4.戦争

「これ、この森で採れる葉を煮たハーブティー……です」

 我ながら妙な物言いだと思いながら、イルミナは応接間のテーブルにカップを置いた。客は一口啜ると片眼鏡の奥で瞳を微かに揺らし、これまでに飲んできた人間たちと同じように複雑な顔をしている。

 彼が差し出してきた封筒、イルミナがよく知るギルドの紋章が象られたシーリングワックスつきの手紙を見ながら「それで、用件は何?」と簡潔に切り込んだ。

 腹芸なんて最初からイルミナには出来ないし、そもそもここで会う蓋然も必然もないと考えていた人間なのだ。取り繕う必要などありはしない。

「そこに書いてある通りなんだが、俺からの頼みじゃ無理か?」

 客もそれに気づいたのだろう、先ほどまで慇懃であった余所行きの態度は霧散している。剃っていて顎髭などないのにまるでそこに存在しているかのように撫でると、シャーガーはイルミナを真っ直ぐに見つめた。

「無理ってことは……さっきも言ったけど、あたしたちにとって、このシーリングワックス付きの手紙は絶対だから。管理人が断るなんてあるはずもない」

 

 ――手紙の内容次第だけれど。

 

 最後に付け加える予定だった文節をイルミナは飲み込んだ。シャーガーがいつになく真剣な顔をしているからでもあったし、彼が着ている北方民族の正装のせいでもあった。しかも彼の胸元に光っているのは、先日ササフラと話していたレイクドール鉱山でのみ採取される黄金翡翠で作られたもの。更に付け加えるならば、それはレイクドールを治めるのみが着用を許される、とんでもない代物なのだ。

「ねぇシャーガー、ひとつ聞いていい?」

「なんだ?」

 たった今まであえて触れずにいたのだが、こんな手紙を出されては言わずにはいられない。

「それは、コリーダ家からの依頼ってことでいいの?」

 レイクドールを含む内海沿岸の地を実質的な支配下に置いているのは、まさしくコリーダ家だった。そしてシャーガーが付けている黄金翡翠は紛れもなく本物。つまり彼は真物の王族であるということになる。

 シャーガーは見せたことのない自嘲気味な笑みを浮かべて、首を動かした。その肯定とも否定ともとれる微かなものに、依頼の難しさを感じ取ったイルミナが重ねて問おうとした刹那、彼は手紙を指さした。

「そこに全部書いてある。一回、目を通してくれよ、ロッキンジー」

 シャーガーは普段のようにロッキンジーと呼んだ。きっとそれにも意味があるのだろう。無言のまま頷くと、丁寧にペーパーナイフを差し入れた。


 レイクドール鉱山の利権戦争。

 これが実にややこしい事になってしまったのは、レイクドールが三つの国家線に面していたからだった。何故こんな面倒極まりない国の区切り方をしたのかイルミナは理解に苦しむが、内陸国家はどこもこのような線引きだと言う。性善説に則して――と言うと聞こえは良いが、単なる書類上で不可侵条約を締結しているだけだ。この数百年は特に意味もない土地だったのだ。

 だが、とある山師が鉱山を掘り当ててしまった。こうなってくると情勢は変わってくる。

 当初、レイクドールの権利は二国間で争われたが、実際は口喧嘩の延長戦みたいな感じだったと聞く。物事が決定的に面倒な事態になったのは、互いがそれぞれ勝手に掘り進めた鉱山の先、数インチ程度だけ第三国の国境線を越えてしまった結果だった。そこは本来鉱石が採れない場所。だが、静観を決め込んでいた第三国も利権が絡めば話は別。ここぞとばかりに権利を主張し、鉱山に最も近い街、ビスクダルケへと人足(と言う名の兵)を送り込んだ。

 三国ともに泥沼へと首まで浸かった状況、そのが頭のてっぺんまで増したのもまた、ビスクダルケだった。

 日常茶飯事になっていた人足たちの小競り合いで、ついに死者が出てしまったのだ。三国のいずれかが意図的に死体を作った――それが世界の共通認識だったのだが、別口の思惑(そこは手紙に書かれていなかった)があったらしい。ともかく元来、荒くれもの達しかいないような街。日夜問わず喧嘩が至る所であり、その数だけ死者も増えていった。

 それからはイルミナだって知るところだ。人足の代わりに兵士が闊歩し、いつしか戦争へと発展、それを我が国家が誇る英雄、女王陛下が収めた。


 イルミナの目を釘付けたのは、生々しい筆致で語られる戦争ではなく、末文にぽつりと書かれていたことであった。

「何……これ。本当なの?」

「ああ、間違いない。レイクドール戦争はまだ終わってないんだよ。それも微妙に違うな。正確には火種がくすぶったままだってことさ」

 イルミナは一度だけ会ったギルドマスター、彼女の見た目からは想像もつかない達筆で記された一文を、自分に言い聞かせるよう声に出した。


「冬の森死体安置所、最奥に祀られている先代コリーダ王を『埋葬』し、レイクドール戦争を完全に終結させる由、申し遣わす。尚、この手紙を持つシャーガ・コリーダ第八皇子の要求は十全に飲むこと。質問は受け付けない」


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