第24話 優子との対面 前半


 僕は珍しく藤原に呼ばれた。

 特に心当たりはない。

 だけど確認したい事があるから放課後図書室に来てと昼休み終わりに言われたのだが、ここに来るまでスッカリと忘れていた。僕はいつものルーティンで放課後図書室で本を読んで帰ろうと思いここに来たのだが、それが過ちだった。無視しようとした矢先に自ら相手が待つ場所に自然に足が向いてしまったのだ。


「しまった……」


 逃げるか……。

 でもここで振り返って逃げても逃げ切れる自信がない。

 日頃の運動不足が懸念材料となり、足が鉛のように重くなって動こうとしない。


「隣いいよ」


 僕に気付いた藤原が隣の席に座っていいと言ってくれるが、そうじゃない。

 僕がどうするか悩んでいるのはそこじゃない。

 ただなんとなく嫌な予感がするのだ。


「諦めるか……」


 ため息をついた。

 それから鉛のように重くなって動かない足に力を入れて、待ち構える相手の元へと歩いていく。そのまま椅子に座り、鞄を椅子の脇に置き、身体の向きを藤原の方に向ける。


「どうしたの? そんなにカクカクして」


「いや……べつに……」


「緊張してる?」


「まぁ」


「ふ~ん。ならとりあえず雑談でもする?」


「任せるよ」


 出来れば穏便に済ませたい。

 別に悪い事は何一つしていないが、何と言うか響子と仲が良い人から呼ばれるとなると時期が時期だけに警戒してしまうと言うか……。

 明日が告白予告宣言最終日じゃなければ、多分こうはならなかったと思う。


「最近響子とはどんな感じなの?」


「どんな……例えば?」


「そうね~、上手くやってるとか、実は喧嘩しちゃったとか」


「喧嘩はしてないし、仲良しと言えば仲良しかな」


「そっかぁ、ならよかった」


 藤原が安心したように胸に手をあてて安堵する。


「なにかあったの?」


 すると、周囲を見渡し誰もいない事を確認する藤原。

 僕は小首を傾げた。

 急にどうしたんだろう。

 確認が終わったかと思いきや今度は深呼吸を始めた。

 もしかして僕との会話に緊張している? と一瞬思ったが、そんなわけがないとすぐに否定する。なぜなら藤原も響子と同じく、クラスでの交友関係が広い事を僕は知っているからだ。そんな藤原が何の取り柄もない僕と話すだけで緊張するわけがない。となると考えたくはないが、やはり嫌な予感が当たったと思うべきだろう。僕は心の中で身構える。どうか手だけは飛んできませんように……。


「実は響子がね……今日いつもより元気なかったのよ……」


 とても悲しそうな声と表情で藤原が呟いた。


「言われてみればそんな気がしなくもないけど」

(とりあえず話し合わせる為に同情はするけど……)


「でしょ? だから君となにかあったのかなと思って」


「あーなるほど」


 ようやく藤原が僕を呼んだ理由がわかった。

 藤原は響子の事が心配だったのだと。

 と言っても僕には心当たりがない。

 僕の前ではいつも通りって感じがして特に可笑しな様子がなかった。

 だけど藤原はそうじゃないと言った。

 どっちが正しいかなんてわからないけど、こうなると響子が心配になる。


「具体的にはどんな感じで元気がなかったの?」


「全体的に一人の時間はボッーとしていると言うか」


「それいつものことじゃない?」


「そうなんだけど、一人難しい顔をしていると言うか……」


 僕は今日一日の響子を思い出す。

 だけど教室にいた時はやっぱりいつも通りって感じがした。

 同じ人間を見ているのに、こうも見方が変わると色々と気になってしまう。


「難しい顔……」


「そうなのよ。それでどうしたの? って聞いても大丈夫! って言うんだけど、なんかいつもと違うと言うか……」


「いつから?」


「お昼休み明けだけど……」


「ん?」


 お昼休み明け……。

 そうゆう事か。

 僕は納得した。

 何故僕には普通に見えて、藤原には元気がないように見えたか。

 一言で言うならそれは心配の度合いが違うからだ。

 今日のお昼休み僕は校舎の屋上で響子とお昼ご飯を食べた。

 なんでも最後の幼馴染としての想い出として僕とお昼ご飯を食べたいという響子の願いを聞き入れた僕はいつもなら一人で食べるお昼ご飯を一緒に食べたのだ。


 原因はそれだ。


 僕が知っている事情と藤原の話しを統合すると間違いなくこれしかない。

 それに時間が時間だけに推測もしやすい。


「どうしたの? なにか心当たりでもあった?」


 小首を傾げてこちらを見る藤原。


「多分それ……心配するだけ無駄だから大丈夫」


「わかるように教えてくれないかしら?」


「簡単に言うと食べすぎ」


「はい?」


「実は今日……僕は響子とお昼ご飯を食べたんだ」


「知ってる。いつもなら私とだけど、今日は色々と事情があって二人で食べるって聞いてるから」


「うん。その時に響子が自分のだけじゃ足りないのか僕のお弁当を見て美味しそう頂戴! と言って半分以上食べたんだ。そこで僕がそんなに食べてたら太るよと言ったら、心当たりがあるのか急にわき腹を自分で触り始めた。それから後は見た通りだよ」


「ちょっと待って! それってつまり日頃の暴食が原因ってこと!?」


 驚いているのか声が興奮して大きくなった藤原。

 今は僕達以外に図書室の利用者がいないようなので別に問題はないのだが、読書家としてはここでは静かにして欲しいので両手を使ってジェスチャーを使いなだめる。


「一旦落ち着こうか?」


「そ、そうね……」


 どうやら熱が冷めてくれたらしい。


「結論から言うと、藤原さんの言った通り、響子の生活習慣に原因があるね。それと僕の冗談だね。でも響子の場合、本当に日頃からよく食べるからこうやって僕がよくからかっては毎回ダイエットを一人考えて一日もせずに終わるって事がよく昔からあってね。最近はほら別れてからそう言った事を言う機会がなかったから結構新鮮に見えたのかもしれないけど、去年もちょくちょくあったよ?」


「去年……去年……去年……」


 腕を胸元辺りで組んで、一人何かを思い出そうと頑張る藤原。

 こう言ってはなんだが、響子の場合胸元で両腕を組むと、大きい胸が腕の上にのるだけでなくさらに強調され目のやり場に困るのだが、藤原の場合そもそものるべき物が貧しい為その心配がない。なので目のやり場に正直困らないし、逆にあるのかな……とちょっと思ってしまう。なんなら本当にあるのか触って確かめたく……いやなんでもありません。


「言われてみれば……昼休み明けにそう言った事がちょくちょくあった気がする」


「そうゆうことだね」


「てか女の子に太るは禁句よ?」


「知ってる。だから僕は響子にしか言わない」


「響子だけにセクハラって最低ね」


 藤原の視線が冷たくなる。


「親密な関係でお互いに冗談を言い合える関係だからと訂正しておくよ」


「親密って……」


「なに?」


「べつに……」


「用件はそれだけ? それなら僕は本を読みたいんだけどもう読書タイムに入っていいかな?」


 すると、藤原が大きなため息をついた。

 それから首を右左に何度か振り、言葉を紡ぐ。


「いいけど……どんだけ本好きなのよ。そんなんだから友達出来ないのよ」


「うぅ……。そこは放っておいて欲しい、僕は自分から仲良くするのが苦手なんだよ」


 そしてもう一度大きなため息をついた、藤原。

 てかそんなに僕を見てため息をつかないで欲しい。

 これでは僕が全面的に悪いみたいじゃないか。

 せめて原因は僕にあるとしても、少しは自重するか、オブラートにさり気なくする等配慮をしてもらいたい。


「これは響子が心配するわけだ……」


「ん?」


「ずっと一人ぼっちになるんじゃないかって意味よ」


 その言葉を聞いた瞬間、僕の笑みが引きづった。

 心の中の悩みを見透かされた気分だ。


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