第3話
岸くん鶴木くんとは家の方向が違うため、途中で別れた。駅周辺の市街地を抜けて十分ほど歩くと、一軒家やアパートが並ぶ、閑散とした住宅街にさしかかる。
そこから、シンプルな直方体型の二階建てアパートが並ぶ路地へ入り、その中の一つへ歩みを進める。白い壁には茶褐色のしみや汚れが滲み、月日を経ていることが感じられる。この築十五年程のアパートの二階、角の部屋、そこが今住んでいる部屋だった。
鍵を開けて中に入る。1Kの間取りで、玄関から縦長のキッチンをはさみ、奥に八畳のフローリング。部屋は、窓を覆った遮光カーテンの隙間から差し込む陽の光で、ぼんやりと明るさをもっていた。
制服からスウェットに着替えると、ブレザーとズボンをハンガーにかけ、ワイシャツを洗濯かごに放り込む。それからカーテンを開けて明かりを入れると、腰を下ろし、部屋の中央に陣取った炬燵のスイッチを付けて足を入れる。
テレビをつけると朝のニュースが終わったくらいの時間で、ドラマの再放送だったり、情報バラエティだったりが画面の中を流れていた。この時間帯にテレビを見られるのは、夏休みなど長期の休みのときだけで、なんとなく新鮮には感じるが、特に見入るようなこともなかった。
暇ではあるけど、何かをやろうと思えるものもない。テレビに映るそれを眺めながら、そのままぼうっとして時間を過ごした。
このアパートで一人暮らし。父も母もすでに亡くなっている。父は小三のとき、母は中三のときだった。二人とも、病気だった。
母が亡くなった後、中学卒業後の春休みに、瀬川くんや朝井さんも住んでいたマンションからこのアパートへ引っ越して来た。お金の都合もあるし、家族住まい用のマンションでは、一人暮らしに広かったのもある。
とはいえ、このアパートはそのマンションから近く、歩いて十分くらいの距離だ。今の高校への入学が決まった後の引っ越しだったため、通いやすさなどを考え、同じ市内で探しこのアパートを見つけた。
ぼうっとテレビを見続けること数時間。いくつかの番組が切り替わり、昼のバラエティが終わり、ワイドショーが始まる。芸能人の不倫がどうとか、卒業シーズンにちなんだ曲だとか、冬の食べ物の特集など、とりとめのない内容だ。番組がニュースに切り替わると、政治家の不適切発言のとか、交通事故のニュースとか、そんなことが報道されていた。
なんとなく退屈で、意味もなく炬燵の上のノートパソコンを立ち上げてネットを眺めた。なんとなく色々読んでしまうものの、あまり気に留まるものはなかった。
怠惰な時間を費やしているうちに、いつからか部屋に差し込んでくる陽の光が赤みを帯びてきていた。時計を見ると、もう夕方の四時を示している。学校から帰って来て、四時間もの時間が経っていた。
炬燵から出て、キッチンで米を研ぎ、炊飯器のタイマーをセットする。さらに四時半を回ったところでトレーナーとジーンズに着替え、炬燵の電気を消してカーテンを閉め、コートを羽織って部屋を出た。
歩いて十分程度の場所にある駅前のスーパーへ向かう。食品だけでなく、雑貨やおもちゃ、家具、衣料品や本屋、CDショップの店舗も入っている五階建の総合スーパー。そこがアルバイト先だった。
通っている高校は、基本的にアルバイト禁止だが、「家庭の事情」という理由で、特別に許可をもらっていた。高校一年の夏から始め、週四日、二年半続けている。しかし今月いっぱいで辞めるため、ここで働くのはもう残りわずかだ。
店内へは、側面にある片開きの関係者口から入り、警備員のいる受付で社員証を見せ、奥へ続く廊下を歩いて行く。途中に設置されているタイムカードを押して、更衣室で作業着に着替え、そして店内、作業場へ入る。
ミルクのような妙な臭いが鼻につく精肉の加工場。
「おはようございます」と、どの時間帯でも変わらない挨拶を口にして、まばらに返って来る返事を耳に入れながら、周囲の様子を伺う。
今日作業場にいるのは、社員で責任者の中年男性と、パートのおばさんが三人、それから同じ年代のアルバイトが二人だった。みな作業中で、社員とパートの人が肉をさばき、アルバイトはそれをパック詰めしている。
部屋中で生肉が処理されているため、慣れたとはいえ気になる臭いではある。ごみ箱はあまり開けたくない。この現場を見ていると、スーパーで生肉は買いたくないな、なんて思ってもしまう。当然、買うときは買うけど。とはいえ、鮮魚の魚臭さと比べれば随分ましだとも思う。と、文句があってもそれを口にすることはないし、仕事を投げ出したくなることもない。
入り口付近にパック詰めされた商品が並べられた棚をあったため、売り場に出して陳列することにした。棚の足には小さなタイヤがついているため、そのまま押していける。同じ種類の商品が並ぶ場所へ置いていく。
仕事の内容は、パック詰め、値付けを専用の機会に入れて行い、それを売り場に陳列、する。最後に作業場の清掃。基本的には同じことの繰り返しで、慣れさえすれば楽な仕事だった。たまに新しい商品や店内のシステム更新があり、新しく覚えることもあったが、それも大きな手間がかかるものではなく、また、責任者の人も優しく、アルバイトの皆もいい人たちで、不自由ない仕事場だった。
いつものように順調に仕事をこなし、閉店時間の十時が迫って来る。パートの人たちは七時台ですでに帰っているため、作業場の清掃や後片付けをアルバイトの皆で行う。
そして、僕はまだ高校生という理由で、いつも通りに九時半に仕事を上がった。
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