第27話 二人の想い出話し


 ぐるぅぅぅぅぅ。

 お腹が悲鳴をあげた。

 今日の夜ご飯はカレーらしい。

 まだ目には見えないが、土鍋の蓋が空いて漂ってくる匂いからすぐにわかった。

 それにしてもなんて美味しそうな匂いなんだ。

 あぁー、早く食べたい。

 いかんいかん、よだれが出そうになるのをグッと堪えてもう少し辛抱する。

 響子のお母さんは料理が上手な事から基本的に何が出て来てもハズレはない。ましてやカレーとなればもう我が家以上に安心して食べられる。カレーとはそれだけ万人に愛される料理でもあるからだ。


 そんな万人に愛される料理の匂いに惹きつけられて、鼻をクンクンさせながらダボッとした大きめのねずみ色パーカーとショートパンツを履いた響子がリビングにやって来た。


「今日はカレーか! 美味しそうな匂い~」


 そのまま僕の隣に腰を下ろす響子。


 テーブルの上に三人分のカレー、プチトマトとレタスのサラダ、お水が用意されていく。

 だけどここで僕の目が響子のカレーを思わず二度見してしまった。僕と響子のお母さんの分は普通の底が低い平らな食器の上にカレーがご飯と一緒に盛られているのだが、響子のだけは違ったのだ。響子のは一言で言うなら、ラーメン屋等で使われる大きめのどんぶりにご飯とカレーが盛られていた。流石の僕もこれには声を失った。一体朝からどんだけ食べるんだ……と思わずにはいられない。と言うか年々食べる量が目で見てわかるぐらいに増えている。


「うそだろ……まじか!?」


 ようやく僕の口から言葉がでた。

 それを聞いた響子のお母さんも苦笑いしながら言う。


「普通そうよね……」


「ですよね……」


 僕と響子のお母さんの会話に響子が首をかしげる。


「うん? 二人共どうしたの?」


「なんでもないよ」


「なんでもないわ」


「そっかぁ! なら冷めないうちに三人で早く食べよ!」


「そうね」


「「「いただきます」」」


 三人で仲良く食べ始める。



 モグモグと口を動かして用意されたカレーを食べていると、隣からただならぬ気配がした。最初は気のせいだろうと思い無視していたのだが、対面に座る響子のお母さんの反応から気のせいではないと途中で気付いた。


「どうしたの?」


「ねぇ、和人君」


「ん?」


「和人君のカレー美味しそうだね」


「えぇ……。まさかこれも頂戴とか言わないよね」


「当たり前だよ。全く私をなんだと思ってるのよ」


 頬っぺたを膨らませて、僕をジッと見つめてくる。

 ただ一言もし仮に言うなら、暴食の化身と言う言葉を僕は響子に贈ると思う。


「だったらなに?」


「一口でいいから頂戴。はい、あーん」


 そう言って響子が大きく口を開ける。

 そのままカレーをスプーンですくって響子の口の中へと入れる。

 先に言っておくが、僕と響子が食べているのは同じ材料と同じ鍋で作られた寸分違わないカレーである。

 なのだが、モグモグと僕が口の中に入れたカレーを味わいながら食べる響子。

 よく見れば、さっきまで僕の三倍近く中身が入っていたどんぶりがもう殆ど残っていないではないか。


「う~ん。やっぱり和人君のカレーの方が美味しいぃ~」


「アンタねぇ……バカなの?」


「ちょ!? お母さん!?」


「おかわりいるなら鍋にまだ入ってるから自分で取って来て食べなさい」


「流石にもうお腹がいっぱいだからこれ食べきったらごちそうさまするよ」


「そう。なら人のご飯を取らないの」


「少しぐらい貰っても罰は当たらないのにー」


 納得がいかない表情と声を母親に向けて、どんぶりに入ったカレーの完食に向けて手の動きを再開させる響子。

 流石の僕もここら辺の味覚についてはサッパリだった。

 味が違うのか……。

 僕の目には全く同じカレーに見えるし、匂いだって同じにしか思えない。

 だけど響子は違うと言った。

 全く持って共感できない……。

 だが響子のお母さんのおかげで僕の食料がなくならずに済んだ。

 今の内に僕もカレーを食べる事にした。


 三人がご飯を食べ終わったタイミングで響子が言う。


「ねぇ、お母さん!」


「どうしたの?」


「この後ちょっとだけ和人君と部屋でお話ししてもいいかな?」


「そうね~」


 響子のお母さんはリビングの壁に掛かった時計を見て呟く。

 時刻は19時過ぎと部活などをしていない高校生は本来家にいる時間である。

 そうは言ってもこの後特に用事があるわけでもないので、ここは二人の判断に任せる事にした。

 黙って見守っていると響子のお母さんと目が合う。


「この後予定あるかしら?」


「いえ、特にはないのでお任せします」


「あまり遅くなると帰りが心配になのよね……」


「そこは大丈夫! 私が送るから!」


「そうなると響子が帰って来なくなりそうでもっと心配なのよね~」


「うッ……」


「図星なのね……はぁ~」


 と響子の意見に反対的な母親。

 気持ちはわかる。

 そもそも響子のお母さんは僕の帰宅時間の心配をしてくれていたのか。

 てっきり男女って言う意味で心配しているのかと思ったけど違うみたいだ。

 確かにこのまま二人きりになるとすぐには帰れないだろう。

 とにかく響子は誰かと一緒になると中々離れようとしない。それは響子が生まれてからの歴史(17年間)がしっかりと証明している。


「しょうがないわね。ただし21時までよ。それまでに二人共ちゃんと自分の家にいること。それが出来るなら今日は許すわ。ただし外は危ないから家の中でお話しすること! いい?」


「はーい! なら私の部屋に行こう!」


 その後、僕は響子のお母さんに夜ご飯のお礼を言い、響子の部屋へと案内された。

 お礼を言った時に僕にだけ聞こえる声で「あの子なんだかんだ和人君のこと大好きだから、我儘許してあげて」と言われた。どうやら告白予告宣言の為とは言え、僕と響子の仲はとても良いように周りからは見えるらしい。


「それにしても驚いたよー。お風呂上がったらまさか和人君が家にいるなんてさぁ!」


「そうだね。僕も驚いたよ。まさか響子が下着姿で登場とはね」


「油断していたとは言え、結構不覚だったよ」


「ごめんね、僕もまさかあんな事になるとは思わなくて」


「知ってるよ。私だってこうなるとは思いにもよらなかったもん」


「うん。今度からは気を付けるよ」


「それにしてもまさか私の勝負下着見れるとは和人君ラッキーだったね」


「あれ勝負下着だったの?」


「そうだよ! 明日何の日か覚えてる?」


「あっ……!」


 僕は明日が何の日か思い出した。

 いや元々頭では理解していた。

 だけど一時でもネガティブな未来を忘れようと極力考えないように響子の家に来てからしていたんだった。

 そんな僕の心の中を読んでか、床に胡坐をかいて座る僕の前にやって来ては微笑む響子。

 かと思ったら、顔から笑みが消えて真顔になった。


「それよりどうしても一つ早急に私の中で確認しなければならない事が今日起きました。和人君は私に正直答える義務があります。わかりましたか?」


「う、うん……」


 僕何も悪い事してな……いや下着見たぐらいしかないんだけど。


「今日の放課後何処にいましたか?」


「図書室だけど?」


 あれ? 怒ってる原因って下着見たことじゃないの?

 ならよかった……いや良くないか……。


「そこで誰と会っていましたか?」


「藤原さんだけど?」


「二人きりで会っていた理由は何ですか? 私言いました。四月は他の女の子とイチャイチャしないでって!」


「理由は呼ばれたからでイチャイチャはしてないけど……」


「私見ました。和人君と優子が微笑み合いながら握手している光景を。それを見た時目の前で浮気された気分になって私は今心の中でかなり怒ってます。ちゃんと事情を説明してください」


 僕の目を真っすぐと見て、身体を前のめりにして、説明を求めてくる響子。


 僕は放課後の事の顛末を全て響子に説明した。

 途中「進展速過ぎ!」「うそっ!?」「本当に?」と色々と言われたが最後は「あの優子がそんなにすぐに心を開くとは思えないけど、一応信じてあげる」と言った形で納得してくれた。


「よかった……」


 僕に聞こえないようにボソッと囁かれた声。

 それは本気の声だった。


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