第4話

「なんで塚センがいるんです……」

「おばさんに頼まれて、うちのおふくろに命令された」

「あー、二人一緒ですか」


 駅の出口で傘を二本持って待っていると、やっと神原が出てきた。

 人口密度の多い場所に友達と出かけていた神原は、突然の雨に傘を持っておらず、おばさん……つまり神原の母親に迎えを頼んでいたらしい。


 しかし、おばさんは運悪く? かは、分からないが、うちで俺のおふくろとぺちゃくちゃ四時間以上も喋っている最中だった。

 喉が渇いて、飲み物を取りに降りると、丁度神原からの電話を終えたばかりのおばさんから、迎えをよろしく頼まれたわけである。


「はー、すんません」

「いや、別に構わんけど。雨で曇ってるから、薄暗いし」


 雨の日は人通りも少なくて、意外と危ないと聞く。最初は渋ったが、こうして待っている時間とかも案外楽しかったり。


「お礼に相合傘しましょうか?」

「二本持ってきた意味ないだろ」

「冗談ですよ。さ、帰りましょ」


 差し出した傘を受け取って、神原は歩き出す。

 俺もそれを追うと、すぐに横に並んだ。


「天気予報で雨って言ってました?」

「夕方からは降水確率四十くらいだったと思うけど」

「えー、ちゃんと見てなかったかなぁ」


 ちゃんと見ていても持っていかないだろお前。なにせ、どれだけ雨が降ると言っても、朝の天気見て、「よし、今日は大丈夫」とか言い出すんだから。


「いや、でもちょっとびっくりしました」

「なにが?」

「そりゃ、駅出たら塚セン立ってるんだもん。誰か待ってんのかなーとか思ったら、アタシの顔見て、手あげるし」

「お前が目的だったからな」

「うわっ、なんかその台詞えろ」

「エロくねーよ」


 どうしてそうなんの。そういう思考の飛ばし方はよくないと思います。


「なんか、お前の体が目的だって言われてるみたいで……」

「そうそう、お前の体が目的」

「げっ、警察行きましょう」


 ま、実際、いつも通り下心はあるよ。好感度とか、一緒にいられる時間とか。


「でも本格的に梅雨ですね。これじゃあ遊ぶ場所も限られるなぁ」

「雨でも出かけんのかい」

「あのねぇ、華のJKですよ? 今遊ばないんでいつ遊ぶって言うんです?」

「晴れの日」

「この人、面白くねー」


 ふぅ、やれやれと肩を落とす神原。

 面白くなくて悪かったな。

 と、前から車が来た。それが水たまりを踏んで、盛大に水を跳ね上げている。


「ほら、こっち」


 俺にはよく分からんが、頑張ってお洒落している神原に水がかからないように、俺の背中に隠す。

 しかし、車は普通に通り過ぎて行き、心配は杞憂に終わって良かった。


「ねぇ、塚セン?」

「なんだ?」

「塚センってなんで彼女いないの?」

「あのな、それは彼女いたことないやつに聞いちゃいけないことのランキング上位だ」


 いないんじゃなくて、できないんだよ。なにか得意なことがあるわけでもなく、しかも陰気。

 似たような感じのオタクグループっぽいのに入ってるけど、そこでも微妙に空気。

 あらゆる面で中途半端な俺はどの層からも支持されない。


「むしろ、なんでそんな質問すんだよ。俺の心に傷作ってきてんの?」

「そんなつもりはないですけど……。ほら、塚セン優しいし、結構気が利くと思うんだよね」

「そりゃどうも」


 優しいのもは下心だし、気が利くのは、たぶん神原のことをよく見てるから。

 なんも褒められたことじゃねぇ。


「好きな人とかいないんです?」

「別に……」

「うわぁ、不機嫌な声。はいはい、分かりましたよ。この話題は終了です」

「どうも」

「むっつりスケベ童貞の塚センには彼女はまだまだ先の話ですかねー」


 話題終わらせたんじゃないのかよ。


「いっそのこと……」

「ん?」

「なんでもないです。さ、早く帰りましょう。ぴっちぴっちちゃぷちゃぷらんらんらーん」


 鼻歌どころか普通に歌い始めて、神原が俺の前を行く。


 ありえないことだけど……いっそのこと、さっきの続きが、

『アタシと付き合えば』

 だったらいいのに。

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