第27話「直談判」
シルヴィアが練習室に行くと、案の定使用中の部屋があった。
王城にも魔法を練習する為、防壁を設けた施設があるが、城内にマニーは連れ込めまいと校内の方に当たりを付けた。
遠慮なくドンドンとドアを叩く。苛立ち顔で出迎えた側近は迷惑そうな顔を浮かべたが、知った事ではない。
「シルヴィア嬢、今殿下は……」
「貴様には聞いていない。どけ!」
ドアに足を突っ込み、こじ開けて側近を突き飛ばす。
そのままずんずんと歩みを進め、驚くマリウスの眼前に立つ。
タオルを手渡していたマニーが、青ざめて後ろに下がる。
「殿下! 私のクリエンテスが襲撃を受けて負傷したのはご存じですね!?」
マリウスには見せたことのない剣幕で詰め寄ると、彼は眉をひそめた。
「聞いていないが……。ヤコブ! どう言う事だ!?」
控えていたヤコブは、叱責されて汗を流しながら、「大切な決闘を控えた殿下に、余計な心配をおかけするべきではないと……」と苦しい言い訳をする。
「ならば、私が知らない事で何か問題が起きれば、そなたが責任を取れると言うのだな?」
「いえっ、決してそのような事は……」
マリウスは、シルヴィアに向き直って「済まなかった。詳しく話を聞かせて欲しい」と頼む。
その姿は「いつもの殿下」で、彼女をわずかに安心させた。
「ふむ、つまり犯人は騎士団長の子息で、前後関係はまだ分かっていないと」
「はい。ただ、私が何故ここに来た理由と、彼が襲われて誰が利を得るのか。それを考えれば、殿下なら私が誰を怪しんでいるかお分かりかと思います」
マリウスは目を見開き、一瞬考えこむと、「だが、証拠がない」と曖昧な返答をした。
「分かっております。ですが、このままでは誰かが勘ぐるのは必定。それならしかるべき調査を進めて、事実を明らかにされるべきでは?」
「しかし……」
「殿下、こちらを」
ためらうマリウスに、ポーチからステック上の機材を取り出す。
一見ペンの様だが、パウダーの挿入口が付いている。
「殿下はご存じですよね? バスカヴィル家に伝わるアーティファクトです。一度だけ相手の嘘を見抜くことが出来ます。一度使うと1年間は使えませんが」
「しかし、それは……」
「ええ、分かった真実が濡れ衣だった場合、使用した者にはそれなりの制裁が待っています。ですが、私はそれだけの覚悟をもってここに参りました」
再びマリウスが長考する。
シルヴィアがたたみかけようとしたとき、ヤコブが言葉を遮った。
「随分と我々を目の敵にされるようですな。しかし、やましいことがあるのはシルヴィア嬢では? あのハルと言う男爵の息子、相当あなたに入れ込んでいるようでしたが、あなたも情にほだされて不義を……」
明確な侮辱だったが、ここで激高するような覚悟なら初めからここには来ない。
シルヴィアは既に彼らを同じ人間と見るのを止めている。
対等な存在でなければ、侮辱は成立しない。飛び回るハエをうるさいと思っても、侮辱されたとは誰も思わない。
「殿下、これが
マリウスが浮かべた苦悶の表情に、シルヴィアは凪いで行く自分の心を自覚した。
8年間。長いようで短かったなと、彼女は自嘲した。
「何を迷われるのです!? シルヴィア様は、殿下の一番大切なお方ではありませんか!?」
マニーが叫ぶ。
彼女が何を思ってマリウスに近づき、今更自分の味方をするのかは分からない。だが、それはもう
「私は……」
決断しない王太子に、シルヴィアは「お心は
「もうひとつ、お願いがあります。もし、明後日私が勝ったら、殿下との婚約を破棄して頂きたい」
マリウスの表情が驚愕に変わる。
だが、それさえシルヴィアの心を動かすことはなかった。
「待ってくれ! それは……」
「どうしても嫌だとおっしゃるなら、白い結婚で構いません。公務は協力致しましょう。お世継ぎはマニー嬢と御作りになればよろしいでしょう」
白い結婚。つまり、皇后として振る舞ってはやるが、心も体もくれてはやらない。そう言う意味だ。事実上の三下り半である。
立ちすくす
「やはりハル・クオンと不実を……!」と喚き散らすヤコブを冷たい目で見やり、手にしたアーティファクトを投げ渡した。
「くれてやる。もう必要ないしな」
受け取ったヤコブは、アーティファクトに視線を落とし、顔を真っ赤にする。
「こっ、これは偽物ではないか! 殿下! あの女は我らを
わめきたてる側近たちの声を背にして、シルヴィアは練習室を後にする。
あれだけ苦しんだのが嘘のように、晴れやかですらあった。
恐らく、これから大変ではある。
父は子煩悩だが、公爵家の利益を度外視する人間ではない。こうなった以上守ってはくれまい。上手く立ち回らなければならない。
だが、明日の決闘は行うつもりだ。
自分が勝って、マリウスから婚約破棄を宣言してもらわなければ、シルヴィアが我儘を通したことになる。実際その通りなので構わないが、父の名前に傷を付けるのは避けたい。
かといって、今から公爵家を頼る気は無い。父は関係修復を模索するだろうが、びりびりに破けた革袋をいくら繕っても、新たな穴から水が漏れるだけだ。
シルヴィア・バスカヴィルの恋は、もう終わったのだ。
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