バーベキュー

 教材は入学説明会で受け取っているので、あとはどんなふうに授業が進められていくかをシラバスで確かめることにする。その段取りをしているときのことだ、先に帰ると告げてどこかへ出かけていた母、加奈子の声が聞こえてきたのは。


「四葉~、いるんなら外に出てきて~!」


 窓をあけて庭を見下ろしたら、いつのまにかバーベキューの準備ができていた。そこには先客がいた。いまもっとも顔を合わせたくない人物、藍である。彼女は俺の姿を認めると、ご主人様を見つけて大喜びする小犬のようにぴょんぴょん飛び跳ねて叫んだ。


「よっつん、早く早く~! お肉がなくなっちゃうよ!」


『よっつん』とは、俺のあだ名だ。どれだけ怖い顔をしてやめろとすごんでも、ゴーイングマイウェイな彼女にはきかない。いつもそうだった。関われば必ず振り回される。なのに俺は、毎回、つい手を差し伸べてしまう。思えば受験のときも、解けないから教えてほしいと聞かれた問いには、自分の勉強にもなるからとつい一生懸命、答えてしまった。もし邪険にしていたら、結果も変わっていたのかもしれない。お互い別の高校で、輝かしいスタートを――いや、これ以上考えるのはうつになるからやめておこう。


 俺は極めて無関心を装いながら彼女たちの元に向かった。玄関を開けたとき真っ先にまのあたりにしたのは、肉しか乗っていない大きな鉄板である。隣に並べた簡易テーブルにはどこから調達してきたのか業務用のステンレスボールがあって、なかには千切りにした生野菜がどっさり入っていた。いったい何人で食べるつもりなのだ。目分量がおそろしく多い母の豪快手料理に俺は心底呆れながら声を上げた。


「母さん、残ったらどうするんだよ」


「残さないように食べるんだよ。常識でしょ」


 俺たちのやりとりがよほど面白いのか、藍はげらげら笑いながら取り分けた大盛サラダにドレッシングをかけている。勢いあまってこぼすのはいつものことだ。こいつがちょうどいいあんばいというものを学ぶ日は永遠に来ないだろう。母さんと同じ年になったら、ドジ度がさらにパワーアップしていると思う。


 まもなく母の焼いた炭――ではなく肉が、おのおのの前に用意された大皿のうえに盛り付けられた。どう見ても原始人の手荒い祭りに招かれたとしか思えない雑な仕上がりだが、俺にとっては見慣れた光景であるため、別にいちいち驚いたりしない。


「さあ、農家のみなさんに心のなかでせいいっぱい感謝していただきましょう」

 

 母さんの号令で俺たちは「いただきます」と声を揃え、(そうしないと母が食事を始めさせてくれない)まずは野菜を胃のなかに敷き詰めた。半分ほど焦げた肉も、まあ食べられなくはない。というか文句など言おうものなら、俺の身が危険だ。

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