第7話
部屋で一人になると、再び炬燵に腰をおろして息をついた。
瀬川くんは穏やかに話し、穏やかに帰って行った。身構えてしまった分、肩透かしを食らった感覚にもなる。本当に、ただ偶然会って、ふらっと来ただけなのだろうか。でも「話せて良かった」なんて、どういう意味だったのか。想像するとしたら、学校でのあの件があって、気分転換になったという感じだろうか。
そして、進路が何も決まっていなくて、何もやっていないと言っていたことも気になった。心配したところでどうにもならないけど、頭に残ってしまう。
小さいころの瀬川くんは、外で遊ぶにしろ家で遊ぶにしろ、なんでもできた。足は速いし、野球もサッカーも上手い。ゲームでもあまり勝った記憶はない。尊敬という言葉をつかうと大げさだけど、少なからず、すごい、うらやましい、そう思わせられる存在だった。
反面、というべきか、だから、というべきか、よく無茶をして両親や先生に怒られることもあった。二人で遊んでいたときも、そういった場面に遭遇した。外で遊んでいて家に帰る時間が遅くなったとき、瀬川くんは、迎えに来た瀬川くんのお母さんに怒られた。
「五時には帰って来なさいって言ったでしょ。泰樹くんまで巻き込んで」
途中、僕は帰ろうと提案はしたが、瀬川くんが「まだ大丈夫」と言って、僕もそれを拒むことはせずに一緒に遊んだ。強い口調で怒られる瀬川くんを見て「竜くんは悪くない」そう思いながらも、何も口に出せず、後ろめたさを感じながらただ見ていたことをよく覚えている。
それから、中学時代の瀬川くんは、あくまで外からの印象だけれど、喧嘩やタバコの噂もあり、真実はともかく、いわゆるぐれた生徒という印象で、どこか遠ざけてしまうものはあった。そしてさっきの万引きの話、ただの噂ではなかったということだ。
しかし高校になってから、そんな類の噂を聞いたことはなかった。それでも今、進路について何もしてないらしい。これまでのことと関係があるのかないのか、やっぱり考えてしまう。
ともあれ、ひとまずは目の前のことに向き直り、携帯を手に取った。
さっき確認した着信、市川さんが一体何の用だろうか。少し怖い思いも沸く。それでも見ないわけにもいかず、メールを開いた。
『突然ごめんね。
朝井さんが水穂くんの携帯番号知りたいっていうから教えました。
朝井さんの番号を書いておきます。080-xxx-yyyy
別に大丈夫だよね。よろしく』
そのメールにより、その後にあった着信が朝井さんからのものだと分かる。一体何だろう、というものと、電話に出られず悪いことをした、という二つの思いが沸き上がる。
夜遅いこんな時間に掛け直すわけにもいかず、それは明日にすることとしても、一体どんな理由で朝井さんが僕の携帯番号を知りたがったのか。
やはり結び付けてしまうのが、今朝のことだ。瀬川くんはそれについて話すことはしなかったけれど、朝井さんの用事こそ、そうなのかもしれない‥‥…ここ数年話をしていない相手に、そんな相談事を持ち掛けるはずはないだろうか。喧嘩をしているとは言っていたけど……。
とりあえず、明日も午前中だけだが学校はある。もう十二時を回っている。どんなに遅く寝ても起きられる、というか起きてしまう自信はあるけど、早く寝なければと思う。
そこでセットしていた炊飯器の存在を思い出す。しかし今から夕食をとる気分にもなれず、タッパーで小分けにして冷凍庫へしまった。それからシャワーを浴びて、押し入れから布団を出して、その中に潜る。
電気を消して、目を瞑り、真っ暗になる。
このまま眠りにつきたい。だけど、どうやっても頭の中で今朝の出来事が繰り返された。瀬川くんのこと。朝井さんのこと。その思考で、それ以外の考え事が覆い隠されたかのように、ずっと同じことだけが頭の中を回り続けた。
なかなか寝付くことができない。
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