第22話 駒形さんは魔法使い?


「男の人入れるのって初めてかも。結構緊張するわね」


と、家に入った第一声で、琴さんは猫なで声で言った。


絶対嘘、と思うのは醜いひがみのせいだろうか。廊下を渡りながら、入り浸っているであろう男の証拠を探そうとしかけて、やめた。それでは性格が悪すぎる。


部屋は、1Kの間取りをしていた。最初の依頼人である加奈さんの家よりは狭いが、バストイレ別で私の家よりはずっと物もある。


ローテーブルを囲んで、何気のない、表面的な話をする。駒形さんに対しては、見事に猫を被っていた。

それも野良猫ではなく、飼い慣らされたミヌエット。声のトーンも違えば、目遣いも私に対するそれとは別人かのよう。


「少し、お手洗いを借りますね」


だが、まだお酒に手をつけないうちに、駒形さんが席を外した途端に


「あんたいなかったらなぁ、もう琴のものだったのに。お酒も強いのあったし、流れで押し倒してたら余裕だったなぁ」


どす黒い声とともに覗くは暗黒面と、獣むき出しの牙だ。


「……そういうのって、どうかと思います」


本当、腹黒いったらない。女同士でももう少し控えた方がいいと思う。さすがに、苦言を呈してしまった。友達いないんじゃないの、と言いかけたが、私にもいなかったのでそれは控えた。


「何様のつもりよ、私の勝手でしょ」

「そうですけど、相手がどう考えてるかも知らないで、その、襲おうとするなんて」

「あんたいくつ? スーツなんだからもう学生じゃないでしょ。私まだ二十なの、ちょっとくらい若さ使ったってバチ当たらないわ」


開き直りまでできるとは、これも若さの強みなのか。私がなにか言う前に、琴さんはまくし立てる。


「大体、聡のこと、あんたはなにか知ってるわけ? 私はなーんでも知ってるわよ。中学校・高校、大学がどこかも。他には、そうね。実家は浅草でも有名な高級お寿司やさん、ってこととかね。お店でたくさん話してきたもの。あんたは?」

「…………それは知りませんでしたけど」

「でしょ? なら、今のうちに帰ってくれてもいいわよ。よく知ってる者同士、あとは二人でよろしくやっとくから。荷物まとめてあげよっか」


勝ち誇ったよう、彼女はもう私のかばんを掴んでいた。


「ん、ほら早く持って。重い」


肉食動物が獲物を襲う直前、といったドスのきいた声で言う。口げんかを少しでも挑もうとしていた時点で負けていた。その圧力に屈して、獲物たる私は仕方なく手を伸ばしかけていたら、駒形さんがハンカチで手を拭きながら戻ってくる。


「汐見さん、帰ろうか」


……はい? と、私は本日二度目のフリーズをしてしまった。琴さんも凍りついている。捕食現場に、飼い主が現れた感じだ。


「すいません、西園寺さん。俺たち、朝一でどうしても外せない仕入れがありまして」

「……あ、あら、そうなの」


琴さんは、すっかり飼い猫に戻っていた。声が大人しく、慎ましい。


「えぇ、思い出すのが遅れて申し訳ありません」


嘘だ、そんなものはない。助けてくれた? でも、それならそもそも家に入っていなければいい。


「ストーカー調査ですが、次は月曜日でいいでしょうか」

「……火曜日の方がいいわ」


ではそのの同じ時間に、と話がまとまる。


「帰るよ、汐見さん」


駒形さんの一連の言動が、私にはよく分からなかった。

琴さんの家から私の家は、ものの一分足らず。なぜと聞ければ良かったのだけど、そういえば部屋のレイアウトの件も、とお題選びに手間取っていたら、どちらも聞けずに「仲いいんですね」と嫌みったらしい無駄な失言までしまって、私としては最悪の別れ際。


「明後日、もし暇ならどこかランチにいかない?」

「……はい?」


三度目の硬直をさせられた。三度目にして、ついに声になった。今日の駒形さんは氷の魔法つかいなのかもしれない。


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