第16話 チェックメイト
しばらくすると。
上手く誤魔化せたのか響子の視線も大きな水槽の中で優雅に泳ぐ、サメ、ヒラメ、マンボウ、小魚の群れを見て目をキラキラとさせていた。
僕は響子にバレないようにして小さく安堵のため息をついた。
本当に良かった、上手く誤魔化せて。
それから今も腕に触れている胸のせいでドキドキしている心臓を落ち着かせる為に大きくゆっくりと深呼吸を三回ほどする。
それにしても小柄な癖してよくそんな強力な武器を持ったものだ。
やっぱり神様は不平等だ……。
「それにしても綺麗だねー」
「そうだね。水の世界も響子も綺麗だと思うよ」
ガラスに反射した響子の顔が信じられない言葉を聞いたかのように目を大きく見開いてこちらをさり気なく見ている。
「どうせ私も綺麗だよね? って後から聞こうと思ってたんでしょ。流石にこうも何度も同じ手を使われたら気付く。と先に言っておくよ」
「もぉ~わかってるなら、響子が綺麗だけ言ってくれてもいいのではないかと私は思います」
「言ったらボイスレコーダーでしょ?」
「そうだけど。なにか問題でも?」
「大有りだから僕が先回りしたとは考えてくれないの?」
「まぁ別にいいけどねー。もう録音したし」
「えっ!?」
「ほら」
そう言っていつの間にか左手に持っていたボイスレコーダーの再生ボタンを押す響子。
『響子も綺麗だ』
ピンポイントで録音したなーと思わずにはいられないその腕前に僕は言葉を失った。
「手慣れ過ぎてると思うのは僕の気のせい?」
「うん。私ほらモテるからさ、よく男子達にセクハラされそうになったり昔からするじゃん。だから護身用にっていつも持ち歩いているんだけど、暇な時ポチポチして遊んでたら今ではここまで扱いが上手くなっちゃいました! どう驚いた? 凄いでしょ、私! エッヘン!」
「威張る事ではないと思うけど凄いとは思ったよ」
「ありがとう!」
「褒めてはないけど、どういたしまして」
言われてみれば小さい頃と言っても中学生の時ぐらいから学校に許可を貰って日頃から持ち歩いていたような気がする。当時の僕は全然興味がなくて気にもかけなかったし、ましてや昨日までも一切興味すらなかったもんだから全然気にしていなかった。
――ん?
ちょっと待てよ……。
僕の頭が良からぬ事を考え始める。
いやいやいやいや、そんなわけないじゃないか。
なんたって相手は響子だぞ。
それも元カノとは言え幼馴染。
だけど一応念の為に確認の意味を込めてこの際一つだけ。
「一応確認だけど今までの僕の言葉を音声データとして残してたりはしないよね?」
「あれ? 勘が冴えてるじゃん。急にどうしたの?」
「もしかして……」
「多分探せば過去のが一つや二つはあると思うよ。っても要らないデーターは全部上書きで消してるからその内上書きされて消えるから安心して。今は私とプライベートで会っている時の会話ぐらいしか入ってないから」
「ならよかっ――え!?」
一安心かと思いきや今聞き捨てならない事を聞いてしまったと脳が判断するのに僅かな時間を要した。
つまり――。
「告白予告宣言に関する事は言質として残してあるよ。私は絶対に復讐をするって決めてるからね」
そう、嫌な予感が見事に的中してしまったのだ。
「でも私の復讐心を無くすぐらいに和人君が頑張ったらハッピーエンドで終わるかもだけどね」
微笑み呟く響子。
「そうだね」
僕は素っ気なく答えた。
「なになに、照れてるの? やっぱりこんなに可愛いくて素敵な元カノに未練ありますって感じ?」
肘でわき腹を突いてくる響子。
「あるよ。だから諦めようとしてるのにこうやって響子が僕の心を揺らすから諦めるのに時間がかかってるんじゃないか」
「だって今諦められたら私の復讐が叶わないよね?」
「まぁ」
「だからだよ。それにね、復讐心抜きにして言うとね、私今最高に楽しい時間を送ってるなって感じてるんだよ」
「そうなの?」
「うん」
すると響子が腕を離して少し距離を取った。
「心臓が余計な反応を見せると困るから」
そう言って目の前に広がる魚の群れを見る響子。
僕はそれをガラスの反射で確認した。
心臓が余計な反応とは一体何のことだろうか。
それにしてもここにいる魚は自由そのものって感じがする。
こんな風に恋の駆け引きとは無縁で自由に優雅にいつも泳いでいられるのだから。
そう思うとちょっとだけ羨ましいなと思った。
「どう? 少しは私の復讐を叶える為に前向きになった?」
「教えない」
僕達は視線を正面に向けたまま答える。
「なら仕方ない。白状してあげるよ。98パーセント、これが今の私の復讐の成功率って」
「それってつまり……」
「今は2パーセントの可能性で私が復縁を望んでしまうかもしれないってことだよ」
復縁、その言葉に僕の身体が一瞬ビクッと反応してしまった。
それを見たガラスに映る響子が小さくニヤリと笑った。
そして僕には聞こえないとても小さい声で何かを呟いた。
「チェックメイト」
あまりの小ささに僕はなんて言ったのか全くわからなかった。
「今なんて言ったの?」
「知りたい?」
「うん」
「教えてあげない。ただ四月終わるまでは超攻撃的に行くから覚悟してね、この鈍感元カレさん。それと私の傷付いた心が癒えるまで沢山甘えて、沢山温もり貰って、その心をゾッコンにさせてあげるから!」
満面の笑みでそう呟く響子。
「わかった。ならそのつもりでいる」
「オッケー! なら確認ね、私の事まだ好きですか?」
素直に答えるには人目もあり恥ずかしかったので黙ってコクりと頷くことで返事をする。
すると、響子もコクりと頷いてくれた。
そして――。
「あっ! この後、イルカさんのショーがあるの忘れてた! 一緒に見に行こう!」
大事な事を忘れていたかのように、大慌ての響子と一緒にイルカのショーを見るため、水族館の奥にある会場へと向かった。
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