第2話 Production

 ヤオ兄に相談し、エントリーシートを改稿。ココ姉を筆頭に面接練習を重ねることで、俺はようやく三社から内定をもらった。その中から一番条件の良かったアウトソーシング系の営業として採用された会社に連絡。すべての書類を提出して、ようやく俺は就職活動を終えることができた。


 ピンポーンと家のチャイムが鳴る。

 その音に心臓がビクッと跳ねたが、深呼吸をして落ち着きを取り戻そうとした。

 俺がインターホンに出るよりも前に、ドアノブが開かれ少し肌寒くなった外気と共に二人の女性が家に上がり込む。


「ようやく就活が終わったみたいね」

「おめでとう宏太」


 入ってきた二人は、パッと見では同じ顔を持っている。

 白髪に紅い瞳、白く透き通った肌はまるでアニメの世界から飛び出してきたような容姿。世間一般で言う所のアルビノ。それも双子で生まれてきた二人は、実の親に殺されかけるという形で俺と同じ施設にやってきた。


 施設の兄弟たちも二人の見分けがつくのは少ない。親代わりだった熊谷さんでさえ、時々騙されていた。

 だけど、何故か俺は騙されなかった。二人のどっちがどっちだと見分けがついた。


「ありがとう。LINEでも伝えてたけど、大事な話があるんだ。座ってくれ」

「あら、わざわざ座布団まで用意するなんて気が利いてるじゃない」

「繭、先にコートをかけないと」

「夢、お願い」


 この二人は相変わらずだ。

 姉の繭子は偉そうで自信に満ちている。妹の夢子は伏し目がちだが、面倒見が良い。

 見た目も性格も全然違うこの二人と、俺は小学校の時から一緒に育ってきた。

 同じ学年で、姉でも妹でも兄でも弟でもない。


 二人が用意した座布団に座ると、俺は大きく息を吸う。


「就活がようやく終わった」

「ええ、聞いてるわ。おめでとう」

「うん。お疲れ様」


 二人がそれぞれ異なる笑顔を向けて、それぞれ異なる言葉をかけてくれる。


「そういえば、お前らはどうなんだ?就活」


 心を落ち着ける為、本題に入る前に雑談に入る。

 俺の疑問に二人は顔を合わせると、子供の頃みたいな無邪気な笑顔を浮かべた。


「アタシはほぼ内定よ」

「わたしも」

「え?ほぼ?」


 意味が分からず聞き返すと、繭が嬉しそうに語る。


「ええ。最終面接までは行っててね。今その結果待ち」

「夢も?」

「うん。どうなるかはわかってないけど……、内定しても落ちても大丈夫」


 俺は夢の言葉がよくわからず首を傾げる。そんな俺の動作がよほど面白かったのか二人は同時に笑っていた。


「で、本題は?」

「そうそう。本題は?」


 ここで切り返されるとは思ってもみなかったが、さっきよりは心臓の音がマシになっていたので、俺は背中に隠していた二つの箱を同時に手に持つ。

 左手で繭に向けて、右手で夢に向けて箱を差し出して、あらかじめ用意していた言葉を告げた。


「繭子、お前の事が好きだ。意地の悪いこと言いながら、いつも俺を支えてくれてて、俺がツラい時にいつもそばに居てくれた。偉そうな口調も態度も俺を見下すその視線も含めて大好きだ」

「あらあら」

「夢子、お前の事が好きだ。いつも陰ながら俺の事を支えてくれてて、俺の傍に寄り添ってくれた。小さい声も気弱な所も俺に助けを求めてたあの視線も大好きだ。もちろん、今の強くなったお前も大好きだ」

「……///」


 そこでまた息を吸い、間を開けてから俺は最後の言葉を言う。


「どっちも婚約指輪だ。二人とも、俺と結婚して欲しい」


 バカみたいな話だ。

 どこの世界に二人の嫁さんを貰うために二つも高い指輪を買おうとする馬鹿がいるんだ。

 この国は一夫一妻制で、法律上は重婚なんてできない。世間的にもハーレムなんて作ろうものなら後ろ指さされるに決まっている。

 目の前にいる二人の女にだって幻滅されるかもしれない。

 だけど……。


「絶対に幸せにする。金の心配が無いように一生懸命働くし、お前らに不自由はさせない。世間に冷たい目で見られるのもわかってる。それでも俺はお前らと一緒に居たい!」


 自分の気持ちに気づいたのは高校生の時。

 大学に入って適当に始めたバイトの金で二人分の指輪を買おうと思ったのは二年の春。

 同じ顔だから二人を好きになったんじゃなくて、繭子と夢子だから二人を好きになったというどうしようもない愚か者。

 どっちも手放したくないなんてわがままを言う子供みたいな大人。


「そう……」

「……うわぁ」


 二人が俺の手から指輪の入った箱を持ち上げ、中身を見つめる。

 そして、二人とも自分の左手の薬指に嵌めて、俺の方に手の甲を上に向けて差し出してきた。


「似合うわよね?」

「似合ってるよね?」


 俺に手に入れたおもちゃを見せびらかしていたあの頃のような笑顔。その表情と仕草から俺は“OK”と言われたのを感じ取った。


「いいのか?本当に?」

「当たり前でしょ?でなきゃ、指輪を嵌めるだなんて趣味の悪いイタズラはしないわ」

「本気の人の言葉に水は差しちゃダメ。わたし達もちゃんと答える」


 夢がそう言うと、二人とも少し頬を染めて頭を下げてくる。


「アンタ、これから大変よ」

「二人のお嫁さんを満足させなきゃいけない」

「世間様にも後ろ指さされて」

「わたしたちの子供が泣いちゃうかも」

「まぁ!それは大変」

「けれど、そんなことはどうでもいい」


 二人はそこで顔を上げる。嬉しそうに微笑みながらも、目端に涙を浮かべ、二人は潤んだ瞳を俺に向けてこう言った。


「コウタ、アタシたちを幸せにしなさい」

「宏太、わたしたちを幸せにして」

「子供も含めて」

「全部ひっくるめて」

「でないと……、アンタの幸せを全部奪ってやるわ」

「じゃないと……、宏太の人生を悪夢みたいに台無しにしてあげる」


 そのまま、繭子が前に出て俺の顔をその両手で押さえて、顔を近づけてくる。ほんの少しだけ触れる程度のキス。まだ冷たさの残ったその唇が離れると、繭は至近距離で呟いた。


「好きよ。宏太。ずっとアタシのそばに居なさい」


 そう言って、繭子が離れる。代わりに近づいてきたのは夢子。

 同じように俺の顔を手で押さえ、自分の顔を近づけ、キスをする。


「好き。ずっと好きだったの。だからこれからも私とずっと一緒に居て」


 夢子が離れると同時に俺は前に体を乗り出し、二人を抱きしめる。


「これからも……よろしく!」


 苦労はする。

 だけど、この二人とその子供たちを守るためなら何でもできる。俺はそう心に誓いながら、二人を抱きしめる腕に力を入れたのだった。

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