第20話 お話し聞いてみたら、なんか感じが悪いかも…。



いつからか正確には分からないらしい。


ただ人に見られているような感覚を覚えたのは一週間前のこと。大学からバイト先への道中のことだったそうだ。コンビニでお茶を買って出てきた時に、ふいと物陰から視線を感じたらしい。

ただ気になって確認しにいくと、誰もいない。


「バイトはなにをされてるんです?」

「琴、ガールズバーで働いてるの。あれよ、本当に健全なところ。接触なしで、おしゃべりするバーみたいなものよ。お金の入りが効率いいから」


普通に考えれば、お客さんという線もありそうだが。


「キャバクラと制度は近いんだけど、うちのバー、指名制があるの。でも私を指名してくれる常連さんは、違うみたい」


と言うのも、お店に来るメイン客は年齢層が高いようで、三十後半からがほとんどなのだとか。琴さんの「囲っている」(こんな呼び方をするらしい)お客さんも、その層だそう。


十人中七人は未婚、あとはクズ。未婚の方はクズではないが世間知らずの粘着質。こう「囲っている」客へ評定を下して、琴さんは、苦い薬が喉元で溶け残ったような渋い顔をする。嘘か本当かは知るよしもないが、仕事を好きでやっているわけではないのはよく分かった。


ともかく、客ではなさそうだ。さっき逃げて行った男の人は、もっと若そうに、ちょうど彼女と同じくらいに見えた。


「それに、あの客たちにはそんなマネ無理よ」


だから、わざわざお金落としてくれるの。営業のメール一通で喜ぶし。

そのお客さんが聞いたら失神してしまいそうな明け透けな発言を連発して、琴さんは笑う。べったり乗ったリップが、今どきっぽいなと思った。私には体得しえない、攻撃的な可愛さを誇っている。


「えっと、……警察には連絡してるんでしょうか」


私は防御の姿勢、両肘を抱えながら言う。


「ううん。だってまだ琴の気のせいかもしれないし、それに確証もなにか盗まれたみたいな直接的な被害もないのよ。それくらいじゃ動いてくれないわ。基本、やることが陰湿なのよ。今日だってなにかされたわけじゃないわ」

「じゃあ、どうして気づいたんですか……?」

「注文履歴。見てもらえたりできる?」


はい、と駒形さんはにっこり笑って、その要望を受けた。ついでに教えておくよ、と私を連れてレジ台へ。琴さんの目つきが一層キツくなった気がした。ちょっと身のすくむ思いがする。


ショートカットキーが設定してあるらしく少ないタイピングで、会計履歴が一覧で表示された。サーモンのマリネ、ポテトフライ、ミートグラタン、白いちごのパンナコッタ──。


そこに、間を空けてではあるが、全く同じ並びを発見した。


「同じ注文してきてたのよ。全部、琴が頼んでからの後追いよ。だから、あいつかもって」


注文を受けている時は、恥ずかしながら全く気づかなかった。


「鈍いのよ、あんたもあの小さい店員も。聡だったら捕まえられたかなぁ」


率直に「鈍い」と言われるとなかなか堪えるものがある。やっぱり攻撃性が高く、とげとげしい。


「いえ、俺もこれだとその場で気づくのは難しいかもしれません。時間の空け方もばらばらで不自然さがない」

「…………そう。なら、そうなのね」


だが、駒形さんを相手にすると、そのカドはなりをひそめる。

そのわけは、なんとなく私にも分かってしまったが、口にできることじゃないし、できれば気にしたくもなかった。


「……あ。でも帰り道なら、もしかしたら捕まえられるかも。最近は気配感じないことがないの。今日はちょっと酔ってるしぃ、琴危ないかも。聡、同行してくれない?」


アフターじゃないわよ、と彼女は長いまつげでウインクを決めた。そしてなんと、両手の小指と親指で挟むように、駒形さんの袖をつかむ。もしかして普段の仕事のクセもあるのかもしれない。


だが、駒形さんは冷静にそれを引き離して、流れるようにいなした。スマートな大人の対応だった、カップル扱いに頬を染めていた人とは思えない。きっちり仕事モードのようだ。


「えぇ同行は構いませんが……。汐見さん、少し遅くなるけど明日の予定とか大丈夫?」

「はい、特にはありません」


明日は土曜日だ。学校事務の仕事は休みだし、「蔵前処」でのバイトも駒形さんから強制休暇が課されていた。


「琴、聡が来てくれればそれでいいんだけど?」

「そういうわけには。俺たちは、二人で探偵ですので」


二人で。


ぽわっと行灯がやってきたように、心があたたかくなる。琴さんのきつい言葉に、知らぬ間に溝を深くしていた胸の傷が、癒えていくような心地がした。



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