第2話 野良猫との出会い

 まだ太陽が昇っているものの部屋の中は少し暗い。煙っぽくて咳をした瞬間に肋骨がズキズキ痛む。


「君は・・・」


「来ないで、喋りかけないで。気がついたら早く出てって。」


 少し攻撃的な口調のキャットピープル。強気の割には体が震えているのが見えた。

 灰色の毛で露出している肌の部分は白い。だが薄汚れていて毛並みも最悪だ。彼女の外見は今までどんな困難があったのを物語っている。まさに野良猫を彷彿させるその姿。

 彼女の耳を見ると、僕を警戒している模様。ただ言える事は、猫らしい綺麗で気高い顔がホコリの中に隠れていた。


 彼女の手の甲を見ると、なぜ僕に怯えていたのかわかった。

 "シュードラ"カーストの一番底辺の階級だ。シュードラに数えられる者は手の甲に特別な刺青がある。彼女の家族は代々シュードラの者だったのだ。


「ありがとう・・、僕の名前はジュア。君は?」


 傷口は綺麗に止血され腕の切り傷は服やタオルで巻かれていた。


「・・・」

 彼女は口を噤んでそっぽを向いている。


「僕は君のことを売ったり、暴力したりしないよ。」


「ネコ・・・」


「ネコ?」


「名前なんてない。」

 彼女は少し悲しそうな表情をホコリまみれの顔から漏らす。


「早く出てってよ、あなたが怖い。」

 彼女は僕の剣を見る。一刻も早く僕を追い出したいのだろう、出ていけとしか言わないから会話が成り立たない。


「何故僕を助けたんだ?それを聞いたら僕は出ていくよ。」


「・・・、涙を流していたから・・・」


 僕は気を失ったあと無意識のうちに涙を流していたらしい。何故なのだろう、彼女の冷たい口調から暖かさを感じてしまった。

 独りぼっちの猫が冒険者を助けるなんて危険すぎる。一歩間違えれば奴隷市場に持っていかれるか、娼婦として働かされる。そんな危険も顧みずに僕を助けてくれた。


 僕は今まで苦しかった、しかし泣いてしまえばもっと苦しくなる。我慢に我慢を重ねた結果、無意識に涙が溢れてしまったのだろう。

 彼女の理由を聞いて正直少し救われた気がした。背中が軽くなった気がした。


「そっか・・礼を言うよ。また来てもいいかな?」

「ダメ。」

「少し話たいだけなんだ。」

「あなたは私がシュードラって事分からないの?!」


 彼女は怒り口調になり、思いっきり手の甲を僕に見せた。自分は底辺の者だと自覚を持っているらしい。


「わかっている、でも僕はそういう制度は嫌いだ。皆平等であるべきだと思う。」


「綺麗事は言わないで、口先だけの偽善者よ。だったら私の家族を返して・・・」


 スーと消えてしまう様な声だった。

 まさにそうだ。僕がそう言ったからって今の世界は変われない。自分の発言に後悔しながら、僕は古屋を出た。


「傷つける様な事言って申し訳ない。じゃあ、もう行くね。」


 一度も振り返らずに僕はまっすぐ歩く、暖かい木漏れ日は感じられなかった。



そんな冒険者の背中を見ながら、

「あなたは何故涙を流していたの・・・」


 私は笑っている冒険者しか知らない、私の家族を拐う時も金に目が眩んだ冒険者しか知らない。口をつり上げ大声で高笑いする冒険者、暴力を振るう冒険者、奴隷を品定めする冒険者・・・


 無意識に出る冒険者の涙・・、悲しいはずなのに


 目が覚めると彼は、


 微笑んでいた。暖かい太陽の様に・・・


「変なの・・・」

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