第14話「忠犬の恋愛相談」
シルヴィアは、最初こそぽつりぽつりと想いを絞り出していたが、やがて熱がこもった言葉になっていった。
話し終わった時涙がにじんだ瞳で、「済まない。見苦しいものを見せてしまった」と詫びた。
ハルは、血まみれになるまで自分の胸を掻きむしりたい衝動に駆られた。上手く行っていないとは思っていた。それでも、ここまで彼女が辛い気持ちを貯めこんでいるとは知らなかった。
自分は、何も見えていなかった。何が恋愛相談だ!
唇を噛むハルの前で、エマがシルヴィアを抱きしめた。
「ごめんね。辛かったね。でもね、私少し怒ってるよ?」
「そうだな。ここまで問題が大きくなるまで状況を放置した私に責任がある」
気真面目に答えるシルヴィアの額に、エマは軽くデコピンして見せた。
「そうじゃないよ。そんなこと
シルヴィアは俯いてつぶやく。
「済まない。いや、ありがとう」
ハルは少しだけ、エマに嫉妬した。
「さっ、じゃあ次はハル君の番だよ!?」
「へっ? お、男の僕がその様な事をするわけには! 第一、身分差とか……」
もじもじと肩を揺らしながら視線を逸らすハルの態度に疑問符を浮かべていた二人は、エマがシルヴィアをハグしている事を言っていると気づき、爆笑した。
「あははは、そうじゃないよ! 恋愛相談でしょ?」
「くくっ、まったく、お前は変な所で抜けている」
ハルは真っ赤な顔で「失礼しました」と眼鏡を直し、顔を上げた。結局、ハルのやるべき事、いややりたい事は変わらない。シルヴィアの力になる事。ついでに故郷の生活が楽になるよう少しだけ力を借りる事が出来れば尚良い。
その為に、もう遠慮は捨てようと覚悟を決めた。今まで踏み込まなかった領域に足を踏み入れねばならない。それで彼女が怒り出したり煙たがったりすると思うのは、余りにも失礼ではないか。
「まず申し上げますが、僕は殿下に事情を直接伺った訳では無いので、何をお考えかは分かりません。その上で、ひとつだけ確認させてください」
シルヴィアが真剣な表情で頷いたのを確認して、一番大事な質問を投げかけた。本来は踏み込んではならない領域だ。
「それは国の為か、殿下自身の幸せの為かは分かりませんが。仮に殿下がシルヴィア様と婚約解消を望まれたら、その時はどうされますか?」
シルヴィアの瞳が苦悶にゆがむ。何か言いかけたエマは、ハルの顔つきから「覚悟」を感じ取って、言葉を飲み込んだ。
「もしその言葉が本意なら……。婚約解消が殿下の幸せなら、私はそれを受け入れる」
言い切ったシルヴィアの言葉は、ハルの期待したものだったが、それなのに心臓を鷲掴みされた様な苦痛を感じた。
(そこまで想われながら、殿下は何故……)
浮かび上がった戸惑いと憤りに鍵をかけて、無理やりに笑顔を浮かべた。
「では取るべき対応は1つです。ここは状況を凍結させるべきではありません。王宮の混乱が終息して、摂政殿下が解決に乗り出す前に方を付けるべきです」
前提条件を確認して同意を得ると、ハルは本題を切り出す。
「公爵閣下は、『未来の伴侶としての役目を果たせ』と仰ったのですね? 「王太子妃」ではなく「伴侶」と言ったのは、『将来の王太子妃としてではなく、シルヴィア様自身のお気持ちを伝えるべき』と言う意味だと思います」
シルヴィアはピンとこない様子で、憮然として言った。
「私は殿下に本心以外をお話しした事は無い」
「そうじゃないよ。ハル君は『マニーさんと近づくのは殿下の為にならない』じゃなくて、『他の女と仲良くするのを見るのは辛い』って言えばいいって言ってるの」
苦笑気味にエマが補足すると、シルヴィアの顔がかぁっと赤くなる。
「そ、その様な破廉恥な……」
見惚れそうな気持を押し殺し、ハルは念押しする。
「アイメッセージ、と言う言葉はご存じですか?」
シルヴィアはエマと顔を見合わせと首を振る。
「『これをしてはいけない』『あれは悪い事だ』と言う言い方は、実は相手を思っての言葉であっても、反発を呼ぶことが多いのです。それは忠告に見せかけて断定を押し付けている訳ですから。それが正しい事でも、意地になって受け入れてもらえない可能性があります」
「うっ」
シルヴィアの顔が強張る。おそらく思い当たる事は多いのだろう。いつもなら遠慮してしまう場面だが、既にハルは一線を越えていた。
「殿下は『分かっている』と答えられたそうですが、分かっている事を繰り返されれば、意固地になってしまうのも人の性です」
シルヴィアの瞳が見開かれる。自分の立場に置き換えてみて、自分の言葉がマリウスに届かなかった理由に思い至ったようだ。
「そこでアイメッセージなのです。『私は辛い』『私は悲しい』『私は心配している』。これならただ自分の気持ちを伝えているだけです。相手の考えを否定している訳では無いので、相手は受け入れやすくなる。シルヴィア様が自分の言葉をお伝えすれば、それが殿下を思ってのものだと分かって頂ける筈です」
そこまでして分かってくれない相手なら、こっちから見限ってしまえ。流石にそんな事を言う訳にはいかなかったが、半ば本気でそんな事を考えた。
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