8月2日 昼
「で、昨日の夜に戻る。と?」
自称ドッペルゲンガーの女の子が僕の家に訪ねてくるまでの説明を受けた。
受けたけれど、
「僕にどうしろと? まさか死ねとか、言わないよね?」
言い出したら言い出したで、こっちも、文字通り、必死の抵抗をするわけだけど。
「言うわけないでしょ? ってか、あんたが死んだところで、あたしのコピー元が死んだかどうかは不明でしょうが」
言われてみれば。鏡をどう見ても、僕は男だ。
となれば、
「なんで僕の記憶をコピーしたのに、女の子になってんのさ? それに性格も酷いよ?」
「あぁあん!?」
「なんでもないです」
ガンを飛ばさせるという経験を初めてした。まさか、暴力とは無縁の生活をしてきたのに、睨まれるような経験をするとは思っていなかった。
「はぁ……まぁいいわ。それよりも、あんたの周りにこんな顔の女の子は?」
と、自分のアゴ辺りに指を突き当てて聞いてくる。
「いや、まったく心当たりはないよ」
「それもそうよね……」
「………………」
「それもそうよね」って、それは僕がモテないってことを
「ねぇ、人違いなんじゃない? 僕と通りすがった人をコピーした。とか、さ」
「それは無いわよ」
キッパリと否定された。あまりの切り捨てられ方に、清々しい気持ちになってくる。
「だって、通りすがりの人間が、あんたの苗字を当てられると思う? 当てられるとしたら、そいつがストーカーか、近所に住んでる人間でしょ?」
「僕にストーカーっ!?」
そんな! プライベートを除き見られるとか……
「あんたをストーキングするとか、本命の練習でもしてんじゃないの? 知らんけど」
「………………」
本命の練習って……目の前の可愛い子がストーキングしてくれるなら、少しだけ嬉しくもあったけど、練習って…………。
「まぁ、他にもあんたにまつわる記憶があるから、近所の人も候補から外れるわ」
「そうなると、余計に心当たりが無くなるよ?」
「そうなのよ……」
と、名前のない彼女は、ふと立ち上がる。
「どうしたの?」
「うん? ちょっと喉が乾いたのよ。だから、冷蔵庫の中のジュースでも飲もうと思って」
「あ、なら、コップを出すから」
僕の家が特殊なんだろうけど、家では誰がどのコップを使うかが決まっている。間違ったコップで飲んでも、特別怒られる事はないけど、少しだけ小言が増えるのだ。
そして、そのコップが片付けられている場所も、他の家庭とは違うらしい。
今日みたいな天気のいい夏の日。友達の家に遊びに行った時に、お茶を出してくれたんだけど、その時、コップは食器棚から取り出されていた。
対して、僕の家では、コップは冷凍庫にしまわれている。夏限定だけど、キンキンに冷えたコップで飲むのが美味しいのだ。氷も冷凍庫にあるけど、味が薄くなるのが嫌な両親なので、我が家ではコップを直に冷やす方針なのである。
それで、僕の家は裕福という訳じゃないので、コップ代と場所の節約で、3つーーお父さんとお母さんと僕ーーと、予備で1つのガラスコップを冷凍庫にしまってあるだけで、他のコップは紙コップしかない。
その紙コップも、お客さんが全然来ないから、小さな戸棚の奥の方に追いやられているはずだ。
初見では絶対に見つからない。だから、僕も立ち上がって、彼女の後ろについて台所まで来たけれど、
「コップは冷凍庫でしょ? それくらい知ってるわよ」
「いや、使うコップも気にして……」
彼女が冷蔵庫の中段に位置する冷凍庫を迷うことなく開き、中から霜だらけのコップを取り出す。
「これなら文句ないでしょ?」
そのコップは、唯一模様がない質素なガラスコップで、彼女の言う通り、予備のために冷やしていたコップだった。
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