第3話私と契約結婚してください!

「シリウス様!私と契約結婚してください!」


花がほころんだように満面の笑みで、衝撃的な事を言われてしまった。

彼女の名前はミリアーティ・グロブナー。

由緒正しきグロブナー公爵家の次女で年齢は18歳。

2週間前に見合いを申し込まれて今日初めて会う俺の見合い相手の女性だった。


「公爵令嬢殿…すまないが…俺はそもそも結婚する気はない。今回のお見合いも断る為に来たんだ」


「知っておりますわ!シリウス様は女性嫌いで結婚したくないと仰ってるって」


「だったらどうして?君ならもっと他にいい男を選べるし、俺でなくてもいいだろう?」


「いいえ。シリウス様ほど理想的な男性はいらっしゃいませんわ!」


きっぱりとはっきりと明確に彼女は言い切った。

この人は…俺が怖くないのだろうか…?真っ直ぐ俺を見つめる深緑色をした瞳。

目の前の女性は18歳という見た目通りだが、どうも醸し出す雰囲気は妙齢の女性のように感じる…。

まるで物知りな年寄りと話しているような感覚にさえなる。


「なぜだ?」


「私は大好きな小説を書いて自由気ままに生活したいのです」


「それがどうして契約結婚になるんだ?」


「私も結婚したくないからですわ。それなら結婚したくない者同士、契約を結んで結婚すればお互いの為になると思いませんか?」


「確かに…一理あるな」


「結婚さえしてしまえばもう誰も、シリウス様に結婚しろとは言いませんし、煩わしいお付き合いもしなくて済みますよ」


「なるほど…」


「でしょう?しかも!!シリウス様は王国騎士団団長で優秀。おまけにイケメンで身長が高くてスタイルもいい!これほど旦那様にピッタリな方はいらっしゃいませんわ!」


「いけめん?ちょっと…何を言っているのか…」


「私は結婚さえできれば後は何も求めません。私が求めているのは小説を自由に書くことです」


「なるほど…。それでは愛情は無くてもいいと?」


「ええ。必要ありませんわ」


これもきっぱりとはっきり…明瞭に返事を返してきた。しかもまたにこやかな笑顔で。

何なんだ彼女は?

自分が自由に小説を書きたいがために、愛のない結婚をしようという…。

全くもって正気の沙汰じゃない。

だが…。これまで会ってきた女性とは全く違う。

打算的に近づいて来ようとしたり猫なで声で甘えてくるようなことはしない…。

何というか…。ビジネスとして話しているような感覚だった。


「それに!シリウス様は伝説の魔獣と契約なさっているのでしょう!ぜひその魔獣を間近で見たいと思ってたんです」


「公爵令嬢殿…。少し落ち着いてくれ」


目を輝かせながらマシンガントークで攻め立ててくる公爵令嬢…。令嬢だよな?

どうやら話をよく聞くと彼女は結婚に全く興味がなく、公爵家の次女の為後継ぎ問題もない。

ただ父親がどうしても結婚を望むため結婚するのだそうだ。

その為結婚さえしてしまえばあとは自由に生活でき、自由に小説を書くことが出来る。

だからお互いメリットのある者同士が条件を出し合って結婚するのが理想だと言っている。

つまりは俺は女除けの為に。彼女は趣味に没頭するために結婚するという話だった。


『ブハハハ!この小さき女子おなごはおもしろな!シリウス』


『ペンドラゴン!勝手に出てくるな!」』


『まぁ!このお方が伝説の魔獣…ペンドラゴン様ですね』


俺達の会話を聞いていた契約魔獣が勝手に出てきてしまった。

しまった…!!!ペンドラゴンは炎を司るドラゴンの魔獣。

五大魔獣の一角を担っている魔獣だ。

真っ赤な鱗に覆われた大きな体に、鋭くとがった牙。何もかも見透かすような瞳。

普通の人が見たら気絶するか悲鳴を上げて逃げ出してしまうくらい恐ろしい魔獣だった…。


あろうことかペンドラゴンは人間の姿ではなくドラゴンの姿で現れた。

俺は慌てて立ち上がり彼を退かせようとした。

このままでは公爵令嬢殿が怖がってしまう!!

が…。


『きゃー!!!素敵です!お目にかかれるなんて光栄です!この硬そうな鱗!それに大きな翼にしっぽ!ふむふむ…こんな風になってるんですね…』


彼女は全く恐れることなくペンドラゴンに近づき、どこからともなくだしあ

スケッチブックを片手に何やら懸命に書いていた。

怖くないのか…?あの五大魔獣だぞ…?

俺は驚きのあまり口を開けてその場で固まってしまった。


『ブハハハ!ますます気に入ったぞ女子おなごよ!大した度胸だ。我に触ることを許可する』


『本当ですか!!ありがとうございます!では…さっそく』


あの人嫌いのペンドラゴンを一瞬で虜にしてしまった…。

彼女はいったい何者なんだ?

今まで出会ったどんな女性とも違う。こんな人は初めて会った…。


だが…彼女のような人なら結婚してもいいかもしれない。

もういい加減、お見合いにはうんざりしていたころだった。

俺は楽しそうにペンドラゴンに触れている彼女を見つめながらそう考えていた。


『さて…シリウス様。私と契約結婚して頂けますか?』


『ああ。ミリアーティ嬢。君と契約結婚しよう』


『わぁ!ありがとうございます。では早速来週にでもお互いの条件を出し合いましょう』


『分かった。ではまた来週にこちらに伺うとしよう』


『はい。ではまた。ペンドラゴン様も、またお会いできるのを楽しみにしております』


『うむ。小さき女子おなごよ。我も楽しみにしておるぞ』


それだけ言うと、大きな体のペンドラゴンは俺の影の中に入って消えた。

全く勝手に出てきて勝手に話して、勝手に戻りやがって…。

相変わらず俺の契約魔獣は自己中心的で困る。

俺は帰りの馬車に乗りながら彼を窘めた。


『ペンドラゴン。勝手に出てくるなと言っていただろう!』


『ブハハハ!気にするなシリウ!我はどうしてもあの小さき女子と話がしてみたくてな』


『珍しいな…。お前がそこまで言うなんて』


『うむ…。あの女子はいい女だ。我やシリウスにも物怖じ一つせん』


『確かにな…。あんな女性は初めてだな』


そう…。彼女は今までに会ったことのない初めてのタイプの女性だった。

ここに来るまではげんなりした気持ちだったが、不思議と彼女との会話は心地いい。

むしろいつもより多く話している。

しかも…初見でシリウスがあそこまで懐くとは…。侮れない人だと感じた。


『しかも…あの女子、【精霊の庇護者】だぞ…』


『なんだって?本当か!』


『間違いない。あの女子のマナは普通の人間とは次元が違う…しかも匂いを嗅いだだけだが、相当な数の精霊と契約しているぞ』


『嘘だろ…。そんな事が…』


【精霊の庇護者】


精霊に守られ愛されるべき存在。

どんな精霊でも契約することが出来き、この世の全てを手に入れることが出来ると言われている。

末恐ろしい能力だった。

数百年に一人しか生まれず、精霊の庇護者が生まれた国は繁栄が約束されるという…。

俺よりも伝説級の能力だ。そんな人が…この世に存在するなんて。


『だから…そなたとは合うかもしれん』


『ペンドラゴン…。俺には無理だよ絶対に』


『何を言う…。まだまだ赤ん坊のくせに…生意気な』


『俺は25だ。もういい大人だよ』


『ふん!我から見れば産まれたての赤子同然よ』


1000年も生きると言われているドラゴンに言われくない…。

彼らから見れば人間なんてちっぽけな存在なんだろうけど。


『あれだけの力を持ちながら、あれだけの無欲…貴重な存在よの』


『確かにな…。小説を書ければそれでいいと言っていたか…』


『しかもお前の愛情はいらぬという…。あの女子も訳アリだのう。ブハハハ!』


『何が面白いんだよ!ペンドラゴン』


『面白いではないか!無欲な【精霊の庇護者】と我と契約したそのなた…。実に面白い組み合わせだ』


『はぁ…。でもお前が気に入ってくれるなら願ったりかなったりだな…』


『そうだろう!そうであろうとも。我は本来人間が大嫌いだからな!ブハハハ!』


ペンドラゴンは長い間誰とも契約せずに一人を貫いているドラゴンだ。

理由は人間が嫌いだから。

だが俺はなぜか知らないが気に入られ、契約することが出来た。

理由はいまだに聞いても教えて貰えていない。

お見合い相手を突っぱねていたのは半分はペンドラゴンが理由だった。


会うたびに、やれあの女子はしゃべり方が気に入らないだの

化粧がケバすぎるだの、爪が長すぎるだの…。

ありとあらゆる理由を付けては俺に断るよう進言してくる。

もともと俺も結婚する気がないからその通りにしているんだが…。


そのペンドラゴンが一瞬で気に入った女性。ミリアーティ・ブログナー。

とても不思議な人だ…。

あの深い緑の瞳には何が見えているのだろう…。

次に会うときに聞いてみようか。そしたら彼女は何と答えるんだろうか…。

俺はそんな事を考えながら、窓の外に目をやった。

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