第14話 ドキドキ水族館
「わー、お魚さんが一杯いるー!」
「そうだね」
「どれも皆美味しそうだね! これなら一匹ぐらい素手で捕まえて刺身にしてもバレなさそう!」
「……え?」
「だって美味しそうじゃない? ほら、あの子とか!」
水族館に到着と同時に響子が指をさしたので僕はそちらに視線を向ける。
そこには館内の入り口に置かれた水槽が幾つかあり、その中には見た事はあるけど名前を知らない沢山の小魚の群れがあった。
僕に反応を求められても正直困る。
そもそも水族館に食べて美味しそうな魚をわざわざ見に来る人間はいない。
今は生簀がスーパーの中にあったりと食べたければ、そう言ったその場で調理してくれる店か市販で売っている魚を買えばそれで済むのだから。
「どの子? 僕の目には沢山の小魚の群れしか見えないけど?」
「あの白い子だよ!」
水槽の下にある魚紹介の文を読んでから返事をする。
「白キスのこと?」
「そう!」
「たしかに刺身にしたら美味しいけど……」
「キス嫌い?」
「美味しいから好きかな」
「なら私とキスする?」
「そうだね……機会があれば――」
ついその場の雰囲気に身を任せて適当に返事をしていた。
だが、僕の口が急に動く事を止めた。
そして、自問自答する。
今は何の話しをしていただろうかと。
もう一人の僕は答える。
――『白キス』の話しだと。
なら響子は何の話しをしていただろうか。
――『白キス』から『キス』の話し。
見事に嵌められた感しかない僕が響子の顔を見ると、照れながらこちらを見ていた。
「そっかぁ。私とキスしたいんだ」
「いや……途中から話し変わって――」
「いいんだよ。そんなに照れなくて」
「別に照れてはないけど……」
「でも、証拠もあるよ?」
「証拠?」
「そう。これね」
響子が僕に見せつけるようにして手に持った機会を操作する。
すると声が聞こえてきた。
『なら私とキスする?』
『そうだね……機会があれば――』
と手に持ったボイスレコーダーから先程の響子と僕の声が聞こえてきたのだ。
「ほら、証拠もちゃんとあるよ。何か問題でも?」
まるで弱みを握られた気分になった僕は苦笑いをする。
前後の言葉がないことから、確かに第三者が聞けば、僕が響子とそう言った行為をしたいと誤解しか生まない事は間違いなさそうだった。
なんなら今すぐにでも取り上げたいところではある。
だが響子の余裕を見せつけるような仕草にそれは罠だと直感で思った。
お出掛けという行動がそもそもの過ちだったと後悔していると、僕の手を握ってきた。
「薄暗くて迷子になったら探すの面倒だし、はぐれないように手ぐらいは繋いであげるよ。だから一緒に行こう?」
「う……うん。一応確認していい?」
「なにを?」
「僕が迷子になる前提じゃないよね?」
「ん? 和人君以外に誰が迷子になるの?」
小首を傾げる響子にとうとう本気の苦笑いをした。
もうなんて反応していいかわからないし、どう頑張ってもしばらくは響子のペースで事が進むと思ったからだ。
一方通行の水族館で迷子になるのは僕ではなく響子にしか思えないのだが、ここは大人の対応として何も言わない事にする。
小さい頃から響子は元気が良過ぎて僕と響子の家族で一緒にお出掛けすると必ず決まって一人何処かに行っては迷子になる可能性が非常に高い女の子だった。
「そうだね。なら僕が迷子にならないようにお願いしようかな」
誰がとは言わないが後で探すの面倒だし、と心の声は自重し伝えない。
伝えると機嫌が悪くなりそうってのもあるけど、結局最後は僕がご機嫌を取らないといけなくなるからだ。
流石に自分で自分の苦労を増やしたくはないし、僕もそこまで馬鹿ではない。
「おっ、ようやく素直になったね。なら行こう!」
そのまま普段迷子になる子に僕が連れられると言う違和感しかない構図で僕達は水族館の中を回り始めた。
水族館の床に薄暗く光るパネルの指示に従い僕らは奥へと進んでいく。
それにしても鼻歌まで歌うってそんなに水族館好きだったのか。
昔はこうして家族と一緒に来ていたけど、当時はそんなイメージが全然なかったような気がする。ただイルカとペンギンが大好きでそれ以外は完全無視な事からよく迷子にはなるけど何処で迷子になっているのか迷ったらイルカorペンギンコーナーと僕と両親達の間では暗黙の了解となっていた。
「おぉー、蟹さんだぁー!」
響子が水槽の中を覗き込んで蟹を凝視する。
手を握っているため、響子が膝を落とすと同時に僕の膝も落とされた。
「これ毛ガニだって!」
「そうみたいだね」
「毛なら私の方があるし、綺麗だよね!」
そう言って空いている方の手で綺麗でサラサラの髪を触る響子。
「そうだね」
「ホント!? ありがとう! えへへ、和人君に褒められちゃった……なんか照れるなぁ~」
笑みを溢し嬉しそうにして答える響子と目が合う。
その瞬間、不覚にもドキッとしてしまった。
「べ、別に褒めては――うわっ!?」
「でもこっちのズワイガニは美味しそうだよ!」
一つ隣の水槽に横移動した響子。
それに連れられる形で僕は引っ張られながら移動する。
せめて僕に最後まで言葉を言わせて欲しい。だけど響子が楽しいならそれもそれでありなのかもしれない。久しぶりに響子と手を繋いでいるからだろうか、なんかいつも以上に響子が可愛い気がしてしまう。その為、魚も気になるがチラチラと響子にも視線が吸い寄せられる。
「響子は食べること前提で魚を見てるの?」
「半分はそうだよ? だって美味しいじゃん!」
「普通は普段中々見られない海の中を見るって意味の鑑賞目的の人が大半だと思うけど響子は昔から少し変わってるね」
「そうかなー。あっ! でも食べるって意味では和人君も過去に私を食べようとしたよね?」
その言葉に僕の顔が熱を帯びる。
慌てて距離を取ろうとするが、指と指がしっかりと絡みあっていて逃げられない。
「あれ~どうしたの? もしかして心当たり……いや図星なのかな?」
「そ、それは……」
「昔付き合ってた時に私をお布団に誘ったのは何処の誰だっけ……」
「うっ……」
「紳士演じているけど本当は昔から私の身体に興味があるんだよね?」
なんなんだ、この小悪魔。
と言うかさりげなくボイスレコーダーを取り出して見せつけてくるあたり卑怯だ。
キスの件と言いこれ以上僕を苦しめて一体何が目的なんだ。
それ以前に身体を近づけてこないで欲しい。
何がとは言わないが、女の子の柔らかいアレが僕の身体に触れている。
「嘘ついたら今度学校でこの音声がクラスの中で再生されることになるよ。それで私の身体にも興味があるよね?」
「は、はい」
「よし」
ピッ!
「うん? ちょっと待って! いまなにしたの?」
手は相変わらず繋がっているが身体と身体が離れた。
その時に、嫌な音が僕の耳に聞こえたのだ。
それにその手が動いていた理由も気になる。
『私の身体にも興味があるよね?』
『は、はい』
「これだけど何か問題でもある? 和人君が私との縁を大切にしなかったり、四月私以外の女の子とイチャイチャしたり約束を守ってくれなかったらどうなるかわかってるよね?」
わー、笑顔が素晴らしい、この小悪魔!!!!!
僕は心の中で発狂した。
まさか脅しに合わせて、さらにこの僕の弱みを握ってくるとは、中々に手ごわい元カノ幼馴染だなとつくづく思う。それに僕が戸惑っていると、ニヤッと微笑みながら僕の耳元で囁いてきた。
「私えっちな和人君の事も嫌いじゃないよ」
「えっ!?」
驚く僕に響子が言う。
「ほら、次行くよ!」
何故か照れくさそうにして僕の顔を見つめながら言った。
その時の響子の顔が……いや気のせいだろう。
それに薄暗いせいでよくわからなかった。なんとなく頬が赤くなっているような気がしただけ、と言う事にしておこう。無駄な期待ほど後で後悔するものだから。
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