おかしな女性
落葉樹ばかりの木々が並ぶそこはまだ青い葉がおおいに茂るには時期尚早で、ツグミやセンダイムシクイといった渡り鳥が枝に止まってはすぐにつまらなそうに羽ばたいていく。昼間は人っ子一人見当たらないことがほとんどで、地上では一年を通してスズメやカラスがのんびりとえさ探しをしているようなところなのだ。誰にも打ち明けられない悩みを抱えているとき、勉強で行き詰まったとき、俺は息を殺してこの森に来たものだった。手を伸ばせば触れるんじゃないかと思うくらい野生の鳥に近づけると、彼らにとってはいい迷惑だろうが、俺はなんだか勝ち誇ったような気分になり、自信を取り戻せた。しかしもしいま同じことを試みても、きっとこの胸に残されたしこりのようなものが取り去られることはないだろう。しょせんは子供だましだったのだという自覚があるからなのかもしれない。
小道をしばらくたどっていくと、急に視界が開ける。きょうのように晴れている日ならなおさら、遥か高いところで混み合って重なる枝がなくなる瞬間が、あからさまに伝わる。俺はまぶしさと同時になつかしい気持ちを味わいながら目的の家を確かめた。外観は、俺が子供のころ、勝手に探りまわっていたときとなにも変わっていない。よく見ると手直しされたような痕跡があるが、人が住むにあたって修繕しただけのような気がする。
それにしてもこんなに不便なところにわざわざ引っ越してくるなんてよほどの変わり者なんだろう。きっと白いひげをもっさり生やした偏屈なおじいさんが一人で暮らしているに違いない。俺は勝手な想像をめぐらせながら斜面を登っていく。人の気配に気づいたのはまもなくのことだった。大きな麦わら帽子を顔に乗せたショートカットの女性が、藤棚を利用して作った布製サンシェードの下で横たわっているのだ。
まだ肌寒いというのに白い半袖のラフなシャツに、薄い色のジーンズを身につけている。手足を投げ出している様子からしてかなり疲れきって熟睡しているようだが、女性が外で昼寝するなんていくらなんでも無防備過ぎる。過去に風紀委員をしていたわけでもないが、俺は微妙な怒りを覚えながら彼女に声をかけた。
「先名という者ですが、こちらにお住まいの錦木さんですか?」
案の定というか、返答はない。だがしつこく何度か声をかけると、鼻息も荒く急に飛び起きた。いったい何事が起きたのかと目をぱちくりさせた彼女は、やや離れた場所で不機嫌に立ちつくしている俺を見つけ、ようやく客の来訪を知ったらしく、日陰にいても明らかなほど白い頬を赤く染めた。二十代前半くらいだと思うが、十代後半に見えなくもない。或いは三十代と言われればそんな気もする、不思議な雰囲気を持った女性だ。
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