第13話「公爵令嬢の恋」
バスカヴィル公爵家は結果主義と言うか、大らかと言うか、割と些事に頓着しない家系である。
年の離れた兄が嫡男として勉強に励む中、3人姉妹の末妹である彼女は、”良い意味で”放任された。
興味の向くまま本やら楽器やらスポーツやらに手を出し、直ぐに飽きて放り出す。父は「このままでは我儘に育ってしまう」と言う周囲の言葉を笑って聞き流した。
8歳の夏、父は休暇で避暑地へ行った帰り、公爵家が経営している音楽院へ寄った。
一通りの演奏を聴いて満足した後、父は一人の少女を紹介した。彼女は孤児院出身で、歌の才能が買われて音楽院へやってきた事や、街の音楽会で偉い先生の目に留まり嬉しかった事などを話してくれた。
シルヴィアは彼女が見せてくれた一冊の歌集に衝撃を受けた。それはもうボロボロで、ちょっと乱暴に扱えばバラバラになりそうな代物だったが、孤児院時代、近所の貸し本屋で痛んで処分される物を、頼み込んで格安で売って貰ったと言う。
それを見た瞬間、シルヴィアは何故父が自分を連れて来たかを悟った。
帰りの馬車で、父は言った。
「お前に勘違いしてほしくないのは、これからも色々な事に挑戦する気持ちは捨てて欲しくないと言う事だ。貴族の役目は平民と同じ苦労をする事じゃない。平民から託されたお金で勉強をして、経験を積んで、そこから得たものを使って彼らが幸せになる為に頑張る事だよ」
シルヴィアは、父の言葉を黙って受け止めた。
それから彼女は根気強くなった。合わないものでも少しだけ我慢して、放り出す前に何かしらを学ぼうとした。
特に剣術にのめり込んだが、他で学んだこと、放り出したことも好きな事に生かせると気づき。何もかもが楽しくなった。
マリウスとの婚約が決まったのは10歳の時だった。
周囲の令嬢たちはアクティブで型にはまらないシルヴィアを「粗野」だと陰口を叩き、よそよそしかったが、マリウスは彼女の剣を褒め、手合わせを頼み、一緒に体を動かした。
2人はすぐ意気投合した。
彼女は平民に生まれていたら、男の子たちと泥だらけになって遊んでいたかもしれない。
マリウスは100年に一人と言われた英才で、誰にでも分け隔てなく接する人格者。齢10歳で、国民からの期待を一身に受けていた。
シルヴィアがダンスを苦手だと知ると共に特訓し、マリウスが光魔法を使えるようになったと知ると、喜びを分かち合った。
自分の気持ちを意識したのは、身体強化の魔法の練習でどうしても魔力変換率が上がらず、悔し泣きするシルヴィアを見つけ、落ち着くまでずっと手を握っていてくれた事。
いつしか、彼女は未来の名君にふさわしい伴侶として高い評価を受けるようになったが、彼女にしてみればただやりたいことをやっていただけである。
自分たちは最高のパートナーだと思っていた。15歳で貴族学校の高等部に進むまでは。
ある日を境に、マリウスは公務を理由に彼女の誘いを断る様になった。
一緒にいる時の彼は相変わらず楽しそうで、彼女を邪険にする事も無かったから、彼にも考えがあるのだろうと思っていた。
だが、時折浮かべる表情は、何かに責め立てられる様であり、焦りを感じているようでもあった。
胸騒ぎがした。
彼が集めた側近候補達も不安を感じさせた。
マリウスは来るもの拒まずで、寄ってくる者全ての面倒を見ようとする。
実際にそんな事をすれば破綻は目に見えているので、右腕のヤコブ・マスノが取り巻きを捌いて上手く回していた。
だが、ある時彼が「一部の人間を優遇しているのでは?」と言う疑念を抱いた。
別に特定の階級や派閥に寄っている訳では無いし、そんな事があればシルヴィアも迷わず父に報告する。
しかし、上手く言語化できないが、ヤコブが引き立てる人間は、皆「同じ臭い」がするのだ。自分が説明できないことを説明できない事をどう処理すべきか迷う間に、ヤコブがマリウスの私的な時間にあれこれ予定を入れる様に「頼み事」をしていると伝わってきた。頼み事は貧民街の炊き出しや、竜の被害に遭った孤児や難民への救済である。
当然、キャンセルされた時間の中はシルヴィアとの予定も含まれたが、マリウスは何も言わない。
不安になってマリウスに疑念を告げたが、彼は「大丈夫だよ。ヤコブは頼りになるから」と取り合わない。その笑顔は確かに優しかったが、いつも支えてくれた「強さ」は感じられなかった。
決定的だったのが、男爵令嬢でしか無いマニー・セルヴィオがマリウスの取り巻きに加わった事だった。
難民を手厚く保護するセルヴィオ男爵は、新興貴族の旗印。マニーを側近にするには立場上扱いが難しい。シルヴィアの父バスカヴィル公爵は難民への課税に賛成している。今まで王国の難民政策は手厚いとは言い難いが、可能な限り配慮はしてきた。納税に同意した者には、土地を開拓させて農地として使わせる話も動いている。
30年間保護してきた難民をこのまま曖昧な状態にしておくのは限界だった。
この時ばかりはシルヴィアも王子を強く諫めた。下手をすれば公爵家を含む王太子の支持基盤に楔を打ち込むことになるからだ。
マリウスの反応は「分かっている。だけど、難民たちを見捨てる訳にはいかない。方法を考えるから、少しだけ時間が欲しい」だった。
悪い事に、このタイミングで国王が体調を崩し、遊学中の第一王女を呼び戻して摂政に据える騒動が起き、王家の対応は遅れている。
報告を受けた父は「考えがある。お前は
焦ったシルヴィアは、悪手を打った。マニーに直接「警告」し、マリウスと距離を取るよう告げたのだ。
マニーは感情の籠らない目で「判断されるのは殿下ですので」とだけ返してその場を去った。
翌日、彼女を待っていたのは「君の気持は分かる。済まないとも思う。だけど彼女に当たるのは間違いだよ」と言うマリウスからの叱責だった。
一部には、「マニーに嫉妬したシルヴィアが、きつい言葉を浴びせた」と言う噂まで流れた。
その夜、彼女はあの時以来の悔し泣きをした。
傍らにマリウスは居なかった。
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