第一章 第二十四話~真実と『奴』~
「――――うわぁああああああ!!」
悪夢を見ていたようだ。何を見ていたのかは思い出せないが、とてもつらく、とても苦しく、とても怖い感触が残っている。
「はぁ! はぁ! はぁ!」
額の汗をぬぐい、呼吸を整えようと何度も深呼吸をし、乱れた髪を整えようとした時、自分の両手が目に入った。
「……黒く……光ってる……」
その手は黒い靄を出しながら怪しげに光り輝いており、家全体が少し軋んでいるようだった。ああ……そうか……思い出した……
「僕はTREになったんだ」
その事をきっかけに、僕の頭の中に起きた事がフラッシュバックしてきた。
真王から聞かされた両親の死、奪われた宝、発現した能力、殺した憲兵……そうか。僕はTREになってしまったんだ。
「目が覚めたかい?」
視界を涙で滲ませていると、部屋の隅から声を掛けられた。この声……どこかで聞いたことがある。
「……メタスターシさん?」
「直に会ったのは初めてだね。改めて名乗らせてもらうよ鉄操君。僕の名前はメタスターシ・アルダポース」
立ち上がって礼儀正しく頭を下げてくるメタスターシさん。随分沢山装飾品を付けているなぁ。起立・礼の間だけでもジャラジャラと気になる程だったけど、そう言うジンクスを重んじる人なのだろうか? と、ここまで考えてみたけど、今はそんな事はどうでもよかった。
「………………」
「どうかしたかい?」
「いえ……生きる意味を無くしてしまったので、どうしようかと考えていたんです」
「生きる意味?」
「はい。この世界に来た理由を失い、僕の大切な宝を失い、両親を失い、残ったのはこの金属を操る力……それ以外もう何も残っていませんから……」
「成程。確かに君がこの世界に来た理由は両親に会うためだ。だけどそれは叶わなかった。更には宝も失い、化け物にさせられたんだ。気持ちはわかる」
変に否定も肯定もしないメタスターシさん。ただ起きた事を脚色もせずにやまびこのように言っているだけだった。
「ならば聞こう。誰に奪われたんだい?」
ここで初めて自分の意見を……いや、質問か。僕の両親の命に僕の宝物は誰に奪われたかって? そんな事はわかりきっている。
「……真王……」
「そうだね。なら君は真王にどうしてやりたい?」
「……復讐です……敵討ちです……! 両親の命を奪い、宝を奪った真王に復讐したいです!」
「それが生きる意味にならないかい?」
「…………はい!!」
先程まで抜けていた体の力が入り始め、鼓動が速くなる。それに血液の流れも増しているようで、氷のように冷たかった手先が温かくなってきた。さっきまでの自分は……いや、今までの僕は死んだんだ。今、この瞬間から僕は『音楽家奏虎鉄操』ではなく『元音楽家TRE奏虎鉄操』となったんだ。
「………………」
「おや? まだ悩み事があるのかい?」
「はい……こんな化け物みたいな僕を……みんなが受け入れてくれるかと思ったんです……」
「ははは! そんな事かい? 思い出すんだ。君の知り合いでTREではない者は何人だい?」
「……ニードリッヒちゃん一家を除いて全員です。全員TREです」
「ははは! なら気にすることはないじゃないか! ……ちなみに一番化け物っぽいのは誰だい?」
「……ラージオさんが一番怖いですね……」
『ぬ!? いま奏虎君が俺の名前を呼んだ気がするぞ!』
『本当!? 目が覚めたんだ!』
『行きましょう! って旋笑ちゃん! 抜け駆けは駄目ですよ!』
ラージオさんの名前を出した途端に下の階が一斉に騒がしくなった。あわただしい足音に、天井からパラパラと振ってくる埃。この家が壊れてしまいそうな勢いだ。そして扉の金具が取れる程力強く開いた扉からみんなが雪崩れ込んできて、僕めがけて一斉にダイブ。僕はもみくちゃにされ、痛みを感じながらも……そのぬくもりと温かさに心を癒した。
「という事があったんです」
「「「………………」」」
前よりも一段と風通しがよくなり、埃まみれになった隠れ家の一室。音破が僕の宝を守るべく闘ってくれたからに違いない。そしてそんな部屋で僕らは集まって話をしていた。
話の内容はノンビーヌラの王宮で別れた後、中心宮で起きた出来事だ。真王の事、僕の両親の事、TRE化した事……僕は夢中で話し続け、みんなは黙って聞いてくれていた。話が終わると部屋の中に大きなため息が流れ、聞いていただけのみんなの額には汗が流れていた。それほど緊張感をもって集中して聞いてくれていたんだろう。しばしの沈黙が訪れた後、最初に口を開いたのは音破だった。
「すまねぇ鉄操」
「え?」
「俺が奴らから楽器を取り返すことが出来ていれば、お前がTRE化することも無かったのに……俺の責任だ」
深々と頭を下げられ、謝罪の言葉を貰う。いつもの明るくハキハキとしたオーラは無く、全身を使って謝意を体現しているかのような礼儀正しいものだった。
「頭を上げてよ音破。音破のせいじゃないよ」
「そうだぜ! それを言うなら王宮で真王の奴をぶっ殺せなかった俺の責任だ!」
「違う。大本は真王だ。全ての元凶なんだから、誰が悪いだとかはないよ」
相手の謝罪を自分の謝罪で上書きしてなくそうとする優しさの会話が続いたが、結局のところ、一番の原因はオンダソノラさんが言った通り真王だ。
「けっ! 罪の被り合いなんざどうでもいいんだよ」
バッサリと切り捨てるように謎の青年ウンロン君が吐き捨てた。そういえばウンロン君も僕同様に異世界からの転移者だったっけ。
「まぁ確かに一理ある……と言いたいところだけど、少なからずぼくにも責任があるんだ」
賛同すると思った矢先、自分で否定を入れるメタスターシさん。そう言えばこの人の事を何も知らないけど、そこの誰なのだろうか?
「改めて名乗ろう。ぼくの名前はメタスターシ・アルダポース。一言で言うのなら宇宙人だ」
「ああ。宇宙人だったんですか。……ってええ!?」
予想だにしないそのセリフに一同は全員椅子からスッ転んだ。まぁ僕は中心宮でおじさんから聞いたからそんなに驚きはなかったけど、初見の時は驚いたなぁ……
「ちょっと待ってくれ。その話が本当なら、あんたもしかして真王があんなになった元凶の宇宙人ってことかい?」
「ああ。その通りだ」
「ふっ!」
その言葉を聞いた直後、音破の体が真っ赤に輝いた。息を短く吐いてメタスターシさんに肉食獣の捕食のような勢いで襲いかかった。だがそれと同時に今度はメタスターシさんの体が白く輝き始め――
「っ!? 音破が消えた!?」
――音破がその姿を消してしまった。
「き、消えた!?」
「おいてめぇ! 音破に何をしやがった!! ダァアアアアアア!!」
今度はラージオさんが体を黒く光らせて光線をメタスターシさん目掛けて放った。だがこの攻撃は彼に届く前に姿を消した。な、なんの能力だ!?
「落ち着いて。彼は死んではいないよ。音破君はぼくに攻撃を仕掛けてきた。だから対処させてもらっただけだ」
「対処……? い、一体何を……」
と、音破が元の場所に戻ってきた。時間にして五秒も経っていないか……でも、音破はその場に崩れ落ちてしまう。あの音破が尻もちをついた……?
「だ、大丈夫ですか音破さん!?」
「あ、ああ……」
「何があったんだ!?」
「月……」
「あ? 月?」
「月に飛ばされた……」
「「「!?」」」
冗談……と言いたいところだが、あの音破が虚ろ目になり、放心状態で絞り出したその言葉が妙に説得力があった。僕らは恐る恐るメタスターシさんを見つめる。そうだ。この人は宇宙人であり、僕を異世界転移させるだけの力を持っている人物なんだ。次元が違う。
「ごめんね音破君。いきなりだったからこうするしかなかったけど、大丈夫かい?」
「あ、ああ……とりあえずは。……でも納得のいく説明をしてくださいよ? じゃないと俺はまたあなたに無謀な攻撃を仕掛ける事になりますので……」
「ああ。わかっているとも。みんな? ウンロン君? ぼくの話しを聞いてくれ」
あれだけの力を見せられてはウンロン君も従うしかなく、ふん! っと鼻息で返事をした。当然僕らは力があろうとなかろうとこの世界で起きた事、なぜ真王がああなったのかを聞くべく、無言のまま頷き、メタスターシさんは話し始めた。
「ぼくはある目的の為にこの地球にやってきた」
「目的?」
「『奴』と呼ばれる者を殺すことだ」
穏やかでない単語に生唾を飲み込む。
「殺す? 一体何の為にですか?」
「この世界を……いや、この宇宙を救うためだ」
「「「??」」」
「『奴』とぼくは元は同じ星の生まれでね。それはそれは強く、優しい男だった。死にゆく星を蘇生させたり、巨大隕石の衝突を防いだり、凶悪な宇宙生物を滅ぼしたりと、この宇宙の秩序と平和を守る存在だった」
「もう話が大きすぎて何が何やら……」
「でもそれだけ聞いたら滅茶苦茶いいやつだけど、なんでそんな人を殺そうとしてるんすか?」
「それはちゃんと理由がある。『奴』には妻と娘がいて、『奴』と同じく宇宙を救う活動をしていた。ある日、『奴』がいない時に銀河系を飲み込むほどのブラックホールが生まれたんだ」
「銀河系を飲む込むサイズ? イマイチ感覚がつかめないんですけど……どれくらいのサイズなんですか?」
「一〇万五七〇〇光年だ」
「一〇万五七〇〇光年って……㎞で言うと……?」
「一光年が約九兆五〇〇〇億㎞だから、計算は任せるよ」
「……………………」
「きゃあ!? 旋笑ちゃんから煙が!?」
頭から煙を噴き、白目を剥いて気絶しかけている旋笑を無視してメタスターシさんが話を続ける。
「妻と娘は自分達がやらなければと、命と引き換えにそれを消し去った。こうして宇宙の秩序が守られた。けどそれに納得しない男がいたんだ」
「『奴』……ですか?」
「そうだ。誰一人として二人の功績に感謝しない。当たり前と化した出来事だったからだ。それに誰も二人の死を悲しまない。それどころか当然だと言われ、だれも『奴』を慰めようともせず、むしろ名誉の死だと言ったんだ」
「ひでぇ……」
「そんな事が……」
「妻と娘のいない世界に未練もない、二人という大切な宝を無くし、誰からも手を差し伸べられない。感謝もされない。そこで『奴』はこんな宇宙など滅ぼしてしまえ……そう思い始めたんだ。それ以降『奴』は生命体のいる星々を滅ぼし始めたんだ」
大きなため息と共に、一同の強ばった体に脱力感がこの訪れた。宇宙で起きているあまりにも大きすぎる出来事に、何とも言えない無力感というか、情報が追い付かないからというか……とにかくそんな感情だ。
「確かに『奴』の境遇には同情する。だが、だからと言って黙って宇宙が滅ぶのを見過ごすわけにもいかない。だからぼくは『奴』に挑んだ」
「そ、それで? どうなったんですか?」
「『宇宙最強』と言われている男だ。ぼくのテレポートの能力じゃ勝てなかった」
「テレポート? メタスターシさんはテレポートの能力者なんですか?」
「ああ。言ってなかったね。ぼくはテレポートの能力を持っている。自身や他者のテレポート。攻撃といった物理攻撃や戦意や緊張と言った精神的なものも、とにかくありとあらゆるものをテレポートできる」
「つ、つえぇ……俺を月に飛ばした方法がわかったぜ……」
「おれもだ。こいつに戦意を抱こうと瞬間に消え失せたのもそう言うことか」
僕をこの世界に転移させたのもその能力か……。でもそれ程の能力を有していても勝てない程の男なのか……
「『奴』は生身でも十分に強い。だけど二つも能力を持っているんだ。「物質変換能力」と「エネルギー変換能力」だ」
「物質に……エネルギー?」
「わかりづらいかな? 物質変換能力は、例えば石を泡に変えたり、炎をそよ風に変えたりする能力で、もう一つのエネルギー変換能力は落下する重力を強めたり、遅いスピードを速いスピードに変えたりする能力さ。『奴』はその能力で巨大隕石の衝突や宇宙嵐から星を守ったりしていたんだ」
「なんだそのチートみたいな能力は?」
「俺の光線なんて優しいもんだな」
「そんな『奴』にぼく一人では勝てない。だから星々を回って協力を仰いだ。一緒に戦ってくれと、妹の力を借りながら……」
「妹?」
「入っておいで」
扉がゆっくりと開き、一人の女性が入ってきた。
「紹介する。僕の妹アンティズメンノ・アルダポースだ」
「初めまして。アンティズメンノです」
アンティズメンノさんはゆっくりと頭を下げた。重力を感じさせない程サラサラの黒髪にテーブルを一つ挟んでいるにも関わらず漂ってくる匂いは官能的で動悸とめまいを誘発する。顔立ちは……
「可愛い……」
「え?」
「あ、いや!」
「もう……鉄操さんたら……」
「………………」
グアリーレさんと旋笑がジト目でこちらに視線を飛ばして来た。いやいやいや! しょうがないことだ! だってアンティズメンノさんは絶世の……いや絶星の美女と言っていいほどの可愛さで、正直そのあまりの美しさに直視できない!
「……話を続けるよ?」
少し笑いを堪える様子を見せたメタスターシさんは再び話を開始した。
「ぼくのテレポートで先回りし、星の気配をテレポートで消し、ギリギリまで『奴』に見つからないようにした上でアンティズメンノの力でその星の種族に能力を授け、共に戦って貰っていたんだ」
「ですがそれでも尚『奴』の力は遥かに我々をしのぎ、何度も敗北をしました。そして負けるたびに兄さんが過去にテレポートして別の星に渡り、また戦士に協力してもらい……何度も何度も、そうやって繰り返しました」
「過去にテレポートをして? そんなことまで出来るんすか」
「ち、ちなみに今回の、この地球は何回目に当たるんですか?」
「――九万四八九〇です」
「「「!?」」」
アンティズメンノさんの言葉に耳を疑う。九万四八九〇だって……? 頭がどうにかなりそうだ……
「そしてこの星が最後なんです。この星が、まだ『奴』に挑んでいない、唯一残された星なんです」
「だからぼくは焦っていた。これで勝てなかったらもう『奴』には勝てない。……そんな精神状態だったからぼくはあの男に利用された」
「真王……」
「そうだ」
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