第23話

「でも、香澄ちゃんが心配してたってこと、もっと早く言ってあげるべきだったよね……」

「いや……」


 申し訳なさそうそうな市川さんに、謝ることじゃないのにと思い、首を振る。


「ううん。あたしは謝んなくちゃいけないの。だって……、やっぱりそれは香澄ちゃんのためにも言うべきだったと思うから」


 市川さんは少しうつむいて息を吐く。しかし再び顔を上げて、こちらを見た。


「香澄ちゃんって、なんでもできるでしょ? 綺麗だし、勉強もできるし、運動もできるし。だからね、水穂くんのこと、香澄ちゃんが幼馴染だよって嬉しそうに言ったり、何の抵抗もなく下の名前で呼んだりするのが、なんか不安に思えたって言うか、そんなの香澄ちゃんに失礼な話だけど、あたしは、香澄ちゃんに対してコンプレックスみたいなのを感じてたのかもしれない。だから、水穂くんの前で香澄ちゃんのことを話せなかった。『香澄ちゃんが心配してるよ』って言おうと思っても、でも、水穂くんから香澄ちゃんの話が出たことはなかったから、今はそんなに意識がないんだろうって。でも、あたしがそれを口にしちゃうと、水穂くんの気持ちが香澄ちゃんの方に行っちゃうんじゃないかって、そんな、怖さみたいなのを感じてた」


 いつもより早口で、勢いのままに言っているようだった。それから口をつぐみ、恥ずかしそうにうつむいた。


「なんか変なこと言ったよね。ごめん……」


 自嘲気味に微笑む。

 やっぱり謝る必要なんてないと思うのだけど、「いや……」と、曖昧な言葉を返すしかできなかった。何を言うべきか、考える。


 だけど、一つだけ思うことがあった。


「でも、そういう気持ちは分かる気がする」


 俯いたまま言う。


「そう?」


 市川さんは戸惑ったようにはにかむ。


 朝井さんに対するコンプレックス。自分より優れていると思う人のことを、自分を見てくれている人に話したらどうなるか。自分への視線がそちらへ移ってしまうのではないかという不安。


 自分に自信がないから、人を見上げてしまう。ひがんでいるとか、嫉妬しているとか、そういったあまり良いとは言えない感情かもしれない。でも、簡単にどうにかなるものでもない。対象があの朝井さんであれば、なおさらだ。そう思える。


 市川さんのそういう感覚は、似ていると感じる部分だ。市川さんは話をするとき、明るく楽しそうするし、表情は豊かで、決して暗いと感じることは無い。だけど、出される言葉にはどこか内向きな感情だったり、卑屈さを感じることがある。


 僕に対してそういう感情を持ってくれていたということは、気恥ずかしくも、嬉しくもある。


 ただ……と、たった今の自分の言葉を省みる。「分かる」と同意するのではなく、「そんなことない」と言うべきだったろうか。「そんなこと気にしなくても、市川さんは市川さんだから」誰かと比較する必要なんてない。そう言うべきではなかったろうか。


 だけど、さらにすぐに思い直してしまう。そんな言葉を口に出せる自分はいない。

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