1:王都の訳アリ三人組

06. 旧友からの手紙

 セーヴァの手伝いから解放されてロビーに戻ると、ちょうどウィットが帰ってきたところだった。

 ただいま、と声を上げる彼女の後ろには三人の男が立っており、ロビーをきょろきょろと見回している。


(見たことねえ顔だな)


 出入り口に立っているラディに視線を投げるが、彼女も小さく首を横に振った。やはり、初めて見る顔らしい。


(武装してるのが二人に……非武装、に見えるのが一人。護衛か?)


 警備員のさがか、当番でもないのに男たちの装備に注目してしまう。

 武装している二人は、それなりに使い込まれた革鎧を身につけていた。両方とも、腰に片手剣を下げている。

 非武装に見える一人は、先の二人のような防具をつけていない。腰の後ろにナイフを一本差しているが、それだけだ。ただの旅装に見える。ひょっとしたら魔術士なのかもしれないが、どうにも立ち姿がらしくない・・・・・。賞金稼ぎになったばかりだろうか。


 ウィットは彼らをカチェルのいる受付に案内すると、ブレイズの視線に気づいたのか、食材の詰まった籠を手にこちらへ歩いてきた。


「ただいま!」

「おかえり。あの連中はギルドの客か?」

「うん、手紙持ってきたんだって」


 ウィットの言葉に、思わず「珍しいな」と呟いた。

 手紙や小包の輸送は商業ギルドの仕事の一部で、一般的には賞金稼ぎが移動のついでに輸送の依頼を受けることが多い。

 外からの客が少ないファーネでは、賞金稼ぎがめったに訪れないので、支部長が発注に行った帰りに運んでくることがほとんどだ。例外は、リカルドが様子を見に来てくれた時くらいか。


「ブレイズ、きみにも用があるみたいだよ」

「俺?」


 ウィットはこくりと頷いた。


「『ギルドにブレイズ・オーデットってやつはいるか』って聞かれた」

「ううん……?」


 首を傾げながら、もう一度三人組をよく見てみる。

 ……知り合いではない、はずだ。見ず知らずの他人に、フルネームを覚えられるような心当たりもない。


(いや、あっち・・・の『ブレイズ』だったら……にしては若すぎるか)


 一番年上らしい男でも、せいぜいカチェルと同じくらいの年齢に見える。の知人であれば、死んだ師匠ジルと同年代だろう。若くても四十に近くなるはずだ。

 商業ギルドの関係者かとも思ったが、それでもブレイズは弱小支部のギルド員でしかない。やはり、名指しで訪ねてこられる理由は思い当たらなかった。


(直接話を聞いたほうが早そうだな)


 買った食材を運ぶというウィットに食料庫の場所を教えて、ブレイズは受付のほうに歩いていく。

 三人組のうちの一人、緋色の髪の青年が、警備中のラディに話しかけていた。他の二人は、受付で荷物の受け取り手続きをしているようだ。

 ふいにこちらを見たラディと目が合って、彼女が青年に何ごとか告げると、青年の顔がこちらへ向く。


 ――挑むような目だ、と思った。

 敵意は感じないが、こちらから何かを勝ち取ろうとしているような、そんな目つきだ。

 そういう目は嫌いではないのだが、どうしてそんな目を向けられるのかは、やはり分からない。


「ブレイズ・オーデット?」

「ああ。どっかで会ったか?」

「いいや、初対面だな」


 そう言うと、青年はすっと右手を差し出した。拒否する理由もないので、その手を握り返す。


「ケヴィンだ。家名は用意していない」

「なんだ、偽名か?」

「本名だとも」


 ケヴィンは愉快そうにニヤリと笑った。


「珍しい名前でもないだろう? フルネームで名乗らなければ大丈夫なのさ」


(『ワケあり』なのは否定しねえのな……)


 賞金稼ぎたちが偽名を名乗ったり、家名を名乗らなかったりすることは珍しくない。『賞金稼ぎ』などと大層な呼び方をされているが、要は定職にいていない根無し草だ。何かやらかして生家から絶縁された者もいれば、孤児だっている。

 ……目の前の男は、そういった境遇からは遠そうだが。


 揺らめく炎のように波打つ、深い緋色の長髪に、金色の瞳。顔立ちも整っている。革鎧ではなく礼服でも着ていれば、貴族のご令息だと言っても通りそうだ。

 というか、お忍びの貴族なんじゃないだろうか。こんなキラッキラした見た目の平民はいないだろう。


「で、何の用かというとな」


 ケヴィンは腰のポーチから白い封筒をひとつ取り出すと、こちらへ差し出してきた。


「まず手紙だ。『ブレイズ・オーデットか、不在ならラディカール・レイリアに渡せ』と言われた。これは運び賃を取らんから安心しろ」


 宛名としてブレイズとラディの名が並べて書かれているだけの、飾り気のない封筒を受け取って、ひっくり返す。

 差出人の欄には、懐かしい筆跡で、懐かしい名前が記されていた。


「フォルセ・ルヴァード……」

「えっ」


 耳だけこちらへ傾けていたのか、警備に戻っていたラディが声を上げた。

 それを見たケヴィンが、「きみがレイリアか」と呟いている。


 フォルセというのは、十年前までこの街にいた、ブレイズとラディの幼馴染だ。

 年はブレイズのひとつ上。森で虫を捕まえて、図鑑で名前を調べるのが好きな少年だった。

 父親を亡くしてすぐ、母親に連れられて王都へ引っ越して以来、ずっと会っていない。手紙のやり取りも、フォルセが王都の学院へ入ったあたりで途切れてしまっていた。


「フォルセと僕は学院の同期なんだ。お互いとっくに卒業したが、あいつは研究員としてまだ学院に残っている」

「そうか……」


 なるほど、どこでブレイズの名前を知ったのかと思っていたが、フォルセから聞いたのか。

 年の近い子供たちの中で、一番仲が良かったのがフォルセだった。旧友が自分たちを忘れていなかったこと、こうして手紙をくれたことに安堵する。


 封筒から顔を上げて、ブレイズはケヴィンに笑いかけた。


「ありがとな。学院に入ってから手紙も返ってこなくなったから、ちょっと心配してたんだ」

「……礼には及ばん。こちらも多少の打算はある」

「俺に?」


 ああ、とケヴィンが頷くのを見て、ブレイズは内心で首を傾げた。

 この男が求めるようなものが、自分にあるだろうか。

 そう思っていると、早速といった様子で、ケヴィンが再び口を開いた。


「この街の、南側にも防壁があるだろう? 内部も含めてよく見たいので、口利きを頼みたいんだ」

「南ってぇと、魔境側のか?」

「ああ。余所よそ者の僕がいきなり言っても、断られるだろうからな」


 あの防壁で魔境側に対する監視と防衛を担っているのは、領の兵士たちだ。

 今日はジーンが南門の門番だったはずだし、彼以外にも何人か顔見知りはできた。話すこと自体はできると思う。

 話の持っていきかた次第ではあるが、見張り塔の階段を登って、防壁の上から魔境を眺めるくらいなら許可されるはずだ。時折、街の子供たちが防壁の上をちょろちょろしているのを見かける。


 問題は、それでケヴィンが満足するとは思えないところだ。


(ただの観光、ってわけじゃあ、ないだろうしなあ……)


 単なる見物のためだけに、わざわざ辺境まで来たとは考えにくい。

 それに、「防壁・・を見たい」と言ったのも気にかかる。魔境目当ての賞金稼ぎはたまに来るが、防壁が目当てというのはどういうことだろう。

 南の防壁は、ファーネの街を魔境から守っている防衛施設だ。魔境をそれなりに知る身としては、あそこに変な干渉をしてほしくはない。


「……理由を聞かせてもらえるか?」


 フォルセの知人とはいえ、何も聞かずに頷くことはできない。そう判断して、率直に聞いてみる。

 ブレイズがそうすることを想定していたのだろう、ケヴィンは小さくため息をついた。


「やはり、そうなるよなあ……」

「俺にも信用ってもんがあるんでね」


 理由なく紹介しても、領兵たちに警戒されるだけだろう。ブレイズだって、ジーン以外とは、まだあまり話せていないのだ。


「話せなくても紹介はするけど、たぶん断られると思うぞ。一応、現役の防衛施設だし」

「ああいや、ここで・・・話す分には問題ない」


 含みのある言い方だ。外では話せない、ということか?


「少々面倒な話ではあるが、聞く気があるなら、話すのはやぶさかではない。……フォルセも知っていることだしな」


 手続きの終わったらしい連れ二人を手招きしながら、ケヴィンは続けた。


「ついでに、表向き・・・の理由を一緒に考えてもらえると助かる。領兵ども・・には、まだ知られたくないんだ」

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