「ロッシュの森、魔物、戦い」

 記憶を失った迷い人が目を覚ましたのと同時刻。

 ロッシュの森南東部。大樹の吹き抜けとは別の大穴。

 『石段』に所属する三人の冒険者が、森の外縁にある街道裏の洞窟の調査に訪れていた。


「アッキさーん、この穴ーなんだと思いますー?」

 そう、鈴の音のような声で叫ぶ少女の名はイーラ。

 大仰な鈴を下げた杖を持ち、白いフードのついたローブを纏った、桃色の髪の少女。


「それはあれだ、確か......あー、えっと......報告を受けてたんだが......」

 目の前に空いた大きな穴について聞かれ、言い淀むのは鉄兜の剣士。

 背中に一本の剣を背負い。腰には大きなナイフ。動きやすやを考慮しつつ、堅固な鎧に身を包んだ中背の剣士。


「街道西に地下水脈が地盤の柔らかいところを削った穴ができて、幾つかこういう穴が空いてるらしいから、そこから洞窟の魔物が這い出て来ないか、正確には幾つあるのか、洞窟の別の出口になり得るのかを調べる調査だと。ラーテンに聞いたでしょう」

 イーラと剣士に告げるもう一人の少女。名をマレウス。

 海色の髪、空のような瞳を持つ鉄の脚の少女。武器の類いを持っていない。蹄鉄と分厚いすね当ての下半身に比べて、上半は肩から小さなカバンをかけた、動きやすさを重視した、黒い布地の服に急所を守る為のプレートが掛けられただけの軽装である。


「そうだったか? この間の地震による森の魔物への影響の調査だとばっかり......が、しかしまあ、地下水脈があるのは確かなようだな」

 応えながら、剣士は穴を覗き込む。

 底は見えない。しかし辛うじて、剣士の耳は水の激しく流れる音を拾う。

「アッキさん、分かるんですかー?」

「ん? ああ、微かだが、激しい水の音が聞こえる」

「へぇーすごい、わたしには全然分かりませんー」

 剣士と同じように、イーラは穴の底を覗き込む。

 大きな穴。周りに生える大きな木を倒しても、橋渡すことはできないほどの穴がポッカリと空いている。その穴は大型の獣であろうと、先に空を飛んでいたドラゴンであろうと容易くのみ込むほどの大きさだ。

「イーラ、危ないぞ、足下気をつけろ」

 剣士がイーラのフードを掴み、ゆっくりと引いて後ろへ下がらせる。

「あ、どもー」

 まったく。と剣士は軽くため息をつく。慣れたことだが、イーラの緊張感の無さを剣士は気にしていた。

 簡単な依頼でさえない、石段による自主的な森の調査というありふれた仕事だが、ここはロッシュの森。狼や熊などの獣や魔物が多く生息する、エルフやドライアドさえいない魔物の森である。

 街道が近いとはいえ、人里や村があるような、人の住む森ではない。

 人が生きるには厳しい生存摂理。神にさえ見放された生物達の住処。

 人にとって魔物の棲む森というのは本来そういうものだ。


「まあ、近頃は魔物の目撃情報などないしな......」

 思い起こした不安を取り消すように、剣士が呟く。

 それに、鉄の脚のマレウスは切り出した。

「そうでもないわよ。この気配、魔物が近づいてる」

 マレウスの獣のように鋭い感覚が、その血が、魔物の接近を察知した。

 その言葉に対して、剣士の対応は迅速だった。

「マレウス、そのまま魔物の気配を探れ。イーラはいつも通り、マレウスの側から離れず後衛に徹してくれ、灯火魔法の準備も頼む」

 マレウスとイーラは剣士の指示通りに動く。ここまで、備えるまではいつもの通り。訓練、信頼によって作られた動きだ。

 ここからは経験、信用によって動く。魔物の正体が分からない以上、ここまでが今の剣士達の装備でできる精一杯だ。

「まっすぐと近づいて来ている。魔物め、恐らく私たちを初めから待っていたな」

「待ち伏せってことですか!?」

「今はいい、来るぞ......!」


 大きな穴に背を向ける形で、剣士達はマレウスの指し示した方角へ陣形をとる。

 木の影から、森の奥から、魔物がその姿を現す。


 角の生えた一対の馬頭。八ツ足と蹄(ひづめ)。舌に見える大量の瞳。

 ユニコーンであった獣。闇に澱んだ、死への情動。

 ――ヌゥバの眷属である。


 幸運にも、魔物は直ぐに仕掛けてはこない。

 剣士達の様子を見ている。

「化け物馬め。臭い息を洩らす......。よく気づかなかったものだ」

「うー、クサイー」

「ヤツアシのユニコーン、それもかなり大きい。簡単な相手ではないけど、どうする」

 マレウスが静かに、剣士とイーラに問う。ヤツアシに悟られないよう、しかし早く決めろと急かすように。

「今の、調査用の装備じゃ難しい。報告の為にも今すぐ逃げたいが......」

 剣士達は穴を背にしている。

 逃げ切るには、敵にも手傷を負わせる必要がある。ユニコーンは元は賢い獣である。それは魔物になっても変わらず、またユニコーンは他の獣より痛みを嫌う。

 それはユニコーンが自らの体に傷を作ることを嫌うからだ。ユニコーンは綺麗好きで乙女に好かれようとしているからだと言われている。


「足じゃまず適わん。森の中だろうが、ただ背を向けるのは自殺行為だ」

「提案しますー。あれ、穴におとしちゃうのはどうですー?」

 イーラの提案は成功。剣士はすぐさま計画を練る。

「イーラとマレウスは南の街道まで下がりつつ、離れた位置で援護、ヤツの注意が完全にワタシに向いたと判断したら全力で攻撃魔法を。位置取りはこちらでやる」

「分かった」

「でもーっ、それはー......」

「大丈夫、ぶちかませ」

「......わかりましたーっ!」

 二人が納得したのを見てから、剣士は背中の剣を抜く。

 その姿を見、魔物は卑しく口端を歪ませ嘶(いなな)く。


「行動開始ッ!」

 言うと同時に三人は同時に駆け出す。街道から、来た道の方角へとイーラ、マレウスが。魔物へと剣士が向かう。

 魔物は逃げる二人に狙いを向け、動き出す。

 その直線上を横切るよう、剣士が走る。

 魔物は弱いものから狙う。背中を向けたものから喰らうと判断した。

 作戦の第一段階は成功。

 剣士は全力で駆けた。短距離、ヤツアシの魔物より速く、イーラ達への直線上から、穴の反対側へ移動した。

 魔物の狭い視野に剣士の姿はない。ただ、より弱きものをすぐさま蹂躙するだけだ。

 まるで反復走である。直線上、穴と剣士、魔物が交差する瞬間、剣士は全力で切り返し全体重をかけて魔物に剣を突き刺す。

 攻撃成功。しかし剣は想定よりも深く突き刺さる。

 剣士の突進では、そう魔物を押すことは出来ない。深く剣を突き刺し、少し走行を崩す程度。しかしそれで充分であった。

 その攻撃により、魔物の意識は自らに傷を負わせた剣士のみ向く。

「イーラ――!!」

「ぶち当てますっ!」

 中空に描かれる一文字の灯火。その意味によって精霊達が騒ぎ出す。

『風の鉄槌』

 発動成功。圧縮された暴風が鉄槌の如く、イーラの振る杖に従い叩きつけられる。

 魔物に剣を突き刺す、剣士ごと。

「グ――ァッ!」

『■■ァ■■■ゥ■ゥ■■ェォ■■■■ォォ■■■■ェ■!!!!!』

 ――この戦いはこれで一区切り。

 魔物と剣士が穴へ落ちるという形で終わらせられる。

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