8月2日 朝
翌朝。僕の右の頬は、赤い手形が貼り付いていた。
まぁ……確かに、僕の不注意だったことは認める。
けれど、いきなりビンタを喰らわせる事もないと思う。漫画じゃないんだから……現実でのビンタは痛いんだよ。すんごく痛い。
「……朝シャワーするなら鍵を掛けとけよ」
顔を洗って、スッキリとしたスタートをしようと思ってたのに。ビンタで起こされるとは思いもしなかった。何度も言うけど。
「別に、あたしの自由でしょ?」
「昨日転がり込んできて……自由にも程があるだろ」
おまけに朝御飯まで作らされる始末だ。せめて家事の1つでもやってくれれば、このイライラもだいぶマシになるのに。
とはいえ僕も、家事が得意かと言えば、そこまで得意ではない。現に、今日の朝食はトーストにバターを塗ったものと、既に千切りされたキャベツの上にヘタを取り除いたプチトマトを乗せて胡麻ドレをかけたサラダ。それから目玉焼き。料理をした! と、胸を張れるようなメニューではないだろう。
それよりもだ、
「昨日の話の続き」
僕は2人分の料理をテーブルに運びながら、僕の家を我が物顔でうろちょろする彼女に説明を求めた。
ーー8月1日 深夜
「そんじゃ、お父さん達の部屋から布団を出しといて」
「ちょっと待て」
まるで自分の家に帰ってきたかのような振る舞いを見せる彼女に、僕は肩を掴んで、
「まずはリビングに行け。話はそれからだ」
口にして思ったけど、漫画に影響されてたかもしれない。そんな台詞が自然とポロッと出てきた。
「こんな時間から話し合い? 明日にしない?」
「明日まで待てるわけがないだろ?」
ただでさえ理解が追い付いていないってのに。
それに初対面の女の子を1泊させるとか、常識的におかしいと思う。
「えぇー……だって」
彼女は何故か、突如モジモジし始める。なにか恥ずかしい事情でもあるのだろうか。あったら有ったで困るんだけど。
「だって?」
「眠いもん」
「…………」
初対面の女の子だけど、脳天にチョップを決めてやりたくなった。
ーーーーーー
そんなこんなで、名前も聞けずに一夜が明けたわけだ。
僕はサラダにフォークを突き刺しながら、
「まずは名前だね」
短く言い放ち、フォークを口へと運ぶ。
胡麻ドレのまったりした舌触りに、噛む度にシャキシャキとキャベツの程よい歯応えを感じる。
が、内心はそんな爽やかな気分とは違い、不審な女の子の事でモヤモヤしていた。朝イチにビンタも喰らわされたし。
「名前……名前ねぇ」
モヤモヤの原因である彼女といえば、僕の目の前で天井を見つめては、興味なさそうな素振りでトーストにかぶり付いていた。
「名前くらいは言えるだろ?」
僕はフォークを机の上に置き、
「それとも、名前がないの?」
トーストへと手を伸ばす。
名前がない。とか、どこの漫画の主人公ーーこの場合はヒロインかな?ーーなんだか。
「えぇ、そうね」
何度か咀嚼をしていたトーストを牛乳で流し込んだのか、彼女はおもむろに言う。
「あたし、苗字はあるけど、名前はないの」
「…………」
トーストを飲み込むタイミングが分からなくなった。
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