第5話「かつての挫折と今」
屠龍王国は、大陸南西に位置する島国で、正式な国名を「バラウール王国」と言う。
何故通明が「屠龍」なのかと言うと、その名の通り竜の狩猟や育成が主産業だからだ。この国は平地が少なく、農耕地は段々畑ばかりで、広大な農地を持つ大陸の国々の小麦と競合すると、価格競争で簡単に負けてしまう。
代わりの産業として台頭したのが、竜の狩猟と育成である。
竜は肉を食わない。魔力を食う。
上級以上の竜は、遺跡に潜んで魔力コケや強い魔力を持ったモンスターを捕食するが、下等な竜は人間の魔力を狙う。
個人の魔力量など微々たるものだが、遺跡に潜って格上の竜と魔力を奪い合うより、そこらにわらわらと湧いて出る人間を捕食した方が効率がいい。
冬眠から覚めた竜が村里を襲い、犠牲者が出るのは毎年の事だった。
しかし、魔力コケから精製したパウダーによって、人間が強力な魔法を使いこなせるようになると、竜を狩ろうとする者が現れた。
最初は自衛の為だったが、肉をはいで焼いてみたところ、極上の味であることが分かった。食う側と食われる側が逆転した瞬間である。
たちまちのうちに、竜は王国の主産業となった。
肉だけでなく、骨は工芸品や装飾品に、中級の飛竜は戦争や輸送用に、下級の地竜は労働力として重宝された。近年では、骨を利用した高品質のパウダーが開発され、商品化が行われている。
惜しむらくは、エサが希少なおかげで、大量に育成できないことだが、それすら希少な商品として付加価値となった。
ところが30年前、北西に位置する、フォルクス帝国首都パラディスから数百体の竜が大量発生した事で、王国は恩恵と厄災を抱え込んだ。
恩恵は廃都となったパラディスから飛来する飛竜を狩る事で良質な素材が得られるようになった事。厄災は飛来する竜から国土を守る為、人的経済的な負担を抱え込んだ事である。
おまけに、竜を逃れて流れ込んできた難民問題や、遷都から国内の立て直しが上手く行っていない帝国が周辺国に争いの種を振りまいたりと、何かと大陸情勢はきな臭い。
◆◆◆◆◆
ハル・クオンは、王国中央部の高地で生を受けた。
村の主産業は小麦と放牧。山地で農耕面積は広くなく、新たに開墾する金も労力も無い。狭い土地ばかりなので、羊を放牧してやりくりしていた。本来は子供や老人がやる仕事だが、山から家畜を狙ってモンスターが下りてくるので、男手を拘束させざるを得ない。
お陰で他の羊より人件費が高く、売り上げが圧迫されている。
クオン家は、竜討伐が始まった時代、腕一本を頼りに北方からやってきたクラン族だったと言う。それなりの功績を挙げて、男爵としてこの村に封ぜられたそうだが、ハルは厄介者に厄介な土地を押し付けただけだと睨んでいる。
食うに困ると周辺国へ押し寄せ、散々殺しまくった末に宝物と食物、そして女を抱えて帰ってゆくクラン族の悪評はこの南国まで伝わっているからだ。
クオン家の気質なのか、伝え聞くクラン族の野蛮さはただの噂に過ぎなかったのか、歴代の男爵家の統治は穏健だった。と言うか、搾取しようにも大した蓄えは無いし、ド田舎の狭い村で領民に恨まれたらちゃんと生きていけるかすら怪しい。
父の風体も農作業ですっかり日に焼けて、「男爵様」と言うより「村長さん」だ。
幼い頃は、ある日旧文明の遺跡が見つかって、出土した
竜騎士を目指したのは、その翌日、8歳の誕生日だ。
屠龍騎士団の航空戦力、打撃空中騎兵は恐ろしく狭き門だが、徹底した能力主義で好待遇。国民から受ける敬意も一般部隊の比ではない。
一発逆転出来ないなら、努力で成り上がってやる。そう宣言した時父はぶっきらぼうに「勉強と農作業に支障なければやっていいぞ」とだけ言った。
それから3年間、来る日も来る日も必死に剣を振るった。
小遣いを貯金して、街の剣術大会に出たのが、最初の挫折だった。
初戦敗退。来る日も来る日も鍛錬した結果えある。
有望な子供は、大抵優秀な教師がつく。村には剣術道場はおろか、兵士すら槍より鍬の方が得意だった。ハルとライバルたちとは、スタートラインどころか、走る道すら違うのである。
ハルは、意地になった。睡眠を削って訓練の時間を倍に増やし、2週間目に過労で昏倒した。
父に背負われてベッドに運ばれる朦朧とした意識の中、思った。
ああ、駄目なんだと。
今考えれば笑ってしまう話だ。
結局、ハルには大した魔法の才能は発現しなかったから、剣術が上手くても竜騎士は無理だったろう。
だけど、ハルの手札はちゃんと両手の中にあって、それを使って懸命に生きれば生まれなど問題ではない。
自分はちゃんと幸せなんだと、父親や、王都で出会った様々な人々が教えてくれたのだ。
そして、シルヴィアはハルに、生きる喜びを示してくれた。
だから、力になりたい。
気質こそ温和なハル・クオンだが、岩をも通す一念は、頑固一徹の父親譲りだった。
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