第6話
そんなとき、ピーピーと、甲高い機械音が鳴った。電気ポットの沸騰を知らせる音だった。
「温かいの飲む?」
「ああ、悪いね」
僕の質問に恐縮しながらも頷いたため、キッチンへ行き、新しくコップを出して、インスタントの紅茶を入れて炬燵の上に置いた。
それから、しばらくはまたテレビに話題を求めた。バラエティに出ている女優を見て瀬川くんは「この子はかわいいけど演技下手だよね」とか、別の女優を見て「あの女優はあの映画で脱いだんだよな」とかそんなことを話してくれた。
バラエティ番組が終わり、チャンネルを変えずにそのままいると、十一時台のニュースが始まった。政治家の不適切発言の撤回が流れ、昼にも同じものを見たなと思い出す。次に、万引き事件が報じられた。常習犯だったらしい。ふと、昨日の岸くんたちとの会話を思い出してしまう。瀬川くんの噂だった。中学時代には喧嘩や万引きがあったとかなんとか……。
「そういや俺、中学のとき疑われたな」
「え?」
「万引き」
また、何を返せばいいか分からない会話になる。
「未遂だったけどな。実際やろうとしたのは事実で、手に取るところまでは行ったんだよ。ポールペンだったかな。でもそれ以上の度胸がなくてさ、店内うろうろしてたら店の人に連れてかれた。そのあと親とかも来てさ、こんなんで騒ぎになるんだなって思ったよ」
「そうなんだ……」
何も言えない。
瀬川くんも話をする相手を間違えたとでも思ったのか、笑ってはいたものの、その先の言葉は出てこなかった。どうにかして話に乗るべきだったか。だけどどうやって。選ぶ言葉が分からない。
そしてニュースが交通事故を伝えた。車の事故で、人が亡くなってしまったらしい。これも、昼にも同じようなものを見たかなと思ったが、違った。
「近くだ」
瀬川くんがつぶやいた。話題を変えようという思いもあったのか、テレビから発せられた場所が隣の市だったのもあったのか。
「本当だ」
テレビが事故後の現場の光景も流していた。ただ、地理的に近い場所で、名前も知っている市だけれど、行ったこともない見覚えがない道路で、それほど身近に感じることもなかった。
そんな数十秒のニュースの後、スポーツのコーナーになると、スキーやスケートなどのウィンタースポーツ、海外サッカー、野球のキャンプなどが報じられた。瀬川くんはスポーツも好きなようで、いくつか話題をくれた。
そうこうしているうちに、時間は十二時近くになっていた。瀬川くんはまだ帰る気配を見せない。
「もう十二時だ」
明日も学校あるし、瀬川くんはどうするのだろうと、そんなことを口にしてみた。
「お、マジか」
少しの沈黙の後に、瀬川くんは口を開く。
「じゃあ、俺そろそろ帰るわ。悪いね、遅くまで」
「いや、全然」
瀬川くんは立ち上がり、残りの紅茶を飲み干すと「あ、そうだ」と思い出したようズボンのポケットから携帯電話を取り出した。
「せっかくだし、番号教えてよ」
自然に、当たり前のように言った。
「うん」
断る理由もなく、スクールバックに入れっぱなしだった携帯電話を取り出す。そこで、電源を切ったままだったことに気付く。朝学校に着いたときに切り、ずっとそのままだった。たまにやってしまうことだが、この携帯はそうそう着信することがなく、あまり困ることもなかった。
電源を入れて操作を始めると、不意に携帯が震え、メールを受信した。今日、三件のメールが来ていた。珍しいなと思ったが、一件目の送信者の『市川ひかり』が目に入り、心臓の動きが早くなる。
しかし今はその感情を隠し、メールの中身は見なかった。その後に来ている二件のメールは、電話の着信があったことを通知するものだった。二件とも同じ番号で、登録されていないものだったが、番号から、携帯電話からの着信だということだけは分かる。時間は昼と夕方だ。
「なんか知らない番号から着信があったみたい」
笑いながら口にすると、瀬川くんは頬を緩める。
「ああ、たまにあるよな。そういうの」
そして番号を交換した。
「じゃあ、悪かったね。でも話せて良かったわ」
「あ、うん」
良かった……? まったくの想定外の言葉をかけられ、ただ頷きを返すしかできなかった。
それから瀬川くんは、玄関を出る際に、すっと僕を見て、
「じゃあ、今度はAV貸してね」
なんてことを言ったので、僕は一言だけで返した。
「やだよ」
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