第16話

 レーンでは、ゆったりとしたボールが中央のピンに当たり、連鎖して十本のピン全てが倒れた。市川さんがはにかむような笑顔で振り返った、のだが、二人の雰囲気を察したのか、すぐに表情を硬くした。


 戻りながら二人の様子を見て、その視線が遠慮がちにもこちらへ移ってくる。今日、二度目に目が合った瞬間だった。


「……一回目だね」


 市川さんの今日初めてのストライクだったから、なんとか笑顔をつくって言った。


「う、うん、ありがとう」


 ぎこちなく頷く。そして横目で二人の様子を気にしながら「どうしたの?」と遠慮がちにも、尋ねるような目線を向けてきた。

 しかしどう説明するべきか分からず、首を微かにひねるしかできなかった。その間も、二人は何かを言い合っている。徐々に口調が強いものになっていく。


 次は僕の投球。頭の中でそんな理由をつけて、その場から立ち上がった。しかし、


「お前はなんでそんなに上から目線なんだ」


 瀬川くんの言葉。怒鳴っているわけではないが、棘のある攻撃的な口調だった。

 足がすくむ。


「そんなつもりない。本当のこと言ってるだけでしょ」


 朝井さんの言葉。おとといの、学校の廊下での出来事が、頭の中をよぎる。

 どうしたらいい。このまま続けさせた方がいいのだろうか。そうしないとわだかまりは取れないのだろうか。でも、こんな場所であんなことが起こってしまうのも問題だ。


「大体――」

「竜くん」


 言った。


 大きな声を出したわけではない。ただ隣にいる人へ話しかける程度の声量。何とか絞り出した声だった

 だけどそれは確かに届いたようで、瀬川くんは気まずそうに視線を逸らし、言葉を飲み込んだ。そして、明後日の方向を見たまま、ドサッと椅子に座る。

 それから、どうしたらいいのか――。


「じゃあ、投げるよ」


 何も思いつかず、逃げるようにボールを抱えてレーンへ向った。

 それからも皆が順番通りに投げた。だけど、本当にただ投げるだけだった。淡々とボールを転がす。会話は一切なくなり、ヒリヒリした空間になった。


 どうして僕はこんな場所にいるのだろう。場違いじゃないのか。でも、朝井さんに誘われたそのとき、断るという選択肢を思い浮べることはできなかった。だから、僕はここにいるべくしている。


 そうして沈黙の中、ようやく一ゲームが終わった。


「じゃあ、ちょっと休憩にしようか」


 無理矢理に笑顔をつくった市川さんが言った。

 瀬川くんは無言のまま立ち上がり、どこかへ行ってしまう。

 その後ろ姿を見て、朝井さんが毒づく。


「何なのあいつ、子供じゃないんだから」


 誰かに同意を求めたものなのか、ひとりごとなのか。何も言えずに、聞こえなかったかのようにふるまってしまう。


 朝井さんの言葉の意味は分かる。すぐに怒ってふてくされたことを言っている。加えて、はたから見れば突然攻撃的な口調になった瀬川くんに非があるように見えた。だけど、それを口に出すことはためらわれる。ここで朝井さんの言葉を肯定してしまうと、瀬川くんが孤立してしまう。


「あ、ちょっとごめん、お手洗い」


 少し間があってから、市川さんが立ち上がった。それから、


「香澄ちゃんも一緒に行こう」

「え? あ、うん」


 朝井さんも促されて立ち上がり、二人はそのまま席を離れて行った。気分転換でもと思ったのか、市川さん、さすがだ。


 一人取り残され、ふぅっと、大きく息をついた。

 さっきの場面、やっぱり二人には最後まで言いたいことを言わせるべきだったのだろうか。とっさに止めてしまったが、たまっているものを吐き出す機会を奪ってしまったのかもしれない。かえって溝を深めてしまった可能性は……。でも、それならどうするべきだったのか。何も思いつかない。今考え直しても分からない。


 視線を上げると、頭上にあるモニターが目に入った。一ゲーム目のスコアを映し出している。皆、総じて七フレーム以降は辛い数字だった。二人はイライラして、二人は動揺して、それがそのまま点数に現れている。

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