第26話 突撃訪問


 放課後僕はある場所へと来ていた。

 一度家に帰り、読書タイムを終え、時は日が暮れ、街灯の電気が付き始めた時間帯。

 そこには僕と一人の女性がいる。

 相手は整った顔立ちと僕より二十程年上でありながら未だに本当は三十代前半なんじゃないかとご近所から言われる美貌を持っている方だ。この人とは幼い頃から面識があり、僕の両親が仕事で急に帰ってこれなくなった日などにお世話になっている。まぁ両親同士とても仲が良いので困らずとも日頃から我が子のように色々と心配してくれるとても優しい人でもある。


 テーブルの上で力尽き行儀悪くもぐだっーとなった僕を見て、その人はにこやかに微笑む。なぜこうなっているか。これには深い事情がちゃんとあるし、近くにいる女性にもちゃんと先ほど事情を話しているのでこうなった事に理解してもらっている。むしろ気を遣わなくていいからと毎度ながら言ってくれた。


 それにしても意外だった。

 まさか今の世の中、餓死するかもと思うほどに僕が追い込まれる事になるとは正直思ってもいなかったし、僕を心配して綺麗な女性の方が買い物ついでに僕の家に立ち寄って声を掛けてくれなかったら今頃どうなっていたかと思う。本当に僕の両親にも感謝している。仕事で帰えれなくなるとわかってすぐに僕と女性に連絡をしてくれて。


「それにしてもごめんなさいね、うちのバカ娘が」


「いえ、それよりこちらこそありがとうございます。生と死の狭間までに追い込まれた僕を家族の団欒に誘って頂いて」


「いいの、いいの。困った時はお互い様だし。私の旦那も今日は帰りが深夜になるって言って二人だと寂しいなって思ってたから」


「そう言ってもらえると嬉しいです」


「それにしても大きくなったわね。最近顔見てなかったら安心したわ」


「……死にそうな顔ですが、それは良かったです」


「とりあえずバカ娘がお風呂上がったらご飯用意するからもう少し待っててね」


「はい」


「ちなみに写真いいかな? 二十枚ほど」


「どうぞ、こんな僕で良ければ何枚でも構いません」


「ありがとう!」


 そう言って自分の息子のようにスマートフォンのカメラを使いパシャパシャと取り始める響子のお母さん。昔から会う度にやっぱり子供は可愛いわねと言って成長記録と言っても間違いではないぐらいに沢山写真を撮られてきたので響子のお母さんに撮られる分に関しては昔から慣れている。なんでも娘ではなく本当は息子が欲しかったらしい……と僕の母さんに昔聞いた。そして僕の母さんは娘が欲しかったこともあり、意気投合した両親が仲良くなりお互いの子供に対しては随分と甘くなってしまったのだ。ちなみに父さんたちはお酒大好き仲間としてこちらはこちらで意気投合し月に一回飲みに行く関係になっている。


 フラッシュが眩しい。

 だけど今の僕には逃げる気力も、目を逸らす気力もない。


 お腹が空きすぎて身体に力が入らないのだ。


 朝ごはんは響子に全部食べられ、お昼ご飯は半分以上と言うか七割ほど響子に食べられた。ちなみに朝ごはんに限ってはあの小悪魔の話しをたった今聞いてわかったのだが、一度自分の家で食べていたらしい。なのに人様の家でもガッツリ食べるってどんだけ胃袋大きいんだ。小柄な身体とは言え、流石に燃費が悪すぎだろう。それでいて今もお風呂上がってからガッツリと夜ご飯を食べようとしている。ありえない……。


「お風呂上がったよー、ご飯お願いー!」


 元気な声と一緒に響子が廊下を歩きこちらに向かってくる足音が聞こえた。

 相変わらず家でも元気がいいのか。

 そう思っていると、僕の視界の先に何もしらない響子がやって来た。

 首からタオルをかけて、身体からは白い湯気が出ている。

 ポカポカ状態の響子を見たが、今日昼休みに言ったお肉が付いていると言うのはあくまで響子の中だけであって、僕から見たら少なくとも痩せていてくびれも有り、気にする必要がないと結論がでた。


「えっ……!?」


「あのね~、響子……」


 響子のお母さんがやれやれと頭に手を当てた。


「いつも家の中でも洋服を着なさいって言ってるでしょ! なんで着てないの!!!?」


「あれ、今日お父さんいないはずだったから……つい……って……えぇぇぇぇぇぇぇぇえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!」


 響子がゆでだこのように全身を真っ赤にして叫んだ。


「$&#’’’=!$&%!(>#<)’’’>>>!?」


 そして響子の言葉にならない声もリビングに響いた。


「……ん?」


 パンツにブラジャーのみを身に着け、大事な部分を最小限だけ隠した状態の響子が慌てて首からかけていたタオルを使い、身体を隠す。

 と言ってもタオルが小さく胸元から太ももの付け根あたりまでしか隠れない。

 いつもの僕なら赤面し直視できなかったと思うが、今の僕は余計な反応をする気力すらない屍状態の為、これは良い物を見れたぐらいにしか思わなかった。

 それにしても下着派手なの付けるんだな……。


「…………な、なんでいるのよ!?」


「この状態の僕を見て心当たりは?」


「な、ないよ!!! てか私の下着姿ガン見しないでよ! それと急に私の家に来ないでよ、和人君のえっち!!!!」


 羞恥心が大き過ぎてか、興奮気味の響子。

 そんな響子を見て、母親が僕に愛想笑いをしてから席を立ち響子の腕を掴み何処かに連れて行く。


「えっちも何もあんた和人君の朝ごはんとお昼ご飯今日食べたでしょ!?」


 姿が見えなくなった廊下から声が聞こえてくる。


「えっ……まぁ、うん」


「家で食べておきながら、十分もしないうちに朝っぱらから人様の家で朝ごはんを食べないの! わかった?」


「わかりました……」


「それと和人君がいる理由だけど、ご両親今日仕事で帰れないみたいだから私が呼んだのよ。ところでなんで服着てないの! いつも言ってるじゃない。お父さんいない日もちゃんと服を着なさいって!」


「はい……ごめんなさい」


「納得いかないなら響子の夜ご飯はなしにするけど反論はある?」


「ありません……」


「わかったら、早く服を着てから来なさい!」


「はい……」


 親子の会話を僕は聞いてしまった。

 それにしても良かった……響子のお母さんがここに居てくれて、もし僕だけだったら今頃響子に色々と僕が変態の不法侵入者として怒られていた気がする。

 そもそも人様の家に突撃訪問はお互い様だと思う。今朝は響子が抜き打ちで来たんだから夜は僕が抜き打ちでお邪魔しても辻褄が合う。そう言った意味で響子のお母さんは僕を護ってくれたのだろう。それにしても相変わらず響子に対して的確な対応をしているし、あれだけ小悪魔な響子に文句ひとつ言わせないとは流石だ。母は強しと言うがまさにその通りだと思う。


「ごめんなさいね、うちのバカ娘が醜い姿を見せてしまって」


 醜い姿って……。

 僕にとってはある意味眼福でしたとか言ったら僕まで怒られそうだ。

 自重しよう。


「いえ……。相変わらず家でも元気がいいですね」


「そうね。元気がいいのは昔からだけど、今は特に元気がいいのよ」


「そうなんですか?」


「えぇ、きっとなにかいい事でもあったんじゃないかしら」


「なるほど」


「最近響子ね、和人君と毎日一緒に登校してるんだーって私にいつも自慢してくるのよ。そう言った意味でもきっと満足のいく学校生活を送っているんじゃないかしら、うふふっ」


「そうなんですか?」


「うん。まぁ女の子ってそうゆう素直な気持ちを直接相手に伝えるの恥ずかしくてできなかったりする生き物だから、そうなんだーぐらいの気持ちで受け止めてくれていいと思うわ」


「わかりました」


「ならご飯の準備するからもうちょっとだけそこで待っててね」


「はい、ありがとうございます」


 そう言って響子のお母さんが夜ご飯の準備を始めた。

 途中手伝おうと最後の力を振り絞り立ち上がろうとしたが、すぐに止められた僕は黙ってご飯が出てくるのを大人しく待つだけになった。


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