第25話 大立ち回り!



私と琴さんは、前回と同様、二人で彼女の家路につく。一応設定は前と同じ仲良し二人組の女子、だがもちろん実際には違う。


道すがら、不平は次々に繰り出された。


「今日も遅刻してたわね。それと、琴のところに持ってくるときだけ丁寧すぎる。おべっか使っても無駄よ、どっちにしてもムカつくもの」


だが、言葉の刃はもう私にかすり傷もつけない。


なぜなら、もう演技に入っているからだ。そういう設定の役だと思えば、苦にもならない。いわば無敵モードになっていた。


「今日は出るかしらね、ストーカー。最近は毎日だけど……」


駒形さんが言うのだから、きっとストーカーはいない。

だが、琴さんはいないはずのストーカーを警戒して、落ち着きがなかった。少なくとも、そういう風に見せている。


私としては、ここから彼女を本気で怖がらせなくてはいけない。

ストーカー役を駒形さんがやって、私は怖がる方、と言う配役だ。あんな格好いいストーカーがいたら、被害者によっては嬉しいかもしれない。少なくとも琴さんは、悪くは思わないはずだ。


「き、今日はいないわね」

「そうですね! 安心安全なんじゃないでしょうか」


前と後に差をつければ、恐怖が増すのはお約束だ。私は溌剌として、安全を訴えておく。


「コンビニでなにか買っていきます? おごりますよ」

「なんなのよ、あんた……。もしかして文句言われて興奮する側の人? 変わってるわね。いらないわ」


なんとでも言うがいい、変でいえば琴さんの方がよっぽど変わっている。

合図があるのは、前に買い出しをしたコンビニの前を曲がって、五十メートルという話だった。


そういえば合図ってなんだろう。メッセージの受信は見ておいたほうがいいかもしれない。


角の前、私がスマホを取り出そうとしていると、なにかを踏んづけた。しゃがんで見てみると、ネクタイ、それも「蔵前処」の男用制服のものだ。


「なによ、それ。汚いから、道端のもの拾わないで貰える?」


駒形さんがわざとやったのだろう。


だけど、土まで付いて本物らしい。なかなか本格的なことをするものだ、あの探偵は役者にも向いてるかもしれない。


にっと笑ってしまいそうになるのを抑えて、私は手を震わせる。前歯を小刻みにかたかたと鳴らし、縋るように琴さんをしゃがんだまま見上げる。


「……これ、駒形さんのだ」

「は? なに言ってんの」

「これ、駒形さんがつけてたネクタイなんです! 店のロゴも入ってるから間違いなくて」


あたふたと立ち上がり、身体を横に振って周りを見る。もちろん、いないのだけど。


「もしかしてそのストーカーになにかされたのかも……」


わなわなと声も震わせる。まだ琴さんは、戸惑いの方が優っているようだ。ならば、畳み掛けるしかない。


その数歩先、またしゃがんでひゃっと声を上げて尻餅をつく。住民には聞こえないくらいの塩梅。


「ぽ、ボタンが……! これもうちの制服……」

「な、な、なんなのよ?! 聡が誰かに襲われたっていうの!? こ、琴のストーカーが!? は? いやそんなのいるわけ……」


悪くない反応だ。嘘のメッキが剥がれかけている。

後方で、鉄がこすれるような物音がした。駒形さんがやったのか、生活音なのかは分からない。けれどもうどんなに些細でも無関係でも、あらゆる音が彼女の中にはストーカーのそれに思えるに違いなかった。


私は恐怖に身震いするさまを装って、彼女の後ろを指差す。汗まではかけないけれど、蒼白の表情で。


「琴さん、逃げっ、逃げよう!」


振り絞った声で言って、乱暴に彼女の手を取った。


「な、誰もいないじゃないっ!!」

「いたんです、隠れただけ!!」


住宅街を彼女の家の方角へ走る。今度は、進行方向でガシャと自転車が倒されるような音がした。ほとんど同時に近所から、靴音が響きだす。駒形さんのものだろう。それは徐々に早くなっていって


「……な、な、なによ。ちょっと! いやっ」

「分かりません、どうしよう……。とりあえずこっちへ!」


いよいよホラー映画だ。


私はラストシーン、つまりは仕上げへと向かう。誘い込むのは私の家の方と決まっていた。勝手も知っているし、この道は袋小路なのだ。


「い、行き止まり!? ちょっとあんたなにしてんの!」

「隠れられると思って! 文句言ってる場合じゃ…………来る」

「え? なによ、やめて」


一度足音がやんで、訪れるは静寂。そこにゆっくりとされど一音一音重くなるように足音が近づいてくる。


その人は、パーカーの帽子を深々と被りジーンズ、それらしい格好に扮してまでいた。


だが、すぐに駒形さんと分かる。たたずまいが、既に優雅だから。ただもう琴さんは下を見て、頭を抱え込むばかりだった。駒形さんの高い身長が作る影しか見えていなかったのだろう。


「だ、誰か! 助けて! きゃっ──」


叫びが叫びになる前、私は彼女の口を押さえる。駒形さんはパーカーのかぶりを脱いで、蹲踞の姿勢に腰を下ろした。


「西園寺さん、大丈夫ですか」

「…………さ、さ、聡……?」

「えぇ、俺です。説明してもらいましょうか、どういうわけか」


顔は笑っていたけれど、その笑みには光がなかった。さすがの駒形さんにも、堪忍袋の尾があるようだ。


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