第7話
「いおりん帰ろー。って、どったの? 外をあんにょん? あんにょうん? に見つめてさ」
「アンニュイって言いたいの?」
「それだ! うわっ、いおりん天才か!?」
ふふんと私は笑う。が、それが低レベルな次元での会話だということは流石に分かる。あと使いどころも間違っている。
きっと塚セン……千利君にこんな話をしたら鼻で笑われるだろう。
「
「え? なんの話!?」
「あーあ、ややこしぃんだぁ」
ややこしくしているのは自分だろと心の中でツッコミを入れる。
もういつから好きだったのかなんて思い出せないくらい。
もしかしたら、出会った時にはもう好きだったのかもしれない。
それくらい長い……片思い。
きっと嫌われてはいない。むしろ特別扱いされている気もする。
それでも前に進むことをずっと足踏みしているのは、自分に自信がないから。
どれだけ着飾っても、どれだけ近づいても、千利君はいつも変わらない。
きっと妹くらいにしか思ってないからだ。
「うぅ、会いたいよ〜」
「よ、よく分かんないけど、会えばいいじゃん?」
「だって、用もないのに会いに行くなんて変じゃん! それに、千……彼を束縛したくないし……」
きっとアタシが帰ろうとか、遊ぼうって言ったら千利君は笑って頷いてくれる。
でも、それが彼の時間を奪うのではないかと怯えている。
それはたぶん、昔、アタシと一緒に帰っている千利君が同級生の男の子にからかわれていたり、遊びの誘いを断ったりしていたのを見ていたから。
幼いながらに、申し訳ない気持ちになったのを覚えている。
「えー、変なのはいおりんの方だよ〜。ってか、彼氏なんでしょ?」
「違うぅ」
「え? いおりん彼氏いないの?」
「いないもん。どうせ彼氏いない歴イコール年齢ですよ」
「うっわぁ、あたしゃてっきり尻軽ビッチかと……」
「しばくぞ?」
とは言え杏の言いたいことも分かる。高校デビューというほどでもないが、もともと派手な物が好きということもあり、色々外見を変えてみた。
おかげで、中学の時よりもよくモテる。超軽い男子どもに。
そういや、中学の時にサッカー部の桑田君に告白されてたの千利君に見られてたんだっけ?
あの時、弾みで千利君のことが好きだって言っちゃったんだよなぁ。
千利君が聞いてなくて良かったよ。
「しっかし、じゃあ尚更その気になってる? 男子? 捕まえればいいじゃん。いおりん可愛いんだし〜。確殺だぜ」
「それが出来れば杏なんかに弱音吐かないって」
「ひっでー」
カラカラと楽しそうに笑う杏は、アタシが本気で言ってないということを分かっている。
杏とは高校からの友達だけど、変な気遣いをしなくて済むから気楽だ。
「あ……」
ふと、窓から下を覗くと千利君が歩いていた。今から帰るのだろう。
心の中でこっちを向いてと念じる。アホらしい。
自分の行動にため息でも吐きそうになっていると、千利君が突然こっちを見上げた。それと同時に私と目が合う。
驚いた顔をしたけど、すぐに手を振ってくれる。
口元はちょっとよく見えない。でもたぶん「またな」って言ってた。
「う、うぅぅぅ」
「どしたん、いおりん? はっ! 腹痛か!? 女の子の日か!?」
「ごめん杏! 私用事できた!」
「えぇ!?」
教室を飛び出し、階段を駆け下りる。
急いで下駄箱で靴を履き替えて外に出るが、そこには千利君はいなかった。
いや、そりゃそうでしょ。さっき手、振ってたし。
「あーあ……」
こんなことなら杏と帰れば良かった。
「うわっ、なんか走って来そうな気がしてたけど本当に来たよ……」
「千利……君……?」
「うわっ、いきなりなんだよ!? 懐かしい呼び方だな!」
「呼び……はぅあっ!」
動揺して素っ頓狂な声を上げてしまう。すこぶる恥ずかしい。
「塚センのアホ!」
「なんでだよ」
「ほら、帰りますよ!」
「お、おう? 一緒に?」
「なんですか、イヤですか! この超絶可愛いモテモテ後輩と帰るのはイヤだと!?」
おいアタシ、なんでそんな残念なことをボロボロ口に出せる。あとで恥ずかしさのあまり枕に顔を埋めて転げ回るのが予想できるでしょ。
「落ち着け一織。一緒に帰ろう」
「……うっす」
そうだ落ち着けアタシ。
今はこの距離感。仲の良い先輩後輩。
「最近会えてなかったからかな。こうやって一緒にいるとなんか安心するわ」
「〜〜〜ッ! 塚センのアホ!」
「えぇ……」
なんだっけ……アレ……。
恋愛は付き合うまでの過程が面白いだっけ?
そんなこと言い出したやつは、やっぱりアホだと思う。
だって、私に楽しむ余裕なんてないもの。
性癖の赴くままに書いた短編 米俵 好 @ti-suri
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