第9話 その日は突然に

 対立派閥との関係がどんどん悪化し、僕たち冒険者は戦場に容赦無く駆り出される毎日を送っていた。戦場に出たっきり帰ってこない者も多く、僕もいつ死んでしまうのかわからない。


 僕と彼女の会えない日は続いていた。彼女の古屋は幸いにも安全圏内の森の中だ。 


 僕たちが最後に会ったのは二週間前だったかな、ルーナは僕の手を握り締めて、ずっと泣いていた。僕のために泣いてくれていた。いつ離れ離れになってしまうかわからない、でもここを切り抜けないと、あの柔らかい日常は戻ってこない。


 僕は彼女から貰った花のお守りが入っている袋を握りしめ、戦い続けた。



「ジュア、必ずまた会いに来て。」

 

 私は毎日ジュアの事を待っている。彼が防衛線を張っている方向を見つめる。

 私にとって一番大切な存在、私を受け入れ愛してくれた。彼の笑顔をもう一度見たい、もう一度その笑顔で私を照らしてほしい。


 二週間も経っている、私は心配で心配で胸が痛い。もしかしたら・・・。そんな事考えてはいけない。彼は強い冒険者、あの広い背中で私の盾になると約束してくれた。


でも。


でも。


怖い。


私は先程摘んできた山菜をそのまま地面に落とし、走り出した。



「ジュア、ここは墜とされる、早く撤退しよう。」

 戦況は思った以上に悪かった。仲間がたくさん死に、人手が足りなくなったのだ。


「分かった・・・」

 防衛線を下げてしまえば、古屋の方にも危険が及ぶ・・・。僕は地面を思いっきり蹴り古屋の方向に向かって疾走した。


「ルーナ!ルーナ!どこにいるの?!返事をして!」

 いない、いない、心臓を鷲掴みにされた。ここは安全なはずだ、なぜ、どこに・・・。


 僕は落ちている山菜を見て頭が真っ白になった。


「そんな、ばかな」


 ルーナには古屋から離れるなと言ってある。そして、僕がどの方向で戦っているのかも言ってある。背筋か凍る、まさか・・・


「ルーナ!」


 僕は危険を顧みずに危険地帯へ飛び出す。僕の脳裏には彼女が幸せに面白おかしく笑った顔が映し出されている。滝の様に流れる汗、未だ鷲掴みにされている心臓、息が出来なくなるほど爆走した。



 やがて人だかりが見える。人だかりの真ん中には見慣れた毛並みのキャットピープルが横たわっていた。


「ルーナ!!」

 

 僕は魔力を剣に纏わせ敵に襲い掛かった。敵は僕の攻撃を回避し距離をとった。


「ルーナ!しっかりするんだ、どうして・・どうして古屋を離れたんだよ!!」

 僕はルーナに怒鳴ってしまった。

 ルーナの腹部には無数の刺し傷があり、顔は擦り傷だらけ。綺麗な灰色の毛並みは血に染まっている。


「ジュ・・・ア。ごめんなさい・・・、あなたに会いたくて・・もう会えないんじゃ・・ないか・って。」


 ルーナは力を振り絞って喋った後に吐血をした。


「本当に・・ごめんなさい・・・」


「もういい、喋るな!」


 僕は彼女を抱き寄せ、泣いてしまった。


 僕はまた守れなかったのか・・


「ジュア・・私はもうダメかもしれない・・、だから・・逃げて・・。」


 相手は4人、僕一人では勝てないだろう。


「君は死なない!僕のそばから離れないで!!」


「ジュア・・あなたをずっと愛してる。来世・・来世もまたあなたに・・会いたい・・。差別のない世の中に・・なって・・、平和で柔らかい日常を・・あなたと一緒に・・」


「ああ!必ず君を探し出す、約束だ。だから、だから待っててくれ。来世はきっと差別のない世の中になっているはずだ。今度こそ一生を共に過ごそう。」


 ルーナは僕の胸の中で微笑みながら永い眠りについてしまった。


「くそがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 僕は無我夢中に敵に斬りかかる。

 

 涙が溢れ出して視界がぼやける。僕は必ずこいつらを殺す。殺す。殺す。


「おいおい、狂ってんのか?あのきったねぇ野良猫が死んだだけだぜ?お前も命乞いしろよ、野良猫みたいに」


 敵の一人が口を釣り上げて笑う。


「黙れ、お前たちは僕が捻り殺す。」


 僕の頭の中は"殺す"でいっぱいになった。疾風の如く敵の一人に斬りかかる、そして一番鈍そうな奴の胸に剣を貫通させた。剣先についた汚い血を払い、殺す事しかできない機械と化して他の奴に斬りかかる。


「くっ」


 分かっていた事だった。

 僕は後ろから背中を刺された、だけどルーナが負った傷に比べたら・・


「んなもん痛くねえよ」


 僕は重心を前にして背中から剣を引き抜き、一瞬で背後の敵の首を跳ね飛ばした。残る二人を相手取り、とうとう魔力が尽きそうになる。


 残された魔力を全開放、蒸気が出るほどに魔力を溢れさせ飛びかかる。覚悟はとっくに決まっている。


 敵の一人の剣を左肩で受け止め、その代わりに相手の胸に剣を貫通させる。そして敵をなぎ飛ばし、最後の敵に目をやる。


 痛みなんて感じなかった。痛みよりも怒りが勝っていた。


 僕は何の躊躇もなく敵の剣を腹部で受け止め、相手の心臓目がけて剣を貫通させた。


 お互い吐血しその場に倒れる。


「はぁ、はぁ。」


僕はぼやける視界でルーナを見る。そして地面を這いルーナの元に近づいた。僕の這った後は血で染まっている。


「僕たちの古屋へ戻ろう。」


 これは僕が君にできる最後の事だ。

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