ラディと同じくらいだろうか。
彼も学院の卒業生で、フォルセとケヴィンの後輩にあたるそうだ。
ケヴィンはリオンをちらりと見て、「話を戻すが」と口を開いた。
「僕たちが南の防壁を見たいと言ったのは、あの防壁が国防の拠点でもあるからだ」
「国防の?」
あの古い防壁がそんな大それたものなのか、と疑問に思っていると、ケヴィンが頷いて言葉を続ける。
「魔境のどこまでが王国領かというのは、解釈に幅があるので明言できないが……人の暮らす領域としてなら、『大山脈』のあたりで区切るのが妥当だろう」
言われて、ブレイズは頭の中に中央大陸の大まかな地図を描いた。
ブレイズたちの住む国は正式名称をマルヴェット王国といい、中央大陸北部に位置している。
王国の南側には切り立つ大山脈が、まるで中央大陸を南北に切り分けるように東西へ走っており、その向こう側に広がる樹海が『魔境』と呼ばれる未開拓地域だ。
ファーネの街は、王国西部にある大山脈のわずかな切れ目を塞ぐような位置にある。
……言われてみれば確かに、王国領と魔境を隔てる防衛都市と言えなくもない。実際に住んでいて、そこまで物々しい雰囲気ではないので、実感は湧かないが。
「言えるもなにも、ファーネはもともと防衛都市として作られたんだ。そこに『魔境への入り口』という側面が加わって、魔境探索の拠点として栄えただけで」
「……なので、魔境への探索者がいなくなったからといって、あまり寂れさせてはいけないのです」
ケヴィンの言葉をリオンが引き継いだ。フォルセのことを話していた時とは打って変わって、浮かない顔をしている。
「ファーネまでの道を確認しました。小型の荷車が辛うじて通れる程度で……あれでは軍隊の移動に支障が出ます」
「言いにくいが、ナイトレイ領に入ってからは酷かったな。有事の際、まず駆けつけるべきはその地の領主の兵なのだが……あの道ではな」
ナイトレイというのは、ファーネを含む王国南西部を治める貴族の家名だ。
普段ジーンたちのことを領の兵士、領兵と呼んでいるが、正確に言うと、彼らはナイトレイ家の私兵である。
――領兵
(なるほど……)
うっすらとだが、ブレイズにも話が見えてきた。
「要するに、査察ってわけか」
「個人的に、だがな」
その通り、と言いたげに、目の前の男が口の端を引き上げる。どうやら正解だったらしい。
「学院時代の伝手で、ナイトレイ領の出身者から色々と話を聞いた。苛政というわけではないようだが、国防という観点から見て問題がありそうだと思った。なので僕は、現状をこの目で確かめに来たんだ」
「確かめて、どうするんだ? 今までの話からして、少なくとも道は問題あるみたいだが」
「『ナイトレイ家の当主は国防の任を十分に果たせていないのではないか』と、上に具申する」
そこで、ケヴィンは小さく息を吐いた。黙って話を聞いているリオンをちらりと見て、言葉を続ける。
「……ナイトレイ家は、今の当主が初代でな。元は傭兵団の団長だったのが、『魔境の魔物から王国を守るため』という名分で貴族に取り立てられたんだ。にもかかわらず、最前線であるファーネの街を孤立させたまま放置というのは相当まずい」
「孤立、放置……か」
言われてみれば、そうなのかもしれない。
いつの間にか、これが普通だと思ってしまっていた。
どこかの店がやっていけずに潰れても、昔からの住人が親類を頼って他の街へ去ってしまっても。ファーネの寂れ具合では仕方のないことだと、諦めるしかないと。
ただ、王都の商業ギルド本部が、ブレイズにとってのわが家を――ファーネ支部を畳んでしまうことだけを、ずっと恐れていた。
「昔は結構にぎやかだったんけどな」
「……十年前にあった、魔物の襲撃の話は聞いている」
ケヴィンが低く言った言葉に、一瞬、息が詰まった。
脳裏に悪夢が蘇る。
折れた武器の墓標、手足の欠けた大人たち。
肉を欠いた、師の亡骸――。
「すまない、思い出させたか」
「……いや、大丈夫だ」
十年前の大襲撃。
魔境からファーネへ、魔物の大群が押し寄せてきた事件のことを、ファーネではそう呼んでいる。
街を守るために、大勢が戦い、死んだ。
領兵だったフォルセの父親。
当時、ギルド支部に居合わせた賞金稼ぎたち。
それから、支部の警備員たち――ブレイズとラディの剣の師匠であり、拾い親でもあった『ジル』も、そうして命を落とした者の一人だ。
辛うじて生き残った者たちも、ほとんどが二度と戦えないような傷を負った。
自身や仲間が再起不能になり、警備員や賞金稼ぎを辞めてファーネを去っていく。
それを、幼いブレイズはずっと見ていた。
あの頃は、見ていることしか、できなかった。
「思い出させたついでに聞くが……。あの大襲撃がもう一度起こったとして、今のこの街は耐えられるか?」
「もう一度……?!」
「あり得ないわけじゃないだろう」
息を呑むブレイズに、ケヴィンは小さく頷いた。
じ、と金色の視線に射られて、無理矢理に息をする。
(耐えられるか、なんて、そんなの)
「無理だ」
考えるまでもないと、首を横に振った。
十年前だって、南の防壁で防げた魔物は半分もいなかった。
魔狼は壁を駆け上がってきたし、魔鳥や魔虫は空を飛んで越えてきた。
あの頃と比べて、防壁に詰めている領兵の人数はだいぶ減っているし、人間以外との戦いに慣れているのはごくわずか。正直なところ頼りない。
小さい頃に獣との戦い方を叩き込まれたブレイズとラディは、現状、ギルド支部の警備で手一杯だ。
「戦えるやつは、俺も含めてほとんど死ぬだろうし……たぶん、南側の住人にも死人が出る。そうなったら生き残った連中も逃げ出して、この街がなくなる」
「街が、なくなる……」
顔色を失ったリオンの横で、ケヴィンが「僕もそう思う」と同意した。
「ここまでの道を見た限り、領主が援軍を出したとしても間に合わんだろう。……正直、今のファーネは時間稼ぎの捨て石にしか見えん」
「……領主様がそういうつもりだって?」
「それは、あまり考えたくはないのですが……」
「領主本人にそのつもりがなくても、部下がどう考えているかまでは分からんしな。……と、いうわけで」
改めて、ケヴィンがこちらを見る。
「南の防壁がどんな状態なのか、この目で見ておきたい。……領兵どもに怪しまれない表向きの理由、一緒に考えてくれないか?」
「……分かったよ」
ブレイズだって、
現状の危うさを見せられてしまっては、頷くしかなかった。
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