第25話 優子との対面 後半
「仕方ない。響子の為にもここは私が妥協するか」
妥協? いったいなんのことだろう。
「本の話ししてあげるから、少し読むのは待って」
「わかった」
僕は頷く。
本の話しをしてくれるなら喜んで話し相手になろうじゃないか。
珍しく僕は人の話しに興味を持った。
それから藤原となら仲良くなれるかもと思った。
本一つでここまで簡単に心を動かされている僕自身色々と思う事もあったが、本好きな僕にとっては本で繋がれる人間との関係は是非良好な物にしたいと考えているのだ。
「君ってよく本読むよね?」
「そうだね、今はちょっとペースが落ちているけど週に三冊はなにかしら本を読んでいるかな」
「ちなみに本繋がりで哲学について興味はある? もしくは知識がある? でもいいけど」
「少しならあるよ」
「ならハイヤーセルフって知ってるかしら?」
何処かで聞いた事がある。
だけど上手く思い出せない。
そうゆうのが書いてある本のタイトルなんだったけ……。
確かある哲学者が言ってたやつだ。
だけどその人の名前すら思い出せない。
「中身なら覚えてるよ。ざっくばらんに言うと魂の事だよね?」
「そうよ。私が言うのもあれだけど、よくそんな事知ってるわね」
これには藤原も少し驚いているのか、目が大きくなった。
「…………」
藤原には言われたくないと言っていいかな? と思ったが自重した。
口は禍の元とも言うし、相手は女子高生と元気が有り余っていて若い肉体を持っている。もし手でも飛んできた日には僕がやられてしまう事になるだろう。そう言った意味で、余計な事は言わない事にした。
そもそも女子高生で哲学に興味がある人間はとても稀だと言える。
そう言った意味では僕は今藤原優子と言う女子高生にとても興味を持ってしまった。
それにもしこれから上手く仲良しや友達関係になれれば僕は身近に本の話しが出来る相手との接点が出来る。これはこれで僕にとってはかなりのメリットしかない。問題は藤原が僕の事をどう思っているかだが、先日の反応を見る限り僕に対していいイメージはあまりないように思える。過剰な期待をしたいところではあるが、ここはゆっくりとお互いの距離を詰めていくことにする。
「先に言っておくけど、別に難しい話しはしないわよ。ただ軽く仲良くなるきっかけとして話してみないかなーぐらいの感覚なんだけど、どう?」
「いいよ。むしろザックリでもいいから本の話しなら喜んで聞くよ」
それにしても意外。
まさか藤原の方からわざわざ僕と仲良くしようとしてくれるなんて。
今日は運が悪いとここに来た時は思ったが、実は運がいい日なのではないかとまで今では思っている。
これは響子に感謝しかない。
今度機会があれば直接お礼を言おう。
「ならハイヤーセルフをどうゆう認識で知っているの?」
「魂の高次元の側面って認識でかな」
「そうね。これはある諸説では『魂』と考えられていて、例え肉体が死んで輪廻転生しても存在自体は変わらない。簡単に言うと、『肉体には終わりはあるけど、魂には終わりがない』って感じかしらね」
「それで?」
僕は興味の眼差しを向ける。
「人は必ず誰しもがハイヤーセルフと繋がっているとされているわ」
「うん」
「例えば今君が思っていること、感じていることは全て偶然ではなくハイヤーセルフが君の魂の成長の為に用意した舞台でもあると私は思うわ」
「なるほど、興味深い話しだね」
「だから私からこれを君に伝えておくわ。響子は私に何かを隠している、そんな気がする。これは完全な私の妄想。だけどもしその妄想が正しいと仮定したなら、それは君との関係をどうするべきかそこら辺に影響しているのだと思う。響子はなぜか今年になって男子をさり気なく遠ざけ始めた。なのに一番遠ざけられるべきであろう君とはその逆。となると、響子は何かをしようとしていると私は思っているの。それは響子のハイヤーセルフと君のハイヤーセルフがお互いに必要な経験として今の肉体を得る前に用意した試練でもあり舞台なのだと思うわ。だから私から一言。響子が何をしても君には響子の味方でいて欲しいの。多分響子は……君との縁を本当の意味で切るつもりはないんだと思う。あれだけ傷付き、苦しみ、絶望した、それでも君との縁を大切にする響子の覚悟はきっと偉大なのだと思う。だからどれだけ響子から傷つけられても私の前では響子の味方で最後までいてあげて欲しい。どうかな?」
なるほど。
ここまで友達思いの友人を持って響子は幸せ者だな。
僕はニコッと微笑んだ。
厳密に言えば気付いた時にはニコッと微笑んでいた。
人の話しを聞いて、微笑んだのはいつ振りだろうか。
それに藤原優子。
とても面白い考え方をする。
確かに彼女の考え方は高校生レベルとは言え哲学的だと言えよう。
僕も哲学に対して物凄く詳しいとかではないから何とも言えないけど、とにかく直感でそう思ったのだ。この直感も哲学的に言うと、ハイヤーセルフからのメッセージとも言えるのかもしれない。
「わかった」
「へぇー、君って響子の前以外でも微笑むんだ」
「まぁね。それに今の話しと言うよりかは考え方が素晴らしいとも思ったし、共感する部分もあったからね」
「それは良かった」
「なら僕からも一ついいかな?」
「えぇ、いいわよ」
「僕と友達になって欲しい……んだけどどうかな?」
「それは君の本心?」
「うん」
僕はコクりと頷いた。
「ぷっ、……」
すると藤原が口に手を当てて、笑った。
それから笑いを堪えてこちらを見てくる。
もしここが図書室じゃなかったら大笑いされていた気がする。
「あはは~、響子の次は私に告白とかあり得ない~、あはは~」
声を押し殺しているとは言え、目から涙を零すほどに愉快に笑い始めた。
「ち、ちがう、今のは……そうゆう意味じゃない。あくまで友人として……」
慌ててる僕とそれを見て笑う藤原。
「いやーだよ」
「そっかぁ……」
落ち込む僕に言う。
「そもそも友達ってさ告白とかなしで気付いたらなってる関係の事だよ。私達こうしてお話しをしている時点でもう友達でしょ?」
ドヤ顔で藤原が言った。
「……そうなのかな」
「そうだよ。それにしても君見てて面白過ぎ。なに? 今の時代友達になるのに告白するの? 斬新なアイデアだね」
藤原は笑いの壺に嵌まったのか笑うのを必死に堪えている。
からかわれている事に気が付いた僕は急に恥ずかしくなった。
すると頬にピタっと冷たい手が触れた。
「顔真っ赤だ。ドキッとした? なんてねー」
ひんやりとして気持ち良かった手が離れる。
「からかわないで欲しい」
「なら友達の話しなしでいい?」
困る僕。
それを見て、笑い堪えられなくなった藤原がまた声を押し殺して笑い始める。
これを見て、僕は思った。
響子と藤原が仲が良い理由。
それは正にこれだと。
僕の周りにはこの手の人間しかいないのだろうか。
僕のハイヤーセルフは肉体選定の前に付き合うべき人間を少々間違えたのかもしれない。
だけどまぁこれはこれで嫌じゃないからいいけど。
「ほどほどなら」
「わかった。ならこれからよろしく」
「こちらこそ」
すると藤原が手を僕に向けて伸ばしてきたので、僕はその手をしっかりと握った。
「普通はお友達程度じゃ握手しないけど、君の場合はこっちの方がいいでしょ?」
「バカにされたのか……はぁ……」
藤原の意図に気付いた僕がため息をつくと。
「まぁまぁ。それに女の子と握手って響子以外では初めてなんじゃないの?」
「そうかもしれないね……。ところで目が笑ってるのは僕の気のせいで言いのかな?」
「あれ……気付いたの?」
「流石にそれくらい僕でも気付くよ」
「そっかぁ。まぁーでもこれで友達だから」
「ありがとう」
この日僕に響子を除いて初めての女友達ができた。
ただし響子と一緒で油断できない愉快な女友達だ。
少し離れたところでは、
「うそ……なんであの二人が……」
ある女の子が一人ポツリと呟いていた。
それから急に痛くなった胸を抑えて、物陰に隠れてその場をやり過ごした。
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