第17話
これからどうするのだろう。このまま二ゲーム目を続けるのか。昨日、朝井さんはボウリングの後にカラオケでも行こうと言っていた。それが可能なのか。
そうこう考えているだけでも時間は過ぎ、市川さんと朝井さんが戻ってきた。
「ごめんね、お待たせ。瀬川くん戻ってきてない?」
市川さんがそう言って腰かける。謝ることなんて何かあったかなと思いながら、
「帰ってきてないよ」
ずっと一人だった。
「どうしよっか」
朝井さんは市川さんの隣に座り、自らの気を紛らわすように、ぎこちない笑顔を浮かべた。しかしすぐに申し訳なさそうな表情でうつむいてしまう。
それでも、黙ったままいるわけにもいかないと思ったのか、すぐに目線を上げる。
「ねぇ泰樹くんはどう思う、竜のこと?」
何を「どう」とらえればいいのか、質問の意図をつかめず「うん……」と、曖昧な相槌を返すと、
「本当に何もやってないみたいなの。受験もしてないし、就活するわけでもないし……」
返すべき言葉を探す。しかしすぐには思いつかず、
「でも……一浪とか二浪もそう珍しくないとは思うけど……」
おととい、瀬川くんへ言ったセリフをそのまま口にした。
「でも、いきなりやろうって思ってできるものじゃないでしょ。なんにしても、ある程度はやっておかないと」
本当に心配なのだと感じる。瀬川くんへの言葉も、嫌みや皮肉ではない。心からの言葉だ。だけど、やっぱり何を返したらいいか分からず、言葉に困っていると、
「瀬川くん、遅いね」
市川さんが、沈黙を避けてくれるように言った。
「あいつ、まさか帰ってないよね」
朝井さんの言葉に怒りの感情は乗っていなかったが、冗談を装ったものでもなかった。
探しに行くなら僕なのだろう。そう思う。朝井さんは行きづらいだろうし、市川さんと僕とでいえば、選択の余地はない。
「じゃあ、ちょっとトイレ行くついでに見てくる」
そして立ち上がる。
「ごめんね」
市川さんが言う。
「ごめん。お願い」
朝井さんが言う。
別に謝られることでもお願いされることでもない。やらなければいけない。
とりあえず、自らの言葉通りにトイレへ向かう。
しかしその途中、あっけないほど簡単に瀬川くんを見つけた。
何気なく目線を向けた入口の自動ドア、透明なそのドアの向こうに、その人はいた。灰皿が設置された喫煙所。大人たち数人にまぎれ、堂々とタバコをくわえて立っている。
遠くからでも、あのかつらが目印になってすぐ分かった。瀬川くんは長袖の黒いティーシャツ姿で、寒さからか背中を丸めている。上着はレーンに置きっぱなしだ。
場所が場所だけに見つけられなかったことにしようかとも思ったが、そうするわけにもいかず、足を向けた。人からのお願いは拘束力があり、行動力を生む。
自動ドアを出ると、鼻につくタバコの臭いが蔓延していたが、気にならない素振りで、だけどどんな表情をすればいいかも分からず、取り繕った笑顔で話しかけた。
「竜くん、何やってるの?」
振り返った瀬川くんは、少しバツの悪そうな顔をしたが、すぐに表情を緩め、
「ここにいると巻きぞいくらうかもしれないから、近付かない方がいいよ」
そんなことを言った。ここは高校から三駅しか離れていないため、同じ学校の生徒や先生に見つかる可能性がある。そんな意味を込めた言葉だろう。
「それが分かってて吸ってるの?」
瀬川くんの調子に合わせ、冗談っぽく返す。
「まぁ、大丈夫でしょ」
そう言って一度タバコを食わせ、そしてふぅっと煙を吐き出した。
状況から言って、怒鳴られたり睨まれたりする可能性もあり怖かったのだが、口調が柔らかいものであることに安堵としていた。ある程度は落ち着いたのだろうか。
それにしても、その堂々とした態度には笑うしかない。「未成年はタバコを吸ってはいけない」なんて当たり前の言葉が頭に浮かぶのだが、こっちの方が間違っているんじゃないかと思ってしまう。
周りには、中年の男性や二十代くらい女性、大学生風のカップルなどがいるが、誰も瀬川くんに注意を向けている様子はなかった。単に他人のことなど気にしていないだけかもしれないが、瀬川くんの顔つきや体つきからすると、実際の年より上に見られても不思議ではなく、不審に感じるものでもないのだろう。
そんな目の前の光景。少し、新鮮なものも感じていた。
両親は二人ともタバコを吸わなかったが、この場のように、タバコを吸う人は珍しくない。普通に生活しているだけでもそれなりに目にする光景だ。だけどこれまで、友人やクラスメイトなど、身近な人がタバコを吸っている姿を見たことはなかった。もちろん、年齢を考えれば当たり前のことなのだけど、今、目の前でタバコを吸っているのは、同じ高校に通っている同い年の瀬川くんだ。その事実が、新鮮だった。
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