第3話
松墨先生
ご無沙汰しております。お元気でお過ごしでしょうか。昔に頂いた年賀状を頼りに手紙を出そうと決めました。もしかしたら引っ越しておられるかもしれませんが、先生はあの御屋敷にずっとお住まいだと信じ、この手紙が先生の元へ届いてくれることを願います。
突然に手紙が届いたことに驚かれたかと思います。私があの町を出て以降は年賀状を少しばかり交わしただけで、その後は交流が途絶えておりましたから。先にお伝えしておきますが、先生のことは昔も今も変わらず尊敬しております。しかし先生は交友関係が広かったと記憶にありますので、連絡が開いた者を思い出すのに少しばかり時間がいるかもしれません。覚えておられるかもしれませんが、万が一に備えて少しばかり私の事を書いておきます。
昔、まだ私が悪餓鬼だった頃、先生の御屋敷へ悪友と忍び込み、あれこれ探索した挙句に壺を割ってしまったオキヤソウスケです。一緒にいた悪友はナカムラシゲキチです。あの後、お詫びとして壺を弁償する代わりに御屋敷の掃除を五日間手伝う運びとなりましたが、それが終わってからも先生の御屋敷へと通わせて頂きました。
先生が様々な事を教えてくださったお陰で今の私があるようなものですから、あの頃は本当にお世話になりました。この歳になってようやく、あの壺の価値を知ったのですが、御屋敷の掃除だけで許してくれた先生の懐の広さには改めて驚かされます。しかし子供の頃だったとはいえ、あれは本当に申し訳ございませんでした。
さて、本題に入らぬ手紙ほど退屈なものはないかもしれません。実はこの度、実家へ一度帰る事となりましたので、久しぶりに先生にお会いしたく思い連絡差し上げました。
先日、私の親父から突然家督を譲りたいという手紙が届きました。私の家は上に3人下に1人の5人兄弟ですが、どうも全員同様の手紙を受け取ったようなのです。親父は昔から「家の財をアテにするな、自分で財を築け」というのが口癖でしたから、私はもし継ぐとしても長男が一手に引き受けるばかりと思っておりました。ですからこの手紙を見たときは今までにないほど驚きました。
人間、歳を取れば丸くなるとも聞きますが、さすがに5人全員に家督を譲るというのも変な話でしょう。話し合えというのか、5人で分配しろというのか分かりませんが、とりあえず手紙では詳しい内容も分からないので、兄弟それぞれ日を合わせて親父へ聞きにいこうという流れになったのです。数年ぶりの里帰りとなりますが、私は他の者より数日先に到着する予定となりましたので、この機会に今度こそ先生に会いに行こうと思ったのです。
今だからこそ申し上げますと、確かに先生との連絡は途絶えておりましたが、実家へと戻る度に先生の御屋敷には何度か足を運んでいたのです。なぜ事前に連絡を寄越さなかったと言われますと今思っても下らない理由なので割愛しますが、当然ながら急に御屋敷を訪れても誰とも会えなかったのです。その失敗がありましたから、今回は会えるようにと手紙を出す事にしたのです。
本当に久しぶりですから積もる話もありますし、こうして成長して見識が広まった今、改めて先生と話をしてみたいと思っていたのです。それと先にも書きました今回の家督の件につきましても、少し引っ掛かる事もありますのでご迷惑でなければご相談させて頂けたらと。
今月の18日には実家へと戻りますから、この手紙が着く頃を考えますと先生がお返事を書いて下さっても入れ違いとなり、恐らく私は読めないでしょう。ですから19日の昼ごろ、一度先生の御屋敷へお伺いしようと思います。
もちろん先生がお忙しいのは重々承知ですからその日が不在でも構いません。この手紙へお返事がございましたら、先生の御屋敷の門にある、あの亀裂へと差し込んで頂けましたら訪問の際に拝借させて頂きます。
23日には兄弟が全員とも集う予定ですから勝手を承知で申し上げますと、19日から22日までの間に先生にお会いできたらと願うばかりです。
長い内容となってしまいました。手紙でこうも長くなっては、いざお会いした時には何日要るのか見当も尽きません。
季節柄、だいぶ冷え込むようになりましたので、病気を持たぬ様どうぞご自愛ください。
オキヤソウスケ
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