第11話 12月8日
ダンスを見に行くか行かないか熟考しているうちに当日を迎えた。朔太にメールすると即答で「行く」と言うので、結局僕は見ず知らずのサークルの記念会を見に行くことになった。
僕と朔太は開演時間を三十分ほど過ぎて開催場所に到着した。自販機でお茶を買い、受付にいたピアスで耳が輝いているお兄さんに、髙沢さんからもらったチケットを渡した。場内へと通ずる分厚い扉の隙間からは音楽が漏れ出している。扉を開け、真っ先に目に入ってきたのは、暗い一室をカラーボールが縦横無尽に照らし回っている光景だった。たくさんの若者がいて、前方のステージに拍手や歓声を送っている。
「こういうとこ来るの初めてなんだよ。なんかワクワクするな」
「全然。危険な香りしかしない」
こういう場所で起きるのは、白い粉の受け渡しか、封筒に入った札束の受け渡しと相場は決まっている。少なくとも、僕が見ている映画では。
「映画の見過ぎなんだよ。あれ、瑞香ちゃんじゃね?」
ステージに目をやると、五人組の女の子たちが身体のラインが際立つタイトな衣装で身体をくねくねさせていた。その中に見知った顔があった。その子は、観客に向かって温かい笑顔を振りまいている。僕はあの笑顔を知っている。髙沢さんの笑顔だ。蝶のように舞っている彼女は、とても生き生きしているように見えた。数分しか見ることができなかったが、彼女の踊りを見ることができてよかったと思った。朔太がもう少し見ようと言うので、後方の空いているスペースを見つけて腰をおろした。僕らは、ステージで舞う蝶たちに魅了されていた。
僕の左隣に誰かが座った。右隣にいる朔太のほうに詰め寄る。
「来てくれたんだ」
声がする左側を見るとついさっきまでステージで踊っていた髙沢さんがいた。いつもの雰囲気と違うメイクをしていて、僕は数秒間見入ってしまった。
「来てって言ったのはそっちでしょ」
僕はあわてて視線をそらし、室内に響く音楽に負けないように声を大にして言った。
「来たくなかったのおー?」
彼女も負けじと声を張り上げている。
「そんなことないけど。でも、髙沢さんの踊ってる姿はカッコよかった」
「いやあそれは照れますわあ」
彼女は頬に手を当てて身体をうねらせている。
「冗談だけど」
彼女の動きがぴたりととまった。
「このいじわる」
「髙沢さんの番はもうないの?」
「うん、さっきのでおしまい。もうあのステージで踊ることはないんだろうな」
髙沢さんの声からは哀愁が漂っていた。僕は静かに彼女の顔を見た。薄暗くて彼女の顔ははっきりと見えなかった。今の発言はどういう意味なのだろう。ダンスを辞めるという意味か、それともどこか身体の調子でも悪いのだろうか。僕は彼女の言葉の真意を探った。答えは見つからなかった。もし、彼女が未来予知という超能力を持っていてあの事故死が不可避であることを言っているとしたら? ありえない妄想をしてみるが、一抹の不安が僕を襲った。「どういうこと?」と僕は聞けなかった。
先輩たちの手伝いがあるからと彼女はステージのある方向へと消えて行った。ステージの踊り子たちに魅了されていたはずなのに、今は彼女の言葉で頭がいっぱいだった。大丈夫だ。クリスマスの日の事故は僕が必ず阻止する。きっと彼女は来年も、再来年だってあのステージで生き生きと踊っている。これが彼女の未来だ。そう何度も自分に言い聞かせる。
僕は「先に帰る」と朔太に言って会場を出た。ダンスがあった会場は、商店街から少し離れた裏道にあったので、道行く人はまばらだった。普段なら人が少なくても何も感じないが、今日はその人通りの少なさが僕の不安な気持ちに拍車をかけた。日はすっかり落ちて、切れかかっている街灯が頼りなく道を照らしていた。
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