8月1日 夜

 公園に設置されていた背の高い時計だと、夜の8時を数分だけ過ぎていた。

 にもかかわらず、この街の商店街は、シャッターの壁がズラリと並んでいた。それだけお客さんが少ないということだろう。

 今の時間に服を買うとしたら、24時間営業のコンビニか、大きいデパートに行かなきゃならない。いや、デパートも閉店間際かな?

 まぁ、どっちにしても、一文無しのあたしでは、シャツの1枚も買えないわけだけど。

 そんな寂しい商店街は、細かい路地裏を除けば、ほぼほぼ1本道だ。けれど、その様子が、まるで巨大な迷路のようにも感じた。

 コピー元の少年を追いかけた訳じゃないけど、彼の家の場所なら分かる。同じサイズの服しかないかもしれないけど、掛け布団ように1枚拝借するのも手かもしれない。

 記憶これは、ドッペルゲンガーのアドバンテージだ。ドッペルゲンガーは、コピーした相手の記憶を丸々引き継ぐ事が出来る。

 だから、元の人間の悪評を高めたり、先回りしたり出来る訳だけど……この少年は、なんでか。自分の名前が分からない。

 苗字は分かる。『藤栄とうえい』というらしい。

 だけど、肝心の名前がサッパリだ。

「もしかして……」

 虐待を受けてるのかしら? でも、彼の15年の記憶では、そんな感じは見受けられない。

 確かに、お母さんに怒られて、泣きじゃくっている顔が記憶にはあるけど、殴られたり、ご飯が出されないといった様子は無さそうだ。むしろ、笑顔の事が多い気がする。

 あたしは少し引っ掛かりがある気がしたけど、それを吹き飛ばす出来事が、あたしに降り掛かってきた。

「なんで無視、してんのさ」

 考え事で気付かなかったのか、男2人があたしを囲むように立っていた。

 その内の1人が、シャッターを殴った音で、あたしは顔を上げた訳だけど、

「……なに? なにか用事?」

「やっと顔を上げてくれた。そうそう、用事用事」

 にたにたと気持ち悪い笑みを浮かべる金髪ロン毛の男と、もう1人は黒髪のツンツク頭の男。

 体格は向こうの方が優位そうだけど、

「なによ? 用事ならさっさと済ませてくれない? あたし、色々と忙しいの」

 なんか、勝てそうな気がする。

 そんな根拠のない自信から、あたしは強気で男達に言葉を放つ。

「いやない、君、可愛いから、俺達と遊ばねぇかなっと思ってさ」

「そうそう、そこのカフェでお茶でもしません?」

 上から見下ろすように自分のムダにデカイ体をさらに大きく見せてくる。一般的な女の子であれば、ここで萎縮するのかもしれない。

 けれど、あたしは、

「この商店街のどこにカフェがあるのよ? それに、男に向かって可愛いとか……眼科に脳外科と精神科の梯子をしてきたら?」

 罵倒の嵐を喰らわせてやった。

 こういうナンパ男には、徹底的に叩き潰すに限る!

 まぁ、やりすぎれば……

「おいっ! 調子に乗るなよっ!!」

 逆上した男は、あたしの胸ぐらを掴み上げる。

「お、おい」

 もう1人の男は、相方の暴挙を止めようとする。

 けれど、あたしの行動の方が早かったようね。

 男が掴んできた手の手首を逆手で掴み、体を反転。男の腰に背中を当てるようにして、

「せいっ!」

 いわゆる背負い投げを乱暴な男相手に披露してやったわけ。

「ぐへっ!?」

 背中をレンガ調の地面へと打ち付け、男は延びてしまった。

「え、えぇ!?」

 もう1人は困惑した様子だったけど、あたしは気にも止めないでその場を立ち去った。あたしの完全勝利だった。


 ナンパ男のせいで服が破けてしまった。戻って弁償を迫ってもいいかもしれないけれど、商店街からかなり離れてしまった。今から戻っても、あの2人が居るとは思えない。

「しょうがない」

 あたしは段ボールを貰うために、コンビニに来ていた。今は入店して、漫画雑誌の立ち読みをしている最中。

 コンビニに来たのは、事情を説明すれば、段ボールの1つくらい貰えると思ったからだ。

 店舗の裏手に積み上げられた段ボールの山。小学生の頃の工作で、いくつか別けて貰った記憶が、少年の記憶として思い出せるからだ。かなり年をとっているけど、コンビニのオーナーは優しい人だった記憶もある。

 向こうはこっちの顔を覚えてないだろうし、たぶん、大丈夫……

「……え?」

 読み終えた漫画雑誌を落としてしまう。

「あっ」

 あたしは慌てて拾い上げ、柵状の本棚へと差し込むようにして雑誌をしまう。

 そして、鏡のように反射してくる窓ガラスへと視線を向ける。


 あたしは間違いなく、男の子をコピーしたはず。少なくとも、背中まで髪が長い女の子ではなかった。

 けれど……

「どっからどう見ても…………女……よね?」

 そこそこ胸がある女の子が、窓ガラスへと写し出されていた。


 あたしはコンビニから逃げ去るように飛び出て、少年の家へと急いだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る