第3話 お弁当大作戦

 野良猫に救われてから何日か過ぎたある日の事だった。


「やっぱり眠れない!」


 ベッドに横になるが僕はなかなか寝付けない。そう、彼女の事を考えてしまう。正直初めて最底辺階級の者と会話をした。都市内では、誰も見えない地下で重労働させられているか、部屋の中に閉じ込め一生家事をさせられているかだ。


 彼女の悲しい顔が脳裏に浮かぶ。それと同時に、心が少し締め付けられている事に気づいた。


「本当は笑いたいだろうに・・・」


 三日月の月明かりを眺めながら、彼女の笑顔が見たい、僕はふとそう思った。



 カーテンを閉め忘れ、殺人的な太陽の光が直接僕の顔に当たっていた。


「会いに行ってみようかな・・・」


 僕はまだ寝たいと訴えてくる体をベッドから無理やり引き剥がしリビングにでた。

 変わらぬ光景、母は黙々と家事をこなし、父は本を読んでいる。

 僕がボロボロの身体で帰ってきたあの日、父は僕を一眼見た後表情一つ変えずに、自分の部屋へ戻って行った。


「そこにお弁当あるから、持っていって。」


「ありがとう、母さん。」


 僕は弁当を片手に静かに家を出た。


 お弁当・・持って行こうかな。ご飯を食べれば自然と会話できそうだし。

 僕は、我ながら良いアイディアだ!と褒め、走り出した。


『コンコン、ジュアだけど、いる?』


「何の用なの?もう来ないでよ。」

 彼女は相変わらず僕との間に距離をとる。


「お弁当あるんだけど、一緒に食べない?」


「やだ。」

 予想通り即決だ。


「お弁当あるんだけど、一緒に食べない?」


「しつこい。」


 尻尾は正直だ。左右にゆっくり揺れ、内心では少し興味があるのだろう。


「ここは森の中だ、無法地帯。階級なんて存在しない。だから少し話さないか?」


「・・・す、少しだけなら。」


 彼女は顔を少し赤く染める、だがずっとそっぽを向いていた。


「これサンドイッチって言うんだけど食べたことあるかな。」

 僕はサンドイッチを一つ手にとり、腕だけ出来るだけ長く伸ばし彼女に手渡す。彼女は恐る恐るそれを手にとり、クンクンと匂いをかいで僕を睨む。


「ああ、毒なんて入ってないよ。」

僕は自分が食べているところを彼女に見せて安心してもらった。


「!?」

 一口食べた瞬間、彼女は目を見開く。サンドイッチの断面をこれでもかというほどジロジロ見て、やがて勢いよく平げた。少し恥ずかしくなったのか、さっと僕の方を見る。


「美味しいだろ、僕も好きなんだ。」

 彼女には目をやらず、僕は穏やかで優しい風に吹かれながら木々を眺めた。

 

 何故だろう、心が安らぐなぁ。


 無口な彼女は僕の話をずっと聞いてくれた。どんな冒険をしたか、どんな出会いがあったか、どんな世界を見たのか。彼女は嫌な顔をせず、ずっと聞いてくれた。

 何故僕が泣いていたのかは聞いてこない。冒険者の涙なんて見たことないだろうに。


 気が付くともう夕方になっていた。

「もうこんな時間か、ごめん、僕ばっかり。」

「別に・・た、楽しかったから・・」


 耳を疑った。楽しんでくれた!

 

 何故だろう、この一言でこんなにも嬉しいなんて。


「また来てもいいかな・・・」


「うん・・」


 僕は帰り道、何回か振り向いて手を振った。




 この冒険者はおかしい。

 なんで私なんかと・・・

 

 彼の微笑んでいる横顔が目に焼き付いてしまった。

 

 暖かかった。

 

 どんな日差しよりも暖かかった。


 冷たい地面で寝て、冷たいご飯を食べて、冷たい目で見られてきて、そして冷たい風に当たってきて・・・


 あの微笑みは今までの"冷たい"を帳消しにしてくれる様なものだった。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る