第23話 幼馴染は食いしん坊 


 ――昼休み。


「今日一緒にご飯食べない? もしかしたら今日が幼馴染として最後の日になるかもしれないから想い出作りたいの!」


 と言われて、いつもなら一人寂しく教室で食べる昼食を今日は響子と校舎の屋上で食べる事にした。

 そして屋上に来たのが人目がなく、今この場所には僕達しかいない。

 その為か僕達の距離が近い。

 具体的には少し動けば腕と腕がぶつかりそうになる距離なのだ。僕が木のベンチに座ると響子が引っ付いて座ってきたのだが、もし誰かに見られたらと思い少し移動すると、僕が動いた分だけしっかりと距離を詰めてくる響子。

 まるで磁石のN極とS極のように中々離れられない状況に僕は直面している。


「やっと、お昼ご飯だ。もうお腹ペコペコだよ~」


 そんなこんなで緊張している僕を差し置いて響子は持っていたお弁当の蓋を開けて食べる準備を進めている。

 隣を見れば女の子にしては珍しい二段弁当。

 その上段部分にあたるおかずが入った方をベンチの空いている方に置いて箸を手に取る。


「いただきま~す!」


 そう言って美味しそうにご飯を食べ始めた。

 こうなった以上、一人緊張してもしょうがないと割り切って僕も家から持ってきたお弁当を手に取りご飯を食べ始める。

 こうして二人並んでご飯、それも学校の屋上で二人きり、と言うシチュエーションは初めてだ。だけど悪くないなと思った。


「う~ん、美味しい!」


「ねぇ、響子?」


「なぁに~?」


 口をモグモグさせて、首から上をこちらに向ける響子。

 頬っぺたにご飯粒が付いていたので、指でとってあげる。


「えへへ~、ありがとう」


 ぱくっ……!?!?!?!?!?!?


「いてぇーーーーーーーーーーーー!!!!!」


 ご飯粒を取ってあげた指が響子に食べられた。

 悲鳴をあげる僕を見て、ニコッと微笑む響子。

 それから舌で指を舐めまわされる感覚に襲われた。


「ごちそうさま」


「毎度毎度人の指を食べるな! こっちは痛いんだぞ?」


「むぅ~別にいいじゃん」


「よくない。あと頬っぺた膨らませてもダメ」


「いじわるぅ~。和人君の場合好きな人になら指食べられても不快じゃないの知ってるのにぃ~」


「僕に特殊性癖があるみたいな言い方しないで」


「わかったよ……ごめんなさい。お詫びにウインナー貰うね」


 素直に頭を下げたかと思いきや、そのまま視線を僕から外し弁当に向ける。

 一連の動作に無駄がなかった為、僕の反応が遅れた。

 気付いた時には、響子の箸が僕のお弁当の中にあるウインナーをしっかりと挟みこんでおり、そのまま最短距離で響子の口の中へと運ばれていた。


「にししっ~、いただき~!」


 子供みたいに無邪気な笑みを向け、僕の大事な食料を貪り始めた。


「あのねー、幾らおさなな――?」


「あげる」


 そう言って文句を言おうとした僕の口に響子のお弁当の中にあった玉子焼きが入れられた。


 モグモグ


 うん、美味しい。


「ありがとう」


「どういたしまして」


「……じゃなくて! なにしてる?」


「お昼と言ったらおかず交換!」


「まぁ、それは否定しない」


「それに私達間接キス以上の事を当時はしてたんだし細かいことは無視しても大丈夫と思ったけど、違った?」


「そうだね」


「だよね。ってことで色々頂戴!」


 まぁこれはこれで楽しい思い出になりそうだなと考えた僕は敢えてこれ以上何も言わない事にした。

 それにしても食べた物は胸以外にはいったいどこに行っているんだろう。

 とても不思議だ。


「そう言えばさっきなにか言いかけてなかったけ?」


「あぁーそれ? 別に大したことではないんだけど、響子ってよく食べてるイメージあるけどそんなに食べてたらお腹とかにお肉つかないのかなーと思って」


 ピタッと箸が止まった。

 それは急に時の流れそのものが止まったかのように、響子の口も止まった。


 …………。


 ……………………。


 しばらくすると、瞼がパチパチと瞬きを始める。

 それからゆっくりと視線が下の方に行き、自分のお腹を触って確かめる響子。

 なにか嫌な事があったのか、また動きが止まった。


「…………」


 しばらくすると、今度は首がゆっくりと回転してこちらに視線が向けられる。


「どうしよ……」


 僕はようやく納得した。

 食べた物がどこに行ったかと言う謎を。

 とは言ってもその体系、あくまで服越しで見てだが痩せているのには変わりがない。

 なので冗談半分で聞いてみたが、それをネタに思いっきりからかってやろうとかは思っていない。


「ちょっとお肉がついたかも……」


「だろうね。朝僕のご飯を食べただけでなく、お昼まで僕のおかずを食べようとするその食欲だもんね」


「うん……」


「ねぇ、和人君……」


 深刻そうな表情で口を開いた響子。

 流石に言い過ぎたと言うか冗談が過ぎたらしい。

 とりあえず謝るが正解かなと僕が考えていると、


「太った女の子って嫌いだったりする?」


 僕の感想を聞いてきた。

 まぁここは嘘をついて後で色々バレても面倒なので正直に答える。


「別にそこまで気にしない。太ってようが、痩せていようが、正直どっちでもいい。だって僕の場合、気が合う合わないしか基本的に見てないし」


 響子が息を吐きだした。


「よかった……。だよね、和人君の場合見かけで人を判断しないよね」


 響子の表情がぎこちない。

 まぁ、響子も女の子だし、そこら辺は気にするのだろう。色々と……。


「まぁね」


「今さらだけど大事な事聞いてもいいかな?」


「なに?」


「よく食べる女の子はどう思う? 好きか嫌いかで答えて」


 とても心配そうに質問してきた。

 そもそも本当に今さらだなと思ってしまった。

 小学生の頃からよく食べている姿を見てきた僕にとってはむしろ当たり前と化した光景。それを急に止められたら逆にそっちの方が心配になってしまう。もっと言うと、もしこれで僕が嫌いと答えたら断食でもしてしまいそうな雰囲気が今はある。故に誤解を招かいのように慎重に言葉を選んで伝える事にする。


「どっちかで答えるなら好きだよ。もっと言うと響子はよく食べる女の子ってイメージが僕の中にあるから僕の前では気にしないでいいよ」


「本当にそう思ってる?」


「うん」


「ならよく食べる私好き?」


「まぁね」


 恥ずかしかったので僕は視線を逸らした。

 好きになった人に好きって聞かれたら好き一択しか僕にはない。

 だって僕はありのままの姿を見せてくれる響子に当時初恋をしたのだから。

 そりゃ女の子だし草食な方がいいって言う人も中にはいるし、女の子もそう見られたいと思っていることぐらい知っている。だけど僕はありのままの響子をこれからも見ていたし、これからもありのままの姿で伸び伸びと生きて欲しいと思っている。


「ならさ、一つお願い言ってもいいかな?」


「どうしたの?」


「おかず貰ってもいいかな」


「断る」


「むぅー、女の子にとってはデリケートな部分に突っ込んで来ておいてそれはないよ~。せめておかず半分でいいから頂戴よ~」


 は、半分って。

 てかそんな悲しそうな顔をしないで欲しい。

 それされると僕が断れない性格を知っているなら尚さら。

 だけど可愛いから許そうじゃないか。


「わかった。好きなだけ食べたらいいよ」


 すると嘘みたいに響子の顔が明るくなった。


「ホント!? ありがとう!!!」


 さっきまで止まっていた響子の箸が急に慌ただしく色々な物を摘まんでは口へと運んでいく。不覚にも幸せ顔でご飯を食べている響子の横顔だけで僕は色々と満たされお腹いっぱいになってしまった。


 それからご飯を食べ終わった僕達は誰もいない屋上で身体をお互いに預け、たわいもないお話しをした。

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