幕間劇

伝言――つて・こと――

「こいつをロッキンジーに?」

 ようやく人心地ついたとばかりにシャーガーは、手に纏わりついた汗を丁寧に拭ってから物を受け取った。

「と言われてもな。見ての通り、俺はこの船に乗って国に帰るところだ。ついでに付け加えるならば、しばらくこっちには戻らない。それはあんただって知っていることだろう? そんな俺にそれを渡すのか?」

 手ごろな樽に腰かけて空を見上げる。雲ひとつない青空を海鳥たちが気持ちよさそうに飛んでいた。頬に心地よい風が当たり、満足そうにシャーガーは頷く。

「さっきまで凪いでいたんだがな。この調子だったらこの蒸気船じゃなく、帆船でも早く着きそうだ」

 隣を見ると、男は未だ無言のまま手をシャーガーに向けていた。決して大きくはない手にすっぽりと収まるような小箱が太陽を浴びてまばゆく輝いている。たった今受け取った鍵――それが入りそうな穴が正面に見える。


 ずいぶんとバランスの悪い箱だな――そうシャーガーは思った。

 見るからに重さがありそうだ。光の反射具合を見ても、模造品ではなく本物の金を使っているだろう。なのに、飾りっ気がまるでない。正方形の箱、辺に蔓みたいな模様があるくらいで、他は手を入れている風でもない。箱を作った職人の美意識によるものか、果ては頓着がないのか。

 鍵にしてもそうだ。果たしてこれは鍵と呼べる代物なのか? シャーガーが手に持つものは、それと言われないと棒にしか見えない。彼方の箱とは違い、此方には持ち手から先端まで、厭味ったらしいほどに装飾が彫り込まれていた。羽筆と同じような細さの棒に犬や猫、果ては人や神話上の動物などが、てんでバラバラに描いてある。人の隣に猫がいて、花を挟んで神話動物に犬。いくつか、このの寓話を思い浮かべてみて、そのどれでもない事に気づくまでさして時間はいらなかった。


「で、こいつを然るべき時にロッキンジーへと送ればいいんだな?」

「違う」

「うん? だってあんたさっきロッキンジーにって……」

「渡して欲しい、と言った」

「手渡しってことか? マジかよ」

 鍵を顔まで持ち上げた時、反射した光がシャーガーの目を焼いた。

「ったく、なんでこいつらは実用に向かない装飾を好むんだろうな。これだって反射具合を見たら本物の金だって分かって……」

 言いかけて気付いた。そう、こいつは間違いなく金だ。どんなボンクラな美術商に見せたって口を揃えるだろう。じゃあ、


 シャーガーの心を読んだように男はそこで唇を持ち上げた。

「……なるほどね。そういうことか。じゃあそっちの箱は……って聞くのは野暮だよな」

 男は踵を返して船を降りてゆく。その背中へと向けてシャーガーは「おい、この国の連中は変わり者ばかりだって噂は本当だったぜ。あんたはその中でもとびきりだ。帰ったら皆に自慢するとするよ。。じゃあな!」そう投げかけた。


 男は立ち止まり、振り返ることなく肩を揺すった。シャーガーにはそれで充分だった。

「さて、もうひと働きするか。兄貴たちにいい土産話も出来たことだしよ」

 足元の荷物を船倉へと放り投げながら、シャーガーはもう一度鍵を眺める。太陽の光を受けて輝くそれは、の笑顔を思い出させるものだった。

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