楽しみにとっておいた限定プリンを無断でパーティメンバーに食べられた俺は、パーティを抜けて奴らにざまあしてもう遅いと言ってやることにした
三条ツバメ
本編
これはもう追放宣言だろう。
所属している冒険者パーティ、「白銀の鷹」の拠点であるレストハウスに戻った俺は、目の前の光景に膝からくずおれた。
俺たち「白銀の鷹」は、Aランクパーティの中でも一際バランスがいいことで知られている。ダンジョン探索だけでなく、人探しに護衛、未踏地区の調査まで幅広くこなし、その全てにおいて高い評価を受けている珍しいパーティだ。
メンバーは五人。リーダーを務める歴戦の戦士エクレール、常にローブのフードを目深に被っているのが特徴の魔女、シュトーレン。鉄壁の防御を誇る重装女騎士、ガレット。そして陽気な弓使いのマカロン。
そこに斥候兼ポーター役のこの俺、シュガーを加えたのが、冒険者パーティ、白銀の鷹だ。
この日、俺たちはダンジョンの探索を終えて、拠点のレストハウスに引き揚げていた。
出発の前に、俺はレストハウスの冷蔵保管庫にあるものを入れておいた。甘く、なめらかで、美しいもの。俺の大好物。そう、プリンだ。
それもそんじょそこらのプリンじゃない。この街の超人気店の限定プリンなのだ。
俺は日の出前から起き出して並び、特大限定プリンを手にすることができたのだ。あの店の限定プリンはいつでも手に入るものじゃない。
その日の仕入れによって、作れたり作れなかったりするので、予約はできず、早い者勝ちだ。
だが、今日は幸運に恵まれた。あのずっしりと重い紙袋の感触は今もこの手に残っている。
期待に胸を躍らせ、今日の探索が終わったら食べようと思って、あの至宝を冷蔵庫に入れておいたのだ。
探索はいつものように順調に進んだ。そして、ダンジョンの一番奥、主の部屋の前まで辿り着いた俺たちは、一旦引き揚げて準備を整え、後日主に挑むことにしたのだった。
戦利品の選別、売却等は俺の仕事なので、レストハウスに戻るみんなとは一旦別れて冒険者ギルドやその他商人のところを周り、不要な戦利品を売却してきた。
限定プリンが待っているとなれば気合も入る。いつもよりうまく交渉して、ダンジョンで得たアイテムをいい値段で売り捌くことができた。
みんなも喜んでくれるに違いない。重くなった皮袋を肩から下げて、プリンとみんなが待つレストハウスに上機嫌で戻った。
意気揚々と扉を開けた俺を待っていたのは惨劇だった。
床に転がった見覚えのある紙袋。テーブルに置かれた、容器の大きなフタ。そして、みんなが手にしたスプーン。それには、限定プリンのかけらがついていた。
白銀の鷹が、俺のプリンを、貪っていた。
「おお、戻ったか」
リーダーのエクレールがいった。
「うまいこと換金できたみたいね。ご苦労様」
魔法使いのシュトーレンが言う。
「このプリンは実に美味いな」
騎士のガレットがいった。
「ついつい平らげちまったよ」
弓手のマカロンが笑った。
ダンジョンの探索で疲れていたみんなは、夢中になってプリンを食べてしまったようだ。そりゃそうだろう。あれはとびきりの極上品なんだから、疲れた体にはたまらないに違いない。
萎えそうになる足を無理やり前に出して、プリンの容器を覗き込んだ。そこにはもう、何も残ってはいなかった。俺には、それが世界そのものに空いた、一つの穴のように見えた。
自分がキレたのを感じた。これはもう、俺に対する追放宣言だ。それもとびきり残酷で悪質な、最低最悪の追放宣言だ。
持ってきた皮袋をエクレールに渡して、疲れたから休むとだけ言って、部屋にもどった。
エクレールは何か食べた方がいいんじゃないかと言ったが、俺はそれには答えずに階段を登った。
二階にある自分の部屋に入る。天井を見上げた。
涙が、ほおを伝って床に落ちた。限定プリン、楽しみにしてたのに。何よりも、楽しみにしてたのに。それなのに。
歯を噛み締めた。プリンを口にできなかったのが、悔しくてならなかった。悔しさはすぐに、怒りに変わった。
いくらなんでも、いくらなんでもこの仕打ちはないだろう。これは俺に対する究極の侮辱であり、パーティからの追放宣言だ。
いいさ。お前らが俺を追放するって言うのなら、俺はお前らにざまあしてやる。謝ってきたって、もう遅いと言ってやるからな!
さて、追放宣言されたわけだが、このままパーティを抜けたのではざまあももう遅いもできそうにない。
だって俺、大して強くないんだもの。いやまあ、一応Aランクのパーティの一員だし、他の冒険者に比べりゃまあまあ強い部類だろうけど、うちの連中は類まれな強者揃い。ただ単に俺が抜けただけでは痛手にはならない。
つまり、ざまあももう遅いも夢のまた夢というわけだ。それでは抜ける意味がない。
食べ物の恨みの、限定プリンの恨みの恐ろしさを奴らに思い知らせてやるためにはまず、力をつける必要がある。そして俺はパーティの主力となり、俺なしではパーティが成立しなくなったところで抜けてやるのだ。
屋台骨を失った白銀の鷹は、無惨にも地に落ちる。落ちた鷹は懇願する。俺に戻ってきてくれと。だが、その時にはもう遅い。
プリンの恨みを晴らした俺は、悠々と立ち去るのだ。
いいな。実にいい。パーティの奴らが戻ってくれと懇願する中を無慈悲に立ち去る様を想像するとゾクゾクする。
失われたプリンは戻らないが、まあ満足できるだろう。
プランはできた。あとは実行に移すのみ。
第一段階として、力をつける必要があるわけだが、すでに目星はつけてある。
邪神に魂を売り飛ばすのだ。
以前ダンジョンから持ち帰った戦利品の中に、呪われた魔剣がある。
邪神の一柱を封じたという大層危険な代物だ。あまりに危険なので売ることも処分することもできず、俺たちはそれをレストハウスの地下に封印していた。
あの剣の力があれば、ざまあしてやれる。限定プリンの仇を取れる。
失われたプリンのことが頭をよぎった時、心は悲しみに覆われた。だが、それを力に変える。恨みを晴らすのだ。そのためなら、魂なんぞ、売り飛ばしてやる。
みんなが寝静まったのを見計らって、地下室に降りた。足音も気配も完全に絶つ。恨みは俺を強くしていた。ここまでうまく隠密行動ができたことなど一度もない。
プリンのおかげだ。だが、こんな力なんて欲しくなかった。欲しかったのは、プリンだけだ。悲しみを胸に、地下室の扉を開ける。そして白い布に包まれた短剣を持って外に出た。
街を抜け、近くの川までいく。深夜だ。人気は全くない。俺にとっては好都合。
薄い月明かりの中、白い布をほどき、魔剣を解き放った。
その途端、川の流れが止まった。川辺に生えた木の枝も、風にしなったままの状態で凍りついたように動きを止める。
時間そのものが、止まったのだ。
そして、魔剣から黒い霧が噴き出し、人の形になった。
「クックックッ、時の流れすらも統べるこの俺様を起こしたのはお前だな。さて、何を差し出すことになるかはわかって――」
「おう、魂やるからとっとと力よこせや」
年寄りの長話に付き合う気はない。こっちは予定が詰まってるのだ。
「物事には様式美ってもんがあるだろうが。全く、最近の若いやつはこれだから……大体、俺様の力で何しようってんだよ」
「パーティ組んでる奴らにとっておいたプリンを勝手に食べられた。だからざまあしてやりたい」
簡潔に理由を述べてやると邪神は黙り込んだ。そして、笑い出した。
「ハハハハハ! なんだそりゃあ! この俺様の時を操る力をそんなバカでしょうもないことに使おうってのか! こんなやつ初めて見たぜ! プリンって……プリンって……クックックッ……ダメだ、腹いてえ」
邪神は大笑いしていた。もちろん俺はキレた。他人の心の痛みがわからないやつは、許しておけん。
「……気が変わった。魂をやるのはなしだ。お前は、力づくで屈服させてやる」
「……ほう」
邪神の声音が変わる。
普段の俺ならば恐怖に震えていたことだろう。今の俺もまた、震えている。恐怖にではない。怒りにだ。
「覚悟しろ、プリンを馬鹿にしたこと、後悔させてやるぜ」
「ここまで活きのいい野郎は初めてだ……いいぜ。お前の力、見せてみろ!」
時の止まった世界で、たった一人の最終決戦が始まった。でも、俺は孤独じゃない。俺には、プリンへの、熱い思いがあるのだ。
己の有する力の全てを邪神にぶつけてやった。時は止まっているが、本来であれば何年もの間、奴とギリギリの死闘を演じていたことだろう。
そして、時の止まった世界に、決着の時が来た。
「ば、馬鹿な……俺様が、ただのプリン好きなんぞに……!」
「俺はただのプリン好きじゃない。やればできるプリン好きだ」
そう、小さい頃から俺は、やればできる子だと言われてきたのだ。やればできる子と言うのはどうせやらないので結局できない子なのだが、プリンの恨みで覚醒した今の俺はやる子である。
そして、やればできる子がやる子になった以上、出来ないことなど何も無い!
「ざまああああ!」
黒い影にナイフを突き刺す。とどめの一撃に、邪神はとうとう膝を屈した。
邪神の姿が消え、時の流れが元に戻った。残されたのは、邪神が封じられていた黒い短剣ただ一つ。
魔剣を拾い上げる。邪悪な力が流れ込んでくるのを感じた。時の止まった空間での激闘によって成長していたわけだが、そこにさらに邪神の時を操る力も加わった。
俺は自分がもう、誰にも負けないのを悟った。
「やるじゃねえか。俺様の負けだ」
「邪神か」
短剣がしゃべっていた。邪神のやつは消滅したわけじゃないようだ。
「で、どうするよ。お前は今や最強だ。世界征服だってできちまうぜ」
「そんなもんに興味はない。俺はただ、奴らにざまあして、もう遅いと言ってやりたいだけだ」
「ククッ、憎しみか。それもいい。で、本当のところ、お前一体何されたんだ? まさかプリンの恨みだけじゃねえだろう」
「いや、プリンの恨みだけだけど」
「……は?」
「だから、楽しみにしてた限定プリンをあいつらに勝手に食べられたんだって。だから俺はパーティの連中に復讐するんだ」
「……俺様、本当にプリンの恨みのためだけに屈服させられたん?」
「そうだけど」
「マジかー」
「マジだな」
「まあ、負けた以上は従わねえといけねえんだけども、ほんとにそいつらにざまあすんの?」
「するけど。あともう遅いもやる」
「マジかー」
邪神はなんかしきりにマジかーって言ってたが、こっちは大マジだ。見てろよ、白銀の鷹め。プリンの恨み、邪神の力で晴らしてやるぜ。
邪神の力も手に入ったので、リーダーのエクレールに少し休みが欲しいと申し出た。エクレールは快く承諾してくれた。
俺の大切なものを平気で蹂躙するような連中だ。俺などいてもいなくてもいいと思っているのだ。腹は立つが、好都合ではある。
ダンジョン探索とは別の依頼を片付けに行ったみんなを見送り、一人街に残る。
邪神と話し合った。
「なんだ、あの連中を襲うのかと思ったが……」
懐に隠してある短剣から邪神がいう。
「ただ襲って倒したんじゃ、ざまあはできてももう遅いができないからな。それじゃ俺の気持ちは晴れない」
復讐というのは一度しかできないのだ。慎重にやる必要がある。
「ごもっともだが、じゃあどうやってあいつらにざまあするんだよ?」
「あいつらの生活を影から支えてやるんだ。そうして、俺なしでは生活が成り立たなくなったところで、パーティを抜ける」
「で、奴らの生活は崩壊し、お前のおかげでうまく行っていたことに気づくわけか」
「そうだ。そしてあいつらは俺に戻ってきてくれと懇願する」
「そこで、もう遅いってわけか。……悪くねえな」
「だろ?」
俺はニヤリと笑った。
邪神に認めてもらえるくらいだから、この計画は実に悪辣なのだろう。限定プリンの報いにふさわしいというわけだ。
「まずはあいつらの私生活について調べる。奴らの弱みを俺がカバーしてやるんだ。そして、俺が抜けることで、俺のカバーで成り立っていた奴らの幸せな暮らしを崩壊させてやる。くくく、ハーッハッハッハッ!」
景気良く高笑いしたわけだが、どうも邪神のやつが乗ってこない。
「どうしたんだよ?」
「いや、お前の高笑い、いまいちでなー」
「マジか」
「マジだ。ちょっと手本見せてやるよ」
「おう、頼むぜ」
こうして、俺は邪神から高笑いの仕方を教わったのだった。
ざまあともう遅いの時に高笑いを決めてやると気持ちいいだろう。いやー、邪神のやつを屈服させた甲斐があったな。
さて、最初の標的はパーティの魔法使い、年中ローブ姿のシュトーレンだ。今日はあいつをレストハウスから尾行している。
そもそも隠密行動は得意だし、いざとなれば邪神の力で時間も操れる。楽勝だ。
あの女の目的地は街の魔法道具店のようだ。そういえば前に杖の修理をしないといけないとか言ってたな。あのときは妙に嫌そうな顔をしていた。これは影からサポートのチャンスかもしれない。
シュトーレンが店の扉を開けたところでちょっと時間を止めた。先に店の中に入って、棚の影に隠れる。
店主は痩せた男だった。他に客はいない。
おっ、シュトーレンが来たぞ。
魔法使いは真っ直ぐ店主のところに歩いてきた。途中、ローブのフードを深く被り直していた。
それにしてもなんだってあいつはいつもいつもフードを目深にかぶってるんだろうな。別に見た目が悪いわけじゃないのに。フードで頭は隠すのに顔は隠そうとしないので前々から不思議ではあった。
「これはこれは、ようこそいらっしゃいました」
店主が深々と頭を下げる。丁寧なんだが、嫌な感じがした。なんだかバカにしてるっぽく見える。
「杖の修理を頼みたいんだけど」
シュトーレンは感情の籠らない声で言う。普段からクール系だが、今回は一段と無感情だ。
「では、金貨五十枚ですね」
店主の言葉に俺はギョッとした。
「おいおい、金貨五十枚は無茶だろ……」
「なんだ、ぼったくりか?」
邪神が小声でいった。
「杖なら新品の一級品だって金貨十枚も出せば買えるぞ。修理でそんなにかかるわけない」
「となると……」
シュトーレンの様子を伺う。あいつはぎゅっと拳を握りしめ、頷いた。
「大変でございますね……薄汚いハーフエルフというのは」
店主が蔑み切った顔でいった。シュトーレンはサッとフードの耳のあたりを押さえた。
そうか。そういうことか。
ハーフエルフというのは禍を呼ぶ存在として忌み嫌われている。あのフードの下には、人間よりも中途半端に長い耳が隠れているのだろう。そして、店主はシュトーレンがそれを隠しているのを知っていて、金を巻き上げているのだ。
シュトーレンは杖をカウンターに置くと、逃げるようにして店を出て行った。
店主はため息をつくと、汚いものにでも触れるようにして杖をつまみ上げた。そして、ボロ切れみたいな布で二、三回磨き、ポイっと杖を放り出した。
「あれで終わりかよ……」
「随分な手際だな」
邪神と二人で呆れ返っていた。ぼったくりな上に手抜きとは、ひどい店主だ。
シュトーレンのやつ、苦労してたんだな……だが、俺には失われたプリンという大義がある。ここは、影からサポートのチャンスとして活用させてもらう!
俺は棚の影からサッと飛び出して店主の前に踊り出た。
「バ、バカな! あの女以外誰もいなかったはず……!」
店主はえらく驚いていた。時間止めて店に入ったから当然ではあるが。
「クックックッ、俺はシュトーレンのパーティメンバーだ」
邪神直伝の邪悪な笑い方で言ってやると、店主は狼狽えた。
「なんだと……いったいどうやって私に気付かれずに入ったんだ……」
「それは、こうやってさ」
邪神の力で時間を止める。そしてテクテク歩いて店主の背後に回る。んで、懐から魔剣を取り出して、首筋に突きつけてやった。
時の流れを戻す。
「ヒッ! なっ、なぜ、なぜ私がナイフを突きつけられているんだ!」
「お前があいつの杖をちゃんと修理しないからさ」
冷えたプリンのごとき冷たい声で言ってやると、店主はごくりと唾を飲んだ。冷や汗が首筋を伝っている。くくく、いい感じに脅せているようだ。
「俺は、あいつに不誠実な対応をするのを許さない。俺がいる限り、ぼったくりなんて出来ないと思え。いいか、俺の目が光っているうちは、あいつをいじめようなんて考えるんじゃないぞ」
店主の耳元でささやいた。脅しているわけだが、俺がいる限りはシュトーレンからぼったくることは出来ないという部分を強調してある。つまり、俺がいなくなりさえすれば、今まで通りにやれるわけだ。
これによって、シュトーレンの奴は一時店主のいじめから逃れられるわけだが、俺はパーティを去る。するとまたいじめが始まる。あいつは俺のおかげで店主がちゃんと仕事をしていたことに気づくが、その時にはもう遅いというわけだ。
いいね、ゾクゾクする。このプランがなった時、プリンの如き甘美な気分に浸れることだろう。もっとも、その甘美さも失われた限定プリンには及ぶまいが……復讐というのは甘くもあるが苦くもある。カラメルソースのかかったプリンのようだ。
深淵で高邁な思案に耽っていると店主が口を開いた。
「しょ、承知いたしました。金輪際、私はあの女……いえ、あのお客様を差別するのをやめます。ですから、どうか命までは……」
「くくく、わかったならばいい。では、さらばだ。ハーッハッハッハッ!」
高笑いした。さて、時間停止っと。
また時を止め、その間に店を出た。
今頃店主のやつは震えていることだろう。スプーンでつついた時のプリンのようにな。街の雑踏に紛れて店から離れつつ、邪神と話す。
「どうよ、今の高笑い」
「んー、六十五点ってとこだなー」
邪神は辛口評価だった。確かに、俺としてもなんか邪神の高笑いとは違うなっていう感じがあった。高笑いも奥が深いな。
「しかしよ、お前ちょっと脅しすぎたんじゃねえか?」
「脅しすぎって?」
「いや、わかってないならいいんだが、あの店主、あの様子だとお前がいなくなっても……まあいいか。忘れてくれや」
邪神はそういった。気にはなったけど、俺は復讐を完遂せねばならない。そのためには次なるパーティメンバーを影からサポートせねば。
「くくく、次は騎士様を影から支えてやるぜ。ざまあでもう遅いのためにな」
というわけで、俺はレストハウスに戻った。
レストハウスの入り口のところで、シュトーレンと出くわした。魔法使いは浮かない顔をしている。まあ当然だが、こいつの問題は実は解決しているのだ。あくまで俺がいる間はだけどな。くくく、ぬか喜びさせてやるぜ。
「シュガー……」
「くくく、浮かない顔だなシュトーレン。嫌なことでもあったか」
あっ、やべっ、つい邪神笑いをしてしまった。これじゃ変な人じゃないか。ちょっと焦ったが、シュトーレンは邪神笑いではなく、嫌なことでもあったか、の方に反応した。
「嫌なこと……世の中なんて、嫌なことばかりだよ」
シュトーレンがため息をつく。
金貨五十枚ぼられればそう思うだろうなあ。なんかかわいそう……いや、こいつは俺から限定プリンを奪った憎き仇。プリンの如き甘さは不要。心を辛口にせねば。
「果たしてそうかな?」
「えっ?」
あえて気を持たせるような言い方をしてやると、シュトーレンが食いついてきた。だが、俺はそれ以上何も言わずにその場を去る。
これはいわば伏線だ。俺がパーティを抜けて再びいじめられるようになった時、あいつはこの時の俺の言葉を思い出す。そして、全ては俺のおかげだったと悟るわけだ。もっとも、その時にはもう遅い、わけだが。
「くくく、ハーッハッハッハッ!」
「おっ、今度のはいいな。八十点やろう」
高笑いしたら邪神がそう言ってくれた。
「マジで!」
やったぜ。高得点も取れたし、伏線も完璧に張った。その証拠に、俺の背中にはシュトーレンの視線が突き刺さっている。いやー、幸先がいいな。次のガレットの奴への影からサポートも頑張ろう。プリンの恨み、晴らさでおくべきか!
で、俺はガレットの実家まで来てきていた。
「でけー家だな」
「家っててか邸宅じゃねえか?」
「だなあ……」
ガレットの実家はプリンアラモードのようにゴージャスだった。うちのパーティの守りの要である重装騎士ガレット。
彼女が家を出て修行の旅をしているのは知っている。常に冷静沈着、クールな女騎士様なわけだが、実はガレットには縁談が持ち上がっているのだ。
相手は悪徳貴族のソルト卿。もちろんガレットは拒んでいるが、ソルト卿は実家の方に圧力をかけていて、いよいよヤバい状況らしい。
これらのことはレストハウスのガレットの部屋に忍び込んで手紙を盗み見ることで知った。で、影からサポートすべくガレットの実家まで来たのだった。ここまでは結構距離があるが、邪神印の時間停止術を使っての移動なので実質瞬間移動である。
「この術ほんとすげえよなあ」
「おう、もっと褒めろや」
なんか邪神がおかわりを要求してきた。世話にはなってるしな。応じてやるとするか。
「この術、プリンの次にすげえよなあ」
「おう、もっと別の褒め方しろや」
ケチをつけられた。おかしい、最大級の褒め言葉のはずなのに。
と、その時、勢いよく走ってくる馬車が見えた。あの家紋は、ソルト卿か。ガレットの家に圧力をかけにきたようだ。
「うーし、時間停止だ」
「おうよ、やっちまえ」
邪神パワーで再び時間を止める。俺は停止した馬車まで歩いて行って、扉を開けて乗り込んだ。案の定、中にはソルト卿がいた。
ゴテゴテした装飾まみれの悪趣味な服を着た、小太りのおっさんである。その顔はにやけたまま固まっている。ガレットを手に入れた時のことでも想像してるんだろう。なんというか、絵に描いたような悪徳貴族だな。
俺はナイフを出してソルト卿の出っ張った腹に突きつけた。
「はい、時間停止解除」
「あいよー」
というわけで時間停止を解除する。ここから先は、ざまあでもう遅いのための影からサポートタイムだ。
時が動き出すと、ソルト卿がギョッとした顔になった。口を開いて叫ぼうとするのをナイフを腹に押し当てて制止する。……いい感じの柔らかさだな。悪徳貴族のくせに。認めたくはないが、ナイフから伝わってくるソルト卿の腹の感触にはちょっとプリンを思わせるところがあった。
「俺はガレットのパーティメンバーだ。あんたがガレットを狙っているのは知っている。だが、この俺は、もうじきパーティを抜ける予定の俺は、それを許さない。決してだ。いいか、もうじきパーティを抜ける俺がだぞ。俺がパーティにいるうちは、ガレットには指一本触れられないと思え。もちろん、実家の方に圧力をかけるのも許さない。……もし、俺がパーティにいるうちに逆らったら、どうなるかわかるよな、ソルト卿。今見せたように、もうじきパーティを抜ける俺は、いつでもあんたの腹に、ナイフを突きつけられるんだぜ……くくく」
俺は一旦ナイフを腹から離し、口元にもってきてぺろりと舐めて見せた。……プリントは雲泥の差だな。ヤバい奴アピールとしてやってる訳だが、影からサポートもしんどいなあ。だが、これもあの女騎士にざまあしてもう遅いと言ってやるため。プリンの仇を討つためなのだ。
なので、俺は頑張ってナイフを舐めた。ベロベロと。
「ヒィッ! わ、わかりました! 私はもう二度と、ガレットさんには手出ししません。その他の悪事からも足を洗います! 償いもします! ですから、命だけは……」
ソルト卿が泣きながらいった。
よし、もう十分だな。また時間を止めた。ベソをかいたまま固まっているソルト卿をおいて、馬車を降りた。時が動き出した時には俺はもう消えているというわけだ。
「クックックッ、これでさらに奴を恐怖させられることだろう」
「恐怖させられるっつうか……まあいいか」
また邪神が妙なことを言っていた。おかしいなあ。俺がもうじきパーティを抜けるってのは散々強調したから、あの悪徳貴族様は俺がいる間は大人しくしてても、いなくなったらまたガレットにちょっかい出すはずなんだが。で、俺は優雅にざまあして、華麗にもう遅いと言ってやるわけだ……うん。やっぱどこからどう見ても完璧なプランだ。なんも問題はない。プリンの敵討ち、続行だ。
「うーし、次行くぞ。くくく、ハーッハッハッハッ!」
「高笑いはサマになってきてるんだがなあ……」
邪神がなんか言ってたが、俺は無視してそのままレストハウスに戻った。次なる標的は、弓使いのマカロン様だ。
さて、どうやってマカロンのやろうを影からサポートしてやるべきか。頭を悩ませながらレストハウスに戻ると、思い詰めた顔のガレットに出くわした。
「シュガーか。体の具合はどうだ?」
俺に気づいてガレットがいった。一応、体調が悪くて休んでるってことになってるからな。誤魔化しとかないと。
「くくく、おかげでだいぶよくなった」
「そ、そうか? まだ調子が悪そうに見えるが……」
あれ、なんか心配されてる。おかしいな、ちゃんと笑顔を見せたのに。でも、俺よりもガレットの方が調子悪そうに見えるぞ。
まあ、アレと結婚しなきゃいけないって思い込んでるんだから当然だけど。俺が抜ければ、こいつはアレと結婚することになるわけか……流石にそれは……いかんいかん! あの時の絶望を、怒りを思い出せ! これは報いだ。限定プリンを俺から奪った以上、ざまあでもう遅いはやむなし。失われたプリンは戻らない。俺には、復讐以外の道はないのだ。
よし、気を取り直して、騎士様をぬか喜びさせてやるぞ。
「くくく、お前も調子は良くなさそうだな」
「そ、それは……」
「なに、案ずることはない。俺がいる限りは、な」
「な、なんだって? シュガー、それはどういう……」
「くくく、俺はまだ本調子ではない。なのでもう寝る。では、さらばだ」
疑問を投げかけるガレットに背を向けてその場を後にした。
よしよし、二つ目の伏線もバッチリだ。俺がいる限りは、という部分が重要な伏線であったことに、ガレットは俺が抜けた後で気づくのだ。もっとも、その時にはもう遅いわけだが。
さあ、次はパーティの弓手、マカロンだ。あの野郎も影からサポートしてやるぜ。ざまあしてもう遅いと言ってやるためにな!
深夜、俺はこっそりレストハウスを抜け出したマカロンをつけていた。
あいつはどんどん人気のない方へと進んでいく。俺は時間停止を駆使して巧みにあの野郎を追いかけた。
で、場末の酒場にたどり着いた。スイーツ系の店に慣れている俺にはどうにも雰囲気が悪く見える。マカロンのやつもこういうところはあんまり似合わないように思えるが……。店はかなり狭いので、時間停止を使って床下に隠れることにした。
「こう暗くて狭いとどうにも落ち着かなねえなあ」
邪神が小声でいった。
「えっ、邪神ってこういうところが好きなんじゃないの?」
「おいおい、そりゃ偏見だぜ」
それもそうか。
「すまんかった」
「いいってことよ。ま、そういうイメージ持たれがちではあるしな」
邪神も大変らしい。ことが済んだら明るくて爽やかな雰囲気のスイーツ店に連れてってやるか。
などと思っていると、マカロンの方に動きがあった。あいつのテーブルに、客が二人ついたのだ。床下の俺は物音と声でしか判断できないが、マカロンよりも年上の、女と男のようだ。
「マカロン、椅子を引いてくれないかい? 夜になるとどうにも傷が痛んでね」
女がいった。出来の悪いプリンのような嫌なねっとり感のある喋り方だ。
「……ジンジャー、まだ痛むのか?」
マカロンは今までに聞いたこともないような弱々しい声でいった。普段のあいつの快活さからは程遠いな。どうもねっとり女のジンジャーに負い目があるようだ。
「なんだあ、てめえ……姉さんが嘘ついてるとでも思うのか!」
今度は男の声がした。めっちゃ凄んでおられる。コワイ。
「ち、違う! ジンジャーが嘘をついているだなんて思っていない! 俺はただ、傷の具合はどうなのかと思っただけだ……もう三年も経つから……」
「そうだね、マカロン。あんたの矢があたしのふくらはぎをぶち抜いてもう三年だ……うう、思い出すとまた脚が……」
ねっとり女がうめく。うめき声もねっとり感たっぷりである。
「す、すまない、俺のせいで辛い思いをさせてしまった」
マカロンが慌ててわびるのが聞こえた。
「マカロンよう、誠意、見せてくれるよな?」
「もちろんだ、マスタード。受け取ってくれ」
マスタードという名らしい男とマカロンのやり取りの後、テーブルに何かが置かれる音がした。
「ヘヘッ、持つべきものはきちんと償いをしてくれる弓使いだな」
マスタードが笑った。なるほどね、置かれたのは、金か。
そこから先も、ジンジャーとマスタードの姉弟はねっとりネチネチとマカロンを責め続けた。それに対して、マカロンはじっと耐えるばかりだった。
話によると、マカロンは以前この二人とパーティを組んでいたようだ。だが、ある日、マカロンの矢がジンジャーに当たってしまい、ジンジャーは冒険者をやめたそうだ。そして、マカロンは定期的に謝罪に訪れているらしい。
「たかりだよなあ」
「たかり以外の何者でもねえな」
俺と邪神の見解は一致していた。
「まあ、影からサポートチャンスではある。くくく、完璧に支えてやるぜ、マカロン。そしてざまあでもう遅いだ。ハーッハッハッハッ!」
「バ、バカ、場所を考えろ!」
「あっ、やべえ」
うまいことマカロンの弱みが見つかったのでつい高笑いしてしまったが、俺がいるのは床下だ。案の定、上の三人は飛び上がって驚いた。
「なんだ、今のは!」
「気味の悪い笑い声がしたぞ!」
「なんなんだい、一体……あっ」
ジンジャーがあっ、っていうのが聞こえた。そう、この女、平然と立ち上がったのだ。床下の俺にも、上の空気が変わったのがわかった。
「ジンジャー、脚は……」
「あ、あいたたた! 反射的に立ち上がったせいでまた痛み出した! マスタード、今日はもう帰るよ!」
「お、おう! じゃあ、また今度な!」
その言葉を最後に二つの足音が遠ざかっていく。マカロンはなにも言わない。黙って二人の背中を見送っているんだろう。
あいつは自分の弓の腕に自信と誇りを持っている。
だからあいつは、怪我がもう治っているとわかっていても、あのねっとり姉弟への償いを続けているのだろう。
しかし、俺はマカロンが的を外すところなんて一度たりとも見たことがない。
時間を停止させて、床下から出た。
「どうにも臭えな」
邪神がいった。
「ああ。マカロンが味方に矢を当てるなんてありえないぜ」
俺はうなずいた。よし、あの姉弟を尾行しよう。
ジンジャーとマスタードは街で一番高い宿に泊まっていた。マカロンのやつ、だいぶ持ってかれてるみたいだな。
俺は時間停止を駆使して姉弟の部屋に侵入し、ベッドの下に隠れた。
すぐに奴らが入ってきた。ん、この匂いは……
「ここの料理にも飽きてきたねえ」
ジンジャーがいった。やはりというか、当然というか、いたって普通に歩いている。そして、その手にはこの宿の名物である特製プリンの乗ったトレイがあった。
「そんなもんより金だ金。あいつ今回はいくら持ってきたんだ?」
マスタードがいう。ジンジャーはプリンのトレイを放り出すようにしてテーブルに置いた。
あいつら、俺がいつかは食べたいと思ってたこの宿の泊り客限定の、特製プリンを、こんな雑に……
放り出されたプリンの如く、俺は怒りにプルプルと震えた。
「なんだこんなもんか」
「シケてるねえ」
姉弟のがっかりした声がする。だが、マカロンが持ってきたのはかなりの大金だった。
あいつ、だいぶ切り詰めてるんじゃないか……そういえば最近少し痩せた気がするが。いや、だからと言って俺のプリンを無断で食べていいということにはならない。さあ、もう遅いのための、影からサポートタイムだ。
俺はベッドから這い出た。
「ヒィッ!」
「な、なんでこんなところに人が!」
ジンジャーとマスタードはめちゃくちゃ驚いていた。ククク、いい気味だ。んじゃ、時間停止っと。驚いた顔のまま姉弟が固まる。
「……」
「どうした? また後ろに回り込むんじゃねえのか?」
邪神に聞かれた。
「そうだけど……」
どうにもこうにも、テーブルの上の特製プリンが気になってしまう。ちょっとだけ……
「お前、あいつらにもう遅いと言ってやりたいんじゃなかったのか」
邪神の言葉に俺はハッとなった。そうだ。これはいわば聖戦だ。休んでいる暇は、ない。
歯を食いしばってプリンから目を背けた。
「ありがとな。危うく目的を見失うところだった」
邪神に礼を言った。特製プリンをとってその甘さに浸ってしまえば、あの痛みを忘れてしまうかもしれない。そんなことは許されない。
あの日の、あの絶望を思い出せ。まずはざまあ、次にもう遅い、そして、最後にプリンを食べて勝利を祝うのだ。
迷いを断ち切り、姉弟の後ろに回り込んだ。
時間停止、解除。
「お前たち、よくも俺のパーティメンバーにたかってくれたな」
突如として後ろから声をかけられた二人は震え上がった。
「こんなバカな……」
「一体どうやったんだい……」
「ジンジャー、お前、怪我はとっくに治ってるな。それに怪我自体もお前たちが仕組んだんだろう。マカロンに薬でも盛ったか?」
こう言ってやると二人は黙り込んだ。うーし、大当たり。だよなー。薬でも盛られない限りあいつが的外すわけないもんなー。
「よくわかった。いいか、俺がいる限り、あいつにたかるのは許さん。たかりは今回で終わりにしろ。さもないと……」
ここで時間停止っと。で、てくてく歩いて再び正面に回り込む。時の流れを戻して……
「また俺が現れるぞ。ククク、ハーッハッハッハッ! あと、プリンを粗末にするな」
大事なことを最後に付け加えた上で、俺は高笑いした。ジャンジャーとマスタードは突然正面に現れた俺に恐怖し、二人で抱き合って震えていた。
「……返事は?」
「は、はいっ!」
「もう二度と、あいつには近づきません!」
姉弟揃って元気よくいった。
「そうだ。あくまで俺のいる限りはだぞ。そこのところも決して忘れるなよ」
「はいっ!」
「貴方様には決して逆らいません!」
んー、なんか欲しかった反応と微妙に違うんだけど、ま、いっか。
「ククク、では、さらばだ」
また時間を止めて部屋を出た。プリンの方は、決して振り返らなかった。
「よく耐えたな」
帰り道、邪神がそう言ってくれた。
「結構やばかったけどな」
苦笑を返す。
「でも、俺はあいつらにざまあしないといけないんだ」
そうだ。あんな、他人の痛みもわからないような奴らには、思い知らせてやらねばならない。
「……ま、がんばれや」
「おう」
下準備はもう半分以上済んでるわけだしな。もう少しだ。
翌朝、リーダーのエクレールにパーティに復帰するといった。
「病み上がりのお前には悪いが、早速ダンジョンの主を倒しにいく。準備をしておいてくれ」
エクレールはそういった。
「ククク、任せておけ」
俺は不敵に笑う。さあ、いよいよ仕上げだ。
俺たちパーティ全員で、ダンジョンの最奥、主の部屋の前まで来た。
重厚な鉄の扉が俺たちの前にある。
「みんな、準備はいいな?」
エクレールが言った。
「ああ」
俺は真っ先に頷いた。すると、シュトーレン、ガレット、マカロンの三人がちらっと俺を見た。あれ、なんかおかしなことしたかな。高笑いも邪神笑いもしてないんだけど。だが、三人は結局なにも言わずに頷いた。なんだ、別になんともなかったか。
「よし、では、いくぞ!」
エクレールが扉を押し開ける。
迷宮の主が、のそりと起き上がった。デカい。
部屋は俺たちのレストハウスを二段重ねにできそうなくらい天井が高いのに、主の頭はその天井スレスレの高さにある。
ミノタウロス。半獣半人の牛の化け物が、俺たちを見下ろしていた。奴の手には何かの冗談としか思えないほど巨大な斧が握られている。
そして、その巨大な斧が、予備動作なしでいきなり振り抜かれた。
それじゃあ、最後の仕上げだ。みんなに気づかれないように影からサポートして、こいつを倒すか。
俺は早速時間を止めた。たったったっと走っていって、邪神が宿った短剣を出し、動きの止まったミノタウロスのぶっとい手首を切りつけておく。
「よしよし、これで攻撃は外れるな」
「あいつら、反応が間に合ってねえからな。お前がサポートしてやらねえと負けるぞ」
邪神の言うとおりだ。このミノタウロスは俺のサポートなしで勝てる相手じゃない。だが、みんなは俺が時間停止でサポートしていることに気づかないまま勝ってしまうわけだ。
そして、自分たちの実力を勘違いしてしまうのだ。
俺が抜けた後はさぞ苦労することだろう。ざまあ。実にざまあ。
「んじゃ、時間停止解除なー」
「おう、気ぃ抜くなよ」
邪神が言った直後、時が動き出す。ミノタウロスの斧も動き出して俺たちに迫ってくるわけだが、さっきつけてやった手首の傷のせいで動きは鈍っている。
よしよし、みんな無事に攻撃を凌いだ。この調子でいくぜ!
その後も俺は時止めを駆使してみんなをサポートした。
「えーと、ガレットが飛びかかろうとしているから、ミノタウロスの斧はこのあたりにあるといいのか」
「待て待て。それだと魔法使いの女の方が狙われるかも知れねえぞ」
ミノタウロスをうまいこと攻撃できるように時を止めて位置調整していると、邪神に注意された。
「あー、でもなあ……斧動かさないとガレットがカウンター食らっちゃうし……」
勇ましい表情のまま固まっている女騎士を見やる。
「ミノタウロスじゃなくてパーティの連中の位置を動かしたらどうだ?」
「なるほど、その手があったか」
俺はポンと手を打った。さっそく、石像を運ぶようにしてみんなの位置を調整する。
「うーし、これで大丈夫」
「んじゃ、停止解除だな」
時が動き出す。調整の甲斐あって、ガレットの攻撃は見事にミノタウロスを捉える。もちろんシュトーレンは無事だ。
「やったな、二人とも!」
うまくいったのが嬉しくて声をかけたのだが、ガレットとシュトーレンはなんか首を傾げていた。
「いや、そうなんだが……」
「あれ……?」
おっと、今度はエクレールが危ないな。マカロンは援護のために矢をつがえようとしているけど、間に合わないっぽい。ここはサポートだな。
時を止める。
マカロンの姿勢を変えてやり、すぐに矢を射てるようにしておく。同時にエクレールは避難させる。
「ついでだし、ミノタウロスも攻撃しとくか」
「おう、やったれやったれ」
なんかこのやり方でサポートすんの、めんどくさくなってきたしな。というわけでさっさっさっと魔剣で迷宮の主を斬りつける。
時間停止解除。
自分がばっちり体勢を整えていることにマカロンが驚くが、すぐに頭を切り替えて矢を射ってくれた。
ミノタウロスが叫ぶ。俺の攻撃に加えて、マカロンの矢も刺さったからな。もう少しだろう。
「いいぞ、マカロン! もうちょっとだ!」
「え? あ、ああ、そうだな、シュガー……」
マカロンはしきりに首を傾げ、手を開いたり閉じたりしている。
避難させたエクレール、ガレットとシュトーレンがなんか俺を見ていた。
「なに?」
「いや、別に……」
三人は揃って首を横に振った。うーし、問題はなさそうだ。
そろそろとどめを刺すか。
……おっと。
ミノタウロスが俺を狙ってきたのでサッと攻撃をかわした。
だが、奴は立て続けに俺を狙ってきた。
ククク、好都合だ。
みんなのことをサポートする手間が省ける。
ただ単に、時間停止を駆使して俺の仕業だとバレないようにしてこいつを倒すだけでいい。
バカみたいにデカい斧をナイフで弾く。
「ハイ、停止っと」
悠々と近づいて反撃し、元の位置に戻る。
「戻すぞー」
「あいよー」
さっきと同じ姿勢をとって、邪神に答える。時が動きだし、ミノタウロスの体につけてやった傷から血が噴き出す。
「くっ、あの野郎、やりやがる……!」
苦戦してるっぽいセリフを口にして、みんなに死闘感をアピールする。
ククク、よもや俺が時間停止を駆使して奴をボコボコにしてるとは思うまい。
「…………」
みんなは何も言わない。よしよし、予想通りだぜ。
と、ミノタウロスがものすごい叫び声を上げた。奴の体が真っ赤に染まっていく。
本気になったようだな。怒りに燃えるその目は、俺だけを見ている。
「……なあ、ひょっとして、あいつにはバレてる?」
小声で邪神に聞いてみた。
「見りゃわかんだろ」
呆れた感じで言われた。だよなあ……しょうがない。早めに終わらせるか。
さっきまでの倍以上の速度で向かってくるミノタウロスに対して、時間停止を使う。
そして、時が止まっている間に全力のラッシュを仕掛けた。
時が動き出すと同時に、奴は倒れ伏した。
「ハァ……ハァ……みんなの力でダメージを与えておいたところに全力を出したから、身体がもたなかったんだな……」
俺は言った。
「…………」
みんなは神妙な面持ちで俺のことを見ている。
疑問の声は上がらない。よーし、ばっちりだ。
こいつらは俺のサポートのおかげとは思わないまま、ミノタウロスに自分たちが勝利したと認識している。ククク、完璧だぜ。
いよいよ、パーティ離脱の時だ。
ミノタウロスを倒した俺たちは、ひとまずレストハウスに戻った。
全ての準備は整った。後は、俺がパーティを抜けるだけ。そうすれば、白銀の鷹は地に落ちる。
「みんな、話があるんだ」
「そうか、俺たちもお前に話がある」
話を切り出したらエクレールにそう言われてしまった。
……おや? なんか思ってたのと違う展開なんだけど……
「俺たちから先に話してもいいか?」
エクレールがいう。すげー真剣な表情だ。
「ど、どうぞ……」
そう答えるしかなかった。
「シュガー」
「なんだよ……」
無意識のうちに唾を飲んでしまう。
「ありがとう」
みんなが、一斉に頭を下げた。
「えっ……」
俺は時間停止を食らったかの如く固まってしまった。
シュトーレンがいう。
「あんた、あの店の店主にあたしのことをちゃんと扱えって言ってくれたのね。あいつ、あたしのところに頭を下げにきた。おまけに今までにぼったくった分のお金も返してくれるって。あんたのおかげよ、シュガー。本当にありがとう」
「い、いや、俺は……」
口籠るしかなかった。あの店主の野郎、そんなことしてやがったのか。 これじゃ計画が……
「私からも礼を言わせてほしい」
今度はガレットが口を開いた。
「私は望まない結婚を迫られていた。実家の関係もあって、諦めなければならない状況だった。だが、お前はあの貴族を説得してくれたのだな。おかげで私はあの男と結婚せずに済む。シュガー、心から感謝している」
「な、なんのことやら……」
誤魔化そうとしたのだが、二人に笑われてしまった。
「あんな意味深なこと言っておいて今更とぼけないでよ」
「全くだ」
チクショウ。伏線のためのアピールがあからさますぎたってのか。まさか、俺の計画にこんな穴があったなんて……
「俺からも、いいか?」
マカロンが手を挙げる。
「俺は、前に組んでいた仲間にたかられてたんだが、あいつらから金輪際俺とは関わらない。金は必ず返すと連絡があった。初めはどうしてこんなことになったのかわからなかったが、シュトーレンたちに相談してようやくわかったよ。シュガー、お前のおかげだったんだな。なんて礼を言えばいいのか……」
「い、いや、俺は別に……」
マカロンはなんか涙ぐんでいる。くそう、こっちもか。
どうすりゃいい、どうすりゃいいんだ。
必死でここからもう遅いに至る道を探したが、そんなものは見つからなかった。
そして、エクレールがいう。
「ミノタウロスも、お前が倒してくれたんだろう? 俺たちじゃあのダンジョンの主には勝てないと悟ったお前は、こっそりあの邪神の力を手にしたんだな。そんな危険を冒してまで俺たちを……シュガー、お前は俺たちにとって、最高の仲間だよ」
最高の仲間。エクレールもみんなも、俺のことをそんな風に……でも、それなら、それならどうして、どうして俺の大切なものを奪ったんだ……どうして……
言ってやる。言ってやるぞ。今更もう遅いと。俺の痛みをわかってくれないお前たちなんて、仲間でもなんでもないと!
「いいか! 俺は——」
「そして、俺たちは大馬鹿だ」
口を開きかけた俺に、エクレールが言った。
「えっ?」
「本当にすまなかった」
「限定プリン、楽しみにしてたんだよね?」
「私たちは、いつもお前がとても美味しそうにプリンを食べているのを見ていた」
「あれだけ幸せそうにしてるんだから、さぞうまいんだろうと思って、俺たちはつい……」
みんなが口々に言う。
「そんな……」
「俺たちは、こんなにも俺たちのことを思ってくれているお前に対して、とんでもない仕打ちをしてしまった。本当に申し訳ない」
エクレールの言葉を合図にして、みんなが俺に頭を下げた。
「みんなは、俺の気持ちをわかってくれるのか……?」
俺は恐る恐る聞いた。
「まあ……ね。辛かったよね。ごめんなさい」
「いくら美味しそうだからと言って、人のものを勝手に食べていいわけがないからな。反省している」
「言い訳にしかならないけどよ、本当は少しだけでやめておくつもりだったんだぜ。でも、あんまり美味かったんで、つい……すまん」
「俺たちの仕打ちにも関わらず、お前は俺たちを救ってくれた。俺たちは、お前に甘えていたようだ。シュガー、もしよければ、俺たちを許してくれないか? そして、お前と一緒に、パーティを続けたい」
みんなが、俺を見ていた。その顔は不安げだ。悪いことをした後ろめたさがあるんだろう。許してもらえるかと心配しているんだろう。
みんなは、俺の痛みに共感し、申し訳なく思ってくれていた。
そうか。俺が求めていたのは、これだったんだ。
「……わかった。許してやるよ。あのプリンは、手を出さずにはいられない代物だからな」
俺は笑っていった。みんなが、俺の仲間たちが、パッと笑顔になった。
「それじゃあ、仲直りと行くか」
マカロンがニヤリと笑う。
「そうだな。握手でもしとくか?」
「何を言っているんだ」
「もっといいものがあるよ」
ガレットとシュトーレンもマカロンと同じように笑っている。
エクレールが冷蔵庫のドアを開ける。
そこには、あの限定プリンがあった。
「さあ、好きなだけ食べてくれ、シュガー」
「……わかった。でも、みんなで食べよう」
俺は、最高の仲間たちにいった。
その後、俺たちは快進撃を続けた。今じゃ世界最高の冒険者パーティだと言う連中も多い。
ある時、俺たちは駆け出しの冒険者に聞かれた。あなたたちの強さの秘訣はなんなのかと。
俺は笑って答えた。
「プリンの恨みと、プリンの絆さ」
もちろん、みんなでプリンを食べながら。
楽しみにとっておいた限定プリンを無断でパーティメンバーに食べられた俺は、パーティを抜けて奴らにざまあしてもう遅いと言ってやることにした 三条ツバメ @sanjotsubame
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