第5話 けんさやき

なんでも全く食べなくなったのだという。

毎日のようにリクエストを聞いても、メインが米ではなく麺ものばかりらしい。


初めの頃は、個人的ブームかなにか、そういう時期なんだろうと思っていたが、同棲を開始して二週間が経っても、一切口にしないから、これはおかしいとなったそうだ。


「別々に住んでた時は、彼の家にしょっちゅう遊びに行って、しょうが焼きとか肉じゃがとか、ごはん物の料理作ってあげたんだけどなぁ。お米、二人で三合も炊いてさ」


つい箸が進みすぎてしまうから避けているのではないだろうか。

ダイエットかなにかじゃ? 単にそう思ったのだが、


「別に糖質制限してるわけじゃなさそうなんだよねぇ。家でだけ、なぜか食べないんだ」


そうではないらしい。


加奈さんは、私たち二人に、彼氏さんのインスタグラムを見せてくれる。


ランチタイムに行ったお店の投稿に凝っているらしく、一覧にはずらりと料理の写真が並んでいた。


そこには確かに、白米が写り込んでいる。なになら、比率はラーメンやパスタ、ピザといった小麦系の料理よりダントツで高い。


痩せるためには天敵ともいえるとんかつや唐揚げが、とくに多く目についた。


「そもそもお米が大好きなんだ、うちの彼。実家が農家で、結構広い田んぼ持ってるんだって。お米には困らないっていつも言ってた。これも別々に住んでた時の話だけど、甘い味噌の乗った焼きおにぎり、よく夜食に作ってくれたんだ〜」


それも写真があるらしく、加奈さんは写真フォルダを探りだす。

が、整理はできていないようで、スライドを繰り返しても、なかなか見つからない。


「もしかして、彼氏さんは北陸地方のご出身の方ですか?」


すると、駒形さんがこともなげに言った。

お米から連想したのだろうか? 

いや、そうだとしたら東北や北海道もある。


それに田んぼくらいなら、日本全国どこにでもあるだろう、田舎者の私からしたら大都会である東京でさえだ。


「えっそう! 新潟県だけど、どうして分かったの?! エスパー?」

「ははっ、俺はノーマルタイプです。その料理、『けんさ焼き』っていう北陸地方で食べられている郷土料理なんです」

「あっ、彼に聞いたことあるかも! 剣の先、で「けんさ」なんでしょ」

「よくご存じで。汐見さんは聞いたことあった?」

「……いえ、全然。なんで、剣先? イカは関係ないんですよね」


味噌と米。あまりそのまま食べ合わせたことはないが、美味しそうだなぁと朧げに思ったくらいだ。


「昔、かの有名な戦国武将・上杉謙信が、戦の最中、剣の先におにぎりを突き刺して焼いて食べたことが、名前の由来だとされてるんだ」


軽食や夜食として今でも親しまれている、新潟ではパフォーマンスとして刀のようなもので突き刺して提供する店もあるのだ、といくつか関連情報を教えてくれる。

分かりやすく、聞きやすい解説だった。


「まぁ名前よりも、美味しく食べられれば、それでいいんだけどね。すいません。山川さん、話の続きをお願いします」


それを最後は少し茶化して、こう締めくくる。

話慣れしていなければできない会話の回し方だ。そこらの大学教授よりうまいかもしれない。


「あぁ、うん。その「けんさ焼き」も食べなくなったんだよねー。お米か炊飯器がおかしいのかと思って、一人で食べてみたけど普通に美味しかったしさ〜。よく理由がわからないんだ」


うーんと加奈さんは悩ましそうに唸る。


一方の駒形さんはきょろきょろと首を振ってリビングルームを見ていた。なにか気になるものでもあったのだろうか。


「た、たしかに、それは不思議ですね」


代わりに、と私はここへ来てから、やっと数度目の言葉を発す。


「だよねぇ、私の料理が実はめっちゃまずいとか? 味覚がやばいとか!?」

「たぶん違うとは思いますけど……」


私の言葉を聞く前に、加奈さんは手近にあった飴を口へ放る。

私にも同じものを渡してきた。舐めろ、ということだろう。舌に乗せると、しっかり甘いぶどう味だった。


「ねぇ甘いよね、これ?」

「甘いです、ちゃんと」


よかった、と加奈さんはにっかり笑う。くしゃっと頬にしわがよるのが可愛いなと思った。


そうこうしているうちに、なにかを確かめ終えたらしい駒形さんはすくっと立ち上がる。


「失礼ですけど、俺と汐見さんにキッチン見せてもらえませんか? なにか手がかりがあるかもしれません」

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