山谷透と俺の関係
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山谷 透は言った。
「僕のことは、本当のお父さんだと思って頼ってください、四葉君」
色白でひょろひょろと背が高いため、もやしみたいな男だと思った。一年中日焼けしているくらい活発であちこち駆けずり回っている母とは、まったく正反対な人物だと思った。いったいどこで出会ったのだろうと不思議でならなかったが、元は共通の趣味である自転車仲間だったらしい。俺の知らないところで彼らは勝手に十年も愛を育み、ようやく山谷の婿入りということで決着をつけたのである。彼の両親がどちらも他界したからこちらの姓になったなどと聞かされたが、そんなことは知らない。中学三年に切り替わる大事な時期に心をかき乱された事実はなにも変わらないからだ。いまでも思う。なぜせめて一年、待ってくれなかったのだろうかと。俺が無事に第一志望校に入学してからでも遅くはなかったはずだ。だから初めは母妊娠説を疑ったが、いつまでもそうした話がなかったため、結局は彼らの脳内お花畑に俺が振り回されただけなのだという答えに至った。
なにが、「本当のお父さんだと思って」だ。俺の本当の親父は一人しかいない。一本釣りにこだわりつづけたまぐろ漁船の船長で、筋骨隆々なたくましい男だったのだ。そして、日本中を自転車旅行した母の故郷である埼玉に家を買ったやさしい人間なのだ。
だから俺は認めない。いまの生活を経済面で支えているのは確かに義理の父、透だろうが、ある日突然現れていつからか同居し始めた他人になんて俺の気持ちを理解できるはずがないし、してほしいとも思わない。十五年前に病死した親父がいまも生きていたらという空想に浸ることもないが。
とにかく俺は決めた。あいつのことは死んでも「お父さん」とは呼ばないのだ。どんなに目覚めのいい朝であったとしても同じことなのだ。
「おはよう、四葉」
透は俺が無視することを知っているくせに、きょうもしんなりした笑顔で声をかけてくる。
「どうだった? 入学式は。お父さん、行けなくてごめんな」
答えが返ってくることもないのに期待しているなんて実に愚かだと思う。俺は母さんが外で洗濯物を干しているあいだにすました顔で朝食を済ませ、さっさと家をでる。学校がなかったら地獄だ。俺には家のなかに居場所がないからだ。
だがしばらく自転車で走ったところで、のろのろ運転をしていた藍にでくわしてしまった。追い抜いたら、彼女はすぐさま全力で追いかけてきて横付けした。ついてない。
「おっはよー。きのうはどこまで探検に行ったの? 勇者さま」
さっそくネタにするつもりらしいが、その手には乗らない。
「交通ルールは守ったほうがいいぞ。自転車の並走をしたら罰金一万円て生徒手帳に書いてあったからな」
「ほんとに?」
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