第15話 徐々に戻っていく距離感


 なにを言っても僕も男だ。

 可愛い幼馴染の身体に興味がない方が異常だと言えよう。

 そう考えると僕は間違っていないと思うのだが、それをわざわざ本人へ暴露する必要性はなかったのではないかと今絶賛後悔中の僕は響子の背中を見てため息を一度ついた。


 冷静になって考えて見れば、普通にアホだと今さらながら思う。


 こうやって余計な事を言う度に僕は響子に弱みを握られていくのだろう。それにしても本当に辛い。どうせ振られるとわかっている相手にこうも心をかき乱されて最後には突き放されると思うとさ。これである程度の可能性があるなら結構勢いに任せて行けるようになるんだけど今の僕は成功する確率が限りなく低い。

 それならいっその事諦めた方がいいんとはわかっているんだけど。


「ふ~ん、ふ~ん、ふ~ん♪」


 こんなに楽しそうにしてくれるとさ、もしかしたらと勘違いしてしまうのが恋愛経験の少ない男子高校生なんだと思う。

 だから僕は自分の心に強く言い聞かせる。

 絶対に騙されるなと。

 すると――。


「私との時間は楽しい?」


 と響子が聞いてきた。


「うん。楽しいけど意地悪だなとも思ってる」


「な、なによ……嫌なの?」


「うん」


 ぷくぅ~と頬を膨らませて、文句ありますと目で訴えてくる。

 そもそも弱みを握られた相手にそれをされても正直困る。


「それよりボイスレコーダーの消して欲しいんだけど」


「もう知らない! 和人君のばかぁ!」


「えっー……」


 怒ったのか僕から手を離して一人何処かに歩いて行く響子。

 やれやれと思い、この後どうご機嫌を取るかを一人考えていると、数歩歩いては後ろを振り返り立ち止まる響子。


「うん?」


 試しに僕が響子を観察していると全然動こうとしない。

 むしろ早く来いと目で言っているような気までしてしまった。

 そこで響子の後を追いかけるようにして歩き始めると、響子もまた歩き始めた。

 それからちょくちょく後ろを振りかえっては僕と距離が開くと縮まるのを待つ響子。

 相変わらず頬っぺたがフグのように膨らんでいてこれはこれで可愛いかったが、いつまでもそのままと言うわけにはいかないので、僕が素直に謝ることにした。


「ごめん。だから一緒に行かない?」


 すると、ぱぁと顔が明るくなって僕の隣に小走りでやってくる。


「行く!」


「さっきはゴメンね」


「いいよ。やっぱり和人君は私と一緒じゃないと寂しいんでしょ?」


「そうだね」


「ならいいよ。四月は仲良しの月だからね!」


「五月は?」


「お別れの月!」


 元気よくニコニコしながら言われた僕は期間限定のこの時間を受け入れる事にした。

 それにしても嬉しそうにお別れの月と言われるとそれはそれで結構辛いものが心の中にある。今までなんだかんだ言って約十七年間ずっと一緒にいたからだろうか。それとも他に何か特別な感情があるからだろうか。


「まぁ、あくまでその可能性が高い月って意味だから勘違いしないでね」


「わかってる」


「そう言えばさ、和人君って私と付き合ってた時……こうゆうの嬉しいって言ってくれたよね」


 響子は僕の腕を胸の谷間に挟みこむようにして抱いてきた。

 大きくて弾力がある胸の感触がしっかりと腕全体に伝わり、つい口がにやけてしまいそうになる。僅かに感じられる下着の感触もまたなんかエロく、色々な意味で嬉しすぎて反応に困ってしまう。仕方ない……弱みは握られたが全部許してあげようではないか! それにやっぱり成長している。


「感想は?」


「さ、最高です」


「良し! 素直になって偉い偉い!」


 響子は響子で満足そうなご様子。


「ちなみにどさくさに紛れて和人君から触ったり揉むのは禁止だからね。あくまで私から限定だよ?」


「あ、当たり前!」


「ちなみに今結構ドキドキしてるよね?」


「し、してないです」


「嘘つくならクラスで――」


「し、してます、してます。だからその勘弁してください」


 慌てる僕を見てクスクス笑う響子。


「昔はさ、こんな大胆な事いつも私からしてたよね」


「そう言えばそんな事もあったね……」


 脳裏に古き良き記憶が蘇ってくる。


「なんか懐かしいね。それにこうしてるとなんか私までドキドキしちゃうのがなんか悔しいけど……」


「それはどうゆう意味?」


「ひ・み・つ!」


 笑いながらも含みのある言い方をしてきた響子に対して鼻で笑う。

 こう言った時の響子は理由を聞いても絶対に教えてくれないことはわかっている。

 ならば気にしても仕方がないと言う事で納得する。


 それにしても最近の響子は色々と意地悪な気がする。


 前はもっと素直で可愛いかったが今は意地悪な女の子になった、そんな感じがする。

 だけどなんだろう。

 こうして響子と一緒に歩いていると、昔より変に緊張しなくて済むと言うか。

 心と心が一度離れ離れになったからこそ、変に意識しなくて良くなったと言うべきか。

 ハッキリと言葉に言い表しにくいがそんな距離感を心地よく感じる。

 だからかな、昔よりよく響子の事を見れている気がする。


「私の事チラチラ見て、どうしたの?」


「なんでもない」


「ぶっー、そこは響子が可愛いからとか、響子にドキドキしているからとか、言うところだと私は思いますが、そこら辺どうお考えですか?」


 よし、黙秘権を使おう。

 ここで下手に返事をすると、さらに弱みを握られる気しかしないから。


「…………」


「いじわるぅ」


「…………」


 ――すると。


「あっ! サメさんいるよ!」


 僕の腕ごと大きな水槽に近づいて行く。

 その時にしっかりと胸の感触が伝わってきた。もう最高です!

 ではなく、紳士を演じなければ……。

 と言うかさ、ただでさえ可愛いのに女って意識させてくるあたりがもう色々と反則。

 ここまですると、心が揺らいじゃう。

 そうこの想いに後戻りできなくなるぐらいに強く心が揺らいでしまいそうになる。


「大きいね」


「そうだね~。ちなみに私の胸は?」


 この小悪魔。

 さっきから魚の話しをすると自分の話しに持っていくのを止めろ。

 んな事を思っていると、響子がポケットにあるボイスレコーダーを取りだそうとしたので弱みが増える前に認める。

 それにこれはある意味チャンスと捉えて、確認の意味を込めて見なくても大きいとわかる物を一度見てから答える。


「そ、そうだね……大きいと思います」


「もぉ~人前でセクハラはダメだよ?」


 身体を密着させただけでは足りないのか、上目遣いで言ってくる。


「確信犯のくせして、それはないかと……」


「えへへ~」


「なんで笑ってるの?」


「なんか新鮮だな~って思って。男の子相手に身体の事をこんなにマジマジと近くで言われるってさ」


「た、たしかに……って言わせたのは響子だよね?」


「でも素直に答えたのは和人君だよね?」


「そ、それは……」


 困った僕は視線を移して大きな水槽へと向ける。

 それから黙り込んで魚を見て心を落ち着けることにした。


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