第24話 演技いたします!



 依頼の日の火曜日、私が出勤した頃には、すでに店に琴さんがいた。


ちょっと裏を通っただけなのに、きっと睨まれる。一層鋭く憎悪がこもっているような気がした。


土日月の三日間かけて怒りが熟成されてしまったのかもしれない。ちょうど駒形さんが調理していた熟成肉のワイン煮込みのように。


「これ持っていってもらえる? 西園寺さんのところ」


私はちょっと怖気付きながらも、皿を受け取る。カウンターの上から渡すのはいらぬ怒りを買いそうで、ホールまで回った。


いくつか色の違うプチトマトを焼いたものとフレッシュチーズが混ぜ合わせられた、カプレーゼ。それからオリーブの漬物。


すぐに、イタリアンの前菜・アンティパストだと気づいた。


この間行った店のメニューから取り入れたのだろうか。普通のカプレーゼはあったけれど、こう見た目にも面白いものは、前にはなかったメニューだ。


「なによ、一人で前菜か〜って惨めにでも思った?」

「い、いえ、なにも!」


滅相もない。というよりは、あんまり関わっていると精神がすり減りそうだ。私は、すぐにカウンター奥へと引っ込んで、別の仕事に従事した。


閉店の十時まで、たっぷり四時間超。琴さんはワインやらビールを、ちびちびと飲み続けた。さながらイタリアンのコースを楽しむように、自分で順番を決めて注文をしていた。時々挟んだフライドポテトの他は、順番も違えない。


「子どもっぽい、とか思ったでしょ」


いえ、と私はその頃にはもうきつい口調に慣れてしまって言う。

少し思ったけれど、二十歳なのだから別に子どもっぽくてもいい。むしろイタリアンの順番を知っている二十歳なんてそうはいないと思う。


「この間同伴で、客と出勤前にご飯食べたんだけど、そこのフレンチがね」


と、たまにキッチンから出てきた駒形さんに嬉しそうに話していたことから察するに、接待飲食の仕事をしていたら、それくらいの知識が自然と身につくのかもしれない。少し洒落たカフェに行くことにさえ緊張していた私の大学時代と比べたら大違いだ。


琴さんがラストオーダーに頼んだドルチェは、前にも注文していた「白いちごのパンナコッタ」だった。あれから、私はまだ口にしていない代物だ。


これには琴さんも表情が崩れる。ナチュラルに出た笑みだった。駒形さんに向ける時のような、媚びた感じもしない。この方が可愛いのに、と思った。


「あんまり待たせないでね。明日学校早いの」


前回は今野さんがいたけれど、今日の締め作業は、私と駒形さんの二人だ。


依頼人を長く待たせるわけにもいかない。私はせっせとキッチン内の掃除、布巾のハイター漬け、とやる。私がほうきを取りに倉庫へと入ったところで、外からノックがあった。


どうぞ、と言うと駒形さんだった。というか、そうでなかったら怖い。


「……私がつまみ食いでもしてると思いました?」

「ははっ、まさか。でも白いちごによだれ垂らしそうになってたのは知ってる」

「なっ、そこまでじゃないです!」


わざわざそんなことを冷やかすために来たのだろうか。


「そうだね、分かってるよ。ちゃんと話があってきたんだ」


いや、違うようだ。


「今日の依頼のことなんだけど……、彼女をストーカーしてる人はいないと思う」

「えっ、どういうことですか、前に人影は見たって言ってませんでしたっけ。野良猫との見間違えだったんですか?」

「ううん、正確には人影は見たけど、ストーカーじゃなかったってこと。いやでも一般人ではないから、ストーカーもどき……?」

「もどきでもダメなんじゃないでしょうか」


まがいだとしても、許されることではないだろう。


「普通はね。でも、この場合ちょっと普通通りじゃないかも。悪いのは、別にいるみたい」


表現が遠回りでよくわからない。問い返すと、彼は私の耳元に顔を寄せて、衝撃の事実を囁いた。耳元での低く男性らしい声、そして仰天の内容。ダブルの刺激にショックを食らって、私は駒形さんを前に棒立ちになる。


「そこで一つお願いがあるんだけど、いいかな」


この流れは、もう何回めかのやつだ。


「なんの演技をしましょうか」


私は理解して、先んじる。すると、駒形さんは出し抜かれたようで、ははっと爽やかに笑った。


「うん、話が早くて助かるよ。俺が偽のストーカーになるから、本当にストーカーがいるように、そう振る舞ってくれないかな。できるだけ西園寺さんに恐がってもらえるように」


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