第19話 騎士科編:学院2年生夏②奴隷と悪魔

アリスンたちは、唐区タァンチにある胡蝶の屋敷にやってきた。

古代中国の城のような外観。

全体的に朱色の高い塀と門構え。塀には格子柄の装飾が所狭しとはめており、塀の上には龍が石で彫られていた。


胡蝶は入り口の門番たちに軽く挨拶をして、アリスンたちを中に入るように促す。


門をくぐると、四角形の大理石が綺麗に地面に引き詰められている広場が、目の前にどーんと開けていた。

奥には、コの字型に配置された平家建ての大きな屋敷が鎮座している。

屋敷は朱色の壁と群青色の柱、回廊に沿った欄干は金色に輝いていて、豪壮な佇まいであった。


ほぇ〜、ここだけ異国の地だね。圧巻だぁ


アリスンたちは、胡蝶姐さんと管家グアンジャー(中国での執事)の劉さんに案内されて応接室にやってきた。


「劉。お茶の用意が終わったら、呼ぶまで部屋に入ってこなくていいよ。あとはこっちでやる。」

姐さんに言われて、劉さんは素早くお茶を用意してくれた。

香りを楽しむ茶器聞香杯もんこうはいにお茶を流麗に入れ終わると、茶杯を被せて退室する。

最後に掌と拳を合わせて礼をして下がっていった。


香りを楽しみながらお茶を飲むと姐さんが話し出した。


「さて、耳に入れておいてほしい話なんだが。

ここ半年くらいの奴隷事情についてだ。

うちの店は、ちょっと特殊だろう?だから、なかなか従業員が揃えられない。

それで、器量がいい奴隷を買って従業員を得ている現状なんだ。

....それが、ここ半年くらいに買った奴隷の子達がちょっと訳ありでね。」


「訳ありというと?」


「みんな、うちの店にくるとまず『家に帰してくれ』って訴えるんだ。

どうも話を聞くと、人攫いにあって気がつくと奴隷になってたらしい。

言葉巧みに契約書を書かされてるそうだ。

まず、ならず者に攫われたあと騎士団の格好をした身なりの整った男がこっそり助けにやってくるそうだ。

そこで『偶然、盗賊のアジトを見つけた。これから騎士団に戻って仲間を呼んでくるから待っていてほしい。信憑性をあげるから助けて欲しいと紙に書いて、名前を書いて欲しい。』と言われるそうだ。

でも、みんな平民で文字が書けない子達だから、代わりに男が書いてくれた文章に血判を押す。

それを持って男が消えると、助けられずにそのまま奴隷商人に身柄を引き渡されるそうだ。

そこでは奴隷契約が既になされているって寸法だ。」


「血判だけじゃ、契約書として効力発揮できないのでは?」

エリザがすかさず指摘する。


「そうなんだ。これが呆れた話なんだが、騎士団風の男が親切ご丁寧に名前の書き方だけを教えてから署名させてたんだ。」


「ちょっと待って、姐さん。

書けなくても少しは読めるでしょ?

『助けてください』って少量の文章と奴隷契約の長ったらしい文章じゃ厚みが違いすぎる。そんなに、抜けてる子たちなの?」

アリスンも、気になる点を指摘する。


「どうやら2重文書になってたんじゃないかと思われる。

実際、文字が読める子もいて確かに『助けてください。監禁されてます。』って文言だけ書いてあったそうだ。

盗賊の監禁場所も暗くて、2重になってるのがわからないようにされてたんじゃないかね。

うちが買った子達の書類はきちんとした奴隷契約書なもんだからこっちはどうしようもないし。

慈善事業ではないから、買った額分は働いてもらわなければうちもやってけないだろう?

だから、年季が明けるまで働いてもらうのは決定なんだが、その間文字、計算、一般教養を代わりに無償で教えるってことにして働いてもらってるんだ。

家族に仕送りしたい子には年季が長くなるけど、給料を与えてる。

だがね、本当にいい子達だから満額給料をあげたいのが親心だろう。

違法取引の証拠があれば、うちも買った金が返ってくるし、うちの子達も普通に働けると思ったんだが。


それで、うちの子飼いの間諜に奴隷商人の店を探らせたんだが、埃ひとつ出てこないときた。

多分、二重文書の紙は騎士の格好をしている奴が持ってるんだと思う。

叩くとしたら、そっちなんだが出入りの人物を探っても見つからなくて暗礁に乗り上げ中だ。

盗賊の方も、攫われた場所がバラバラで特定できないときたもんだ。

で、何が言いたいかというと...

アリスン、お前さんお忍びの時本気で平民の格好しているだろう?

私なら所作から貴族とわかるが、人攫いには分からない。

攫われてる子達の年がちょうどお前さんたちくらいだから気をつけろって忠告だ。」

話が長くなっちゃったねと姐さんは、艶麗な微笑を浮かべながら、茶杯をずらしてお茶を飲んだ。


「胡蝶姐さん、行政官の方から探ってみようか?

ちょうど、懐にすんなり入れそうな柔和な若い行政官がいるんだ。ね?エリザ。」とアリスンはエリザに話をふった。


「?あぁ、そうね。あの方なら人畜無害の顔した腹黒策士だから、なんとかなりそうね。」とエリザは同意した。


「その行政官は信用できるかい?

多分、行政官も騎士団にも、コレに関わってる者がいるはずだ。埃が出なさすぎる。」と胡蝶は訝しんだ。


「姐さん、安心して。エリザの婚約者だから信用できるよ。

のらりくらりと仕事をかわすのが得意なんだけど、自分の成果はしっかり上げるしっかり者でね。

国の利益になることには全力を出す人だよ。」と補足した。


「まあ、エリザは婚約者がいらっしゃるのね?どんな方なの?」

キャスは、目をキラキラさせて興味を示した。


女の子は恋バナが好きだよね。


「年は7つ違って、行政官2年目になるわ。ファラウト・アルゲーティン様と言って、将来が楽しみな殿方よ。」

エリザが名前を言うが早いかキャスが被せてきた。


「アルゲーティン!ふわふわしている草食系の見た目の方ですか?!」


「あれ、キャス。知ってるの?」


「知ってるも何も、あの男は悪魔です!!

リンデンバルクが去年の秋に帝国に援助の申し込みに来た時にいた行政官の一人でしたわ。

それであの方と世間話をしていたら、あれよあれよとうちの国の鉱石の3割を収めることになっていて、慌ててその日は話し合いを打ち切って後日に致しましたのよ。

後日、やり手のうちの官僚を連れて再議論したのですが2割半までしか下がらず、また後日に持ち越しってのを繰り返して..。

結局、アルゲーティン行政官を外してもらって、ようやく鉱石の1割の権利と今後帝国が戦争した場合我が軍を無条件で貸し出すというところで落ち着きました。

アルゲーティンは、羊の皮を被った悪魔です....。」

ブルっと腕を抱きしめながら熱弁した。


「ははは!頼もしい婚約者じゃないか。エリザ嬢ちゃんは、良縁に恵まれたね。

そうだねぇ、うまくいけば重畳だし、うまくいかなくてもうちに損はない。

頼んでもいいかな?もし協力してくれるなら、うちの者も貸し出すと伝えておくれ。」と胡蝶は豪快に笑いながらも和協を結ぶことを承諾した。

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