第14話 実際作ってみたけど……。


店へと戻って、閉店後の十時すぎ。店のシャッターを下ろすと、駒形さんはボウルに卵を溶き始めた。そこへ中力粉を入れて、牛乳を少しずつ加えながらホイッパーで混ぜ合わせていく。


ケーキのスポンジ生地のような材料だ、しゃこしゃこと鳴るボウルの音をBGMに、うつけて眺めていたら


「ヨークシャープディングねぇ、聞いたこともないな〜」


柴犬、もとい今野さんがぬっと私の後ろから顔を覗かせた。


「汐見ちゃんはあった? まぁ普通ないか〜。というか砂糖入れないんだね」

「そ、そうみたいですね」

「そんな肩すくめないでよ。同い年なんだし敬語はやめて、もっと友達感覚でいこうよ、ゆるりとさー」


気を許した覚えもないのにあまりにフレンドリーすぎるし、緩すぎる。そして距離感も近い。


だが、別に嫌な感じはしないのが不思議だった。本当に前世は犬なんじゃなかろうか、その癒しのオーラが出ているとか。


「聡先輩。金型、ひまわり油塗って温めといたよ。オーブンも余熱してるからね〜。あとローストビーフは、厚めに切っといた」

「ありがとう、寅次郎」


料理人二人がかり、作業はとんとん拍子に進んでいく。調理に、私の出る幕はない。


生地を絞りでカップケーキの金型に流し、オーブンで焼くこと二十分、出てきた時には立派に膨れ上がっていた。真ん中だけが少し窪んでいる。揚げドーナツとマフィンの中間、そんな見た目をしていた。香りも悪くない。


たしかに美味しそうなのだが、今野さんが言っていたように、砂糖は入っていないのだ。


「興味津々って目してるね。味見してみる?」

「す、すいません」


なんだか駒形さんの中で、私の大食らい女子なイメージが出来上がっていっている気がするが、気になるものは気になる。貰った焼き立ての一つを、少しは女子らしくと小さくちぎって、一口。


食感はシュー皮という例えが一番しっくりきた。外はさっくり、中はもちっと柔らかい。が、味はといえば、素朴な素材の味としか形容できない。


「ちょっと意地悪したな、ごめん。さっきも言ったけど、これはローストビーフの付け合わせなんだ。だからこうして」


駒形さんは平たい皿を取ると、肉とプディングを盛り付ける。その上から、フライパンでさっと作ったステーキソースを一周垂らしかけた。


「こんなもんかな」


ふぅと髪を吹き上げる駒形さん。

これで完成らしいが、素人目にはデザートとメインディッシュがワンプレートになっているようで、少し変な感じがする。


「今日の賄い、これでいいかな。二人とも」


私は、はいと返事をする。が、今野さんは不服そうに「これ美味しいの?」と首を傾げていた。


「まぁ食べれば分かるよ。イギリスの味、って偏見は捨ててみるのも勉強になるんじゃない?」

「まぁ聡先輩が作ったものだし外れないか〜」


だが、すぐに折れる。駒形さんの腕に全幅の信頼を置きたくなる気持ちは、よく分かった。三人、カウンター席に並ぶ。


「いただきまーす」


真ん中で今野さんが呑気にいう横、私も小さく復唱して、またプディングをひと齧り。赤ワインベースのソースが生地の隙間によく染みて、さっきよりはずっと美味しい。


が、これだけで食べると、やはり物足りない気がする。塩っ気も香り高さも、プディングというよりはソースから漂っている。


「これがスタンダードなんだけど、違うとなると……やっぱり砂糖?」


駒形さんは、味を確かめるように、ゆっくり噛む。

腕のいい料理人は、舌も冴えていると聞いたことがある。すぐに材料を言い当てることもあるかもしれない、と思ったのだが、どうも分からないといった様子だった。眉間に少ししわが寄っている。首をかしげつつ早々に箸を置くと、ちょっと考えてくる、と倉庫へ姿を消した。


また、私は今野さんと二人になった。

あまりよく知らない人と会話がないというのは、私にとって結構いたたまれない。沈黙が肌にびしびし刺さってくる感じがする。


が、彼はそんな空気を感じる柄ではなさそうだった。たとえば大勢の気まずい空気の中にいても、何食わぬ顔でいられるタイプだ。


偉い人の前で、ガムを噛めちゃう人。私が敏感なら、彼は鈍感そう。


「聡先輩あぁ見えて真面目だよね〜。あの倉庫、一人になりたいときいつも籠もるんだよ」


ひとりごとのように呟きながら、口をもごもごと動かす。

名前に先輩づけ。そういえば、二人はどんな関係なのだろう。空白を満たす話題としてもちょうどいい。


「二人はその、先輩後輩なんですか?」

「ん、そうだよ。聡先輩とは大学の時、調理学校で知り合ったんだよね〜」

「調理学校、ですか。調理師免許の?」


「うん。通ったら、免許が取れるってやつ。そこで仲良くなったんだ。聡先輩は夜間のみコースだったけどね。昼は四年制の大学行ってたみたい」

「へぇダブルスクール……」


「すごいよねー、その時点で。でももっと凄かったのは料理の腕。和食、とくに魚捌きなんて、先生よりうまい時もあったな〜。調理師免許なんか取る必要ないんじゃないか、って思ったもん。それで惚れ込んじゃったわけ、僕。お店を出すって言うから、頼み込んで入れて貰ったんだ」


想像が簡単にできた。平然と鼻歌でも歌いながら、無自覚に先生を圧倒してしまっている光景が。


できる人は、昔から頭抜けているらしい。そして、凄いだけの努力もしていたようだ。ダブルスクールなんて考えられない。私は劇の公演が近づくと、学校をずる休みしてしまうことが何度かあった。


「気になるー? 聡先輩の学校エピソード!」

「えっと、じゃあ……はい」

「じゃあお肉一枚くれたら、って条件ね。あとはー、呼び捨てにしてっていうのと、それから──」


取引のバランスがおかしくないだろうか。だが全て大したことではないのでその積み上がり終わるのを待っていたら、


「なんかいらないこと話してないか、寅次郎」

「ちぇばれたか〜」


当人が出てきて、トレードは決裂となった。


惜しかったなと、少し思った。学生の頃の駒形さんは、どんな風だったのだろう。少しは子どもっぽい部分もあったりしたのだろうか。


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